↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
213/218

第205話 二人の「マリー」の誓い

 チュイルリー宮殿の大きな窓から、まばゆい朝の光が差し込んでいた。


 昨夜の荒れ狂う嵐が嘘のように、パリの空は抜けるような青空に包まれ、雨に洗われた庭園の青葉が夏の日差しにキラキラと輝きながら、さえずる小鳥たちを招き入れている。


「ん……」


 テレーズは、微かな寝返りを打ち、ゆっくりと目を覚ました。


 視界に入ってきたのは、極上のシルクの天蓋でも、冷たい牢獄の石壁でもない。


 自分の小さな体を包み込んでいる、温かくて、安心できる「母親の匂い」と、スゥスゥと気持ちよさそうに眠る、私の無防備な寝顔だった。


(……朝まで、ずっと抱きしめていてくれたのね)


 テレーズは、私にギュッと抱きしめられたままの状態で、ぼんやりと天井を見つめた。


 いつもなら、夜明けとともに襲ってくる「タンプル塔の悪夢」による動悸と冷や汗が、今朝は全くない。それどころか、心臓の奥底から指先に至るまで、ポカポカとした不思議な熱が満ち溢れているのを感じていた。


「……んぁ? あ、朝……?」


 私が、寝ぼけ眼をこすりながら、大きなあくびをした。


「……おはよう、泥棒。相変わらず、王妃とは思えないガサツなあくびね」


「うぇっ!? あ、テ、テレーズ! お、おはよう!」


 私は飛び起きようとしたが、彼女を抱きしめたままだったことに気づき、慌てて力を緩めた。


「ご、ごめんね! 苦しかった!? 私、寝相悪かったかも……!」


「別に。……悪くなかったわよ。とても……温かかったから」


 テレーズは、ぷいっと顔を背けながら、わずかに頬を赤らめてそう呟いた。


「テレーズ……」


「……泥棒。いえ、未来から来た平民の娘」


 テレーズは、ベッドの上にちょこんと座り直し、その深く澄み切ったサファイアブルーの瞳で、私を真っ直ぐに見据えた。


「私は、あなたが憎かった。……自分の無能さを、これでもかと突きつけられているようで、本当に悔しくて、惨めだったわ」


 彼女の言葉は、静かで、しかし確かな重みを持っていた。


「でも。昨夜、私ははっきりと理解したの。あなたは、私の愛する家族を……私が命に代えても守りたかった大切な人たちを、地獄の運命から救い出してくれた。私がどんなに神に祈っても手に入らなかった『奇跡』を、あなたは自らの血と汗と、泥にまみれながら掴み取ってくれたのね」


 テレーズは、小さな両手を胸の前で組み、ふっ、と優しく、そしてこの上なく美しい『慈愛の笑み』を浮かべた。


「ありがとう。……私の愛するフランスと、家族を救ってくれて。本当に、ありがとう」


 それは、誇り高き真のフランス王妃が、自分の人生を書き換えた「偽物」に対して、心からの感謝と敗北を認めた、歴史的な瞬間だった。


「……ううん」


 私は、首を横に振った。


「私はただ、あなたが残してくれた歴史の教訓をなぞっただけよ。あなたがいなければ、今のフランスはないわ。……だから、あなたはもう、自分を責めないで。あなたは立派な王妃だった。そして、誰よりも家族を愛した、素晴らしい母親だったわ」


「……ふふっ。平民の娘に慰められるなんて、私も焼きが回ったわね」


 テレーズは、上品にクスリと笑うと、小さな手を私の方へとスッと差し出した。


「でも、あなたの言う通りね。私がいつまでも『悲劇の王妃』に縛られていては、せっかくの二度目の人生がもったいないわ」


「テレーズ?」


「今日、この瞬間をもって。『フランス王妃マリー・アントワネット』は、私の中で死んだわ。あの断頭台の露と消えたのよ」


 彼女の瞳から、かつての重圧や恐怖、そして自分を縛り付けていた呪縛が、消え去っていた。そこにあるのは、生まれ変わったばかりの、新しく、純粋で、そして最高に強気な『生命の光』だ。


「私は、マリー・テレーズ・シャルロット・ド・フランス。……この偉大なるフランスの王と、私が認めた『世界で一番強くて優しい母親』の間に生まれた、ただの王女様よ」


 テレーズは、イタズラっぽくウインクをした。


「私の体を貸してあげたのだから、せいぜい私を甘やかしなさいよ、ママン?」


「……っ!」


 その言葉に、私の目から再びブワッと涙が溢れ出した。


「ええ……! ええ、もちろんよ! 世界で一番美味しいお菓子を焼いてあげる! 可愛いドレスも、素敵なおもちゃも、全部全部あなたにプレゼントするわ! だから……私の娘になってくれて、ありがとう……ッ!!」


