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第47話 継がれる命、私の光

 産後のベルサイユは、これまでの歴史が経験したことのない、どこまでも穏やかで温かい光に包まれていた。


 厳重に清掃された静かな部屋。

 私は、最高級の柔らかいコットンに包まれた我が子、ルイ・ジョゼフを胸に抱きながら、窓から差し込む冬の朝陽を見つめていた。


 かつて史実で見た、嫉妬と陰謀が渦巻き、冷ややかな視線が突き刺さる宮廷の空気は、ここにはない。


(……温かい)


 ふにゃふにゃと頼りない寝息を立てる小さな命。

 その柔らかい頬にそっと指を滑らせると、彼は夢の中で何かに応えるように、私の指を小さな手でぎゅっと握りしめてきた。


 その瞬間、私の胸の奥で張り詰めていた「何か」が、音を立てて崩れ落ちた。


 もし私が現代知識を持たず、ただ無知に贅沢を貪るだけの王妃だったなら。

数年後、私たち家族は革命の炎に焼かれ、この子は暗く冷たい塔の中に幽閉され、親の愛を知らぬまま孤独に命を散らす運命だった。


 自分の首を断頭台の刃が切り裂く幻影よりも、その「子供の絶望」の記憶の方が、ずっと私を恐れさせていたのだ。


 けれど今、私の腕の中にあるのは、確かな体温と、未来へと脈打つ心臓の鼓動。


「……よかった。本当に、よかった……っ」


 救えたのだ。

 私の命も、夫の未来も、そして、この子の運命も。


 視界が歪み、大粒の涙がポロポロとジョゼフのおくるみにこぼれ落ちた。声を殺して泣きじゃくる私の耳に、窓の外から、トントン、ギコギコという不器用な音が聞こえてきた。


 涙を拭って窓の外を見下ろすと、ベルサイユの庭園で、ルイが泥と木屑にまみれながら木材を削っていた。


「……あなたのお父様は、本当に不器用で、どうしようもなく優しい人ね」


 彼が作っているのは、私とジョゼフのための「揺りかご」だ。


 国王ともあろう者が、手が豆だらけになるのも厭わず、生まれてきた我が子を少しでも快適に眠らせたい一心で、夜明け前から作業をしている。その背中を見ているだけで、愛おしさで胸が締め付けられた。


 やがて、バタンと扉が開き、ルイが足早に部屋に入ってきた。


 彼は自ら定めた『入室前のアルコール消毒』を念入りに済ませると、寝台の傍らへやってきた。


「アントワネット、起きていたのか。……あれ? どうしたんだい、泣いているのか?」


 私の涙の跡を見たルイの顔が、サッと青ざめる。

 彼は大きな手でおずおずと私の頬に触れ、ひざまずいた。


「どこか痛むのかい? 寒かったか? それとも、外の僕の作業音がうるさくてジョゼフを起こしてしまっただろうか……!」


「ふふっ、違うわ、ルイ。……ただ、幸せすぎて、怖いくらいなの」


 私は、彼の無骨で温かい手に、自分の手を重ねた。


「ルイ。あなたのおかげよ。あなたが私の突拍子もない言葉を信じて、一緒に土を耕し、古い常識を壊して、変わってくれた。あなたが私を守ってくれたから、私たちは今、こうして生きていられるの」


 私がそう言うと、ルイは信じられないものを見るように目を丸くし、やがて優しく、ひどく泣きそうな顔をして首を振った。


「違うよ。僕を、そしてこの凍りついていた国を変えたのは、君の勇気だ。君が泥をいじり、絶望を希望に変え、僕に『家族』という光をくれたんだ。……僕はただ、君という道標を失わないように、必死に手を伸ばしてきただけだよ」


 ルイは私の額にそっと口付けをし、それから腕の中のジョゼフを、壊れ物を扱うように愛おしそうに見つめた。


「アントワネット。君がこの子を命懸けで産んでくれたように、僕はこの子と君が明日も明後日も、ずっと笑ってジャガイモを食べられるような国を、必ず作ってみせる。……僕の命を懸けて」


 それは、一人の王としての誓いであり、一人の夫、一人の父親としての、魂からのプロポーズだった。


 二人で駆け抜けた3年間。

 最初はギロチンから逃げるための、必死のサバイバルだった。けれどいつの間にか、それは「愛する家族と、この国の人々を生かす」という、最も尊い戦いに変わっていた。


「……ええ、ルイ。一緒に行きましょう。私たちの未来へ」


 私はジョゼフをルイの腕に預け、窓の外に広がる、朝陽に輝くフランスの空を仰いだ。


「さあ、ジョゼフ。おはよう。これから、もっと楽しくなるわよ。あなたが大きくなったら、お父様とお母様と一緒に、あの大地に種を蒔きましょうね。この国の土はもう、血や涙ではなく、笑顔と命を育むための場所になったのだから」


 ルイの腕の中で、ジョゼフが「あーっ」と、小さな、けれど力強い産声を上げた。

それは、私たちが紡いだ新しい歴史への、祝福の歌のようだった。


 マリー・アントワネット、22歳。

 絶望の運命を打ち砕き、最愛の家族を手にした彼女の物語は今、母として、そして真のフランス王妃として、眩い光の中へ新しい一歩を踏み出したのであった。


     第二章 ジョゼフ誕生編 完

第二章まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


本作は「カクヨム」でも連載しており、あちらの方が少し先行して最新話を公開しています。


もし「続きが早く読みたい!」という方がいらっしゃいましたら、そちらもチェックしていただけると嬉しいです。


▼作品ページはこちらから


https://kakuyomu.jp/works/2912051596417568135


本作はまだまだ続く長期連載を予定しています。「この先どうなるの!?」と気になってくださった方は、ぜひ【作品フォロー】をお願いします!

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これからも本作をよろしくお願いします!

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