 私は、差し出された彼女の小さな手を、両手で優しく包み込んだ。


「……あら。でも、ただの守られるだけの娘だと思ったら、大間違いよ」


 テレーズが、ニヤリと、それこそかつてのベルサイユの権力闘争を生き抜いた『女狐』のような、ゾクゾクするほど妖艶な笑みを浮かべた。


「あなた、政治や経済の知識は未来のカンニングでどうにかなっているみたいだけど、宮廷の人間関係や、貴族たちの腹の探り合いには、まだまだ甘いところがあるわ。……だから、私が『影の参謀』になってあげる」


「影の、参謀?」


「ええ。私はベビーベッドの中から、誰にも警戒されることなく、ヨーロッパ中の特使や貴族たちの本音を聞き出すことができるわ。そして、あなたと二人きりになった時に、彼らの弱点や裏の繋がりをすべてリークしてあげる。……いわば、王室最強の『ステルス諜報員』ってところね」


「……お、恐ろしい赤ちゃん!」


 私は、戦慄した。

 元・王妃の経験値と政治感覚を持った人間が、誰からも警戒されない「赤ちゃん」の姿で宮廷の中枢に居座る。


 これほど強力なチート能力が、他にあるだろうか。


「ふふふ。これで、フランスは名実ともに無敵ね。……さあ、泥棒。誓いの握手よ。いえ、平民の作法では『指切り』と言ったかしら?」


 テレーズは、小さな小指を立てた。


「ええ。……指切りげんまん、よ」


 私も、自分の小指を出し、彼女の小さな、本当に小さな小指と絡ませた。


「嘘をついたら、針千本飲ます、よ」


「……は? は、針を千本!? 東の島国の平民は、なんて恐ろしい誓いを立てるのよ……野蛮人ね」


 テレーズは目を丸くして身震いしたが、すぐにフッと笑みをこぼした。


「でも、悪くないわ。軽薄な貴族たちの血判状より、よほど重みがあるもの」


 私たちは互いの顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。


 現代日本から来た『偽物』と、史実の地獄から帰還した『本物』。

 歴史の強制力が生み出した最大のバグは、ここに、いかなる外敵も陰謀も粉砕する、世界最強の『母娘タッグ』を誕生させたのである。


 * * *


 バンッ!!


「おはよう、アントワネット! テレーズ!」

「おはよう、ママン! テレーズ!」


 寝室の扉が勢いよく開き、いつものようにルイとジョゼフが元気いっぱいに飛び込んできた。


 その瞬間。

 テレーズの顔つきが、スッと『完璧な無邪気モード』へと切り替わる。


「あうー♡ きゃぁっ、あーうー♡(来たわね、私の愛するカモ……いえ、家族たち)」


 テレーズが両手をパタパタと振ると、ルイとジョゼフは「うおおおっ! 今朝もテレーズの笑顔が眩しい!!」とメロメロになってベッドへ駆け寄ってきた。


「パパでしゅよ〜! ああ、今日もなんて可愛いんだ僕の天使は!!」


「きゃははっ♡(ええ、存分に私を愛でなさい。そして貢ぎなさい)」


 昨日までは油にまみれた夫に頬ずりされて殺意を放っていたテレーズだが、吹っ切れた今の彼女は、もはや『赤ちゃんプレイ』を自分の武器として昇華し、楽しんですらいるようだった。


「そういえばアントワネット」

 ルイが、テレーズを抱っこしながら私に言った。


「昨日、財務補佐官のヒューイ殿から『来月の宮廷舞踏会の予算を少し削りたい』って相談があってね。彼としては、産業投資の方に資金を回したいらしいんだ」


「あ、それなら……」


 私が答えようとした時。


「んぎゃっ! ぶーっ!!」


 突然、テレーズがルイの鼻を小さな手でペチッと叩き、不機嫌そうな声を上げた。


「おわっ!? ど、どうしたのテレーズ、パパのお鼻が気に食わなかった?」


「あう! あううーっ!(違うわよ鈍感! ヒューイの奴、先週こっそり自分の別荘の改築費用を国庫から回そうとしていたわ! 産業投資なんて嘘よ! 舞踏会の予算は削らず、別荘の件を追及しなさい!)」


 テレーズが、私に向かって猛烈なアイコンタクトと、極めて的確なハンドサインを送ってくる。


(……り、了解!)

 私は、心の中で彼女のスーパーアシストに敬礼し、ルイに向かって微笑んだ。


「ルイ。テレーズも怒っているわ。……予算を削る前に、ヒューイの『個人的な別荘の帳簿』をジャンヌに監査させた方がいいんじゃないかしら?」


「べ、別荘? なんでそんなこと……あ、いや、アントワネットがそう言うなら、すぐにジャンヌに調べさせよう」


「きゃっ♡ あーうー♡(よく言ったわママン! さあ、私に極上のミルクを献上しなさい!)」


 テレーズが、ご満悦な表情で私の胸にすり寄ってくる。


(……本当に、恐ろしくて、頼もしい娘だわ)


 私は、可笑しくてたまらなくなり、テレーズを抱きしめて声を上げて笑った。


 悲劇のフラグは、もうどこにもない。

 過去の記憶と未来の知識。そのすべてを味方につけた私たちが歩む道は、これから先、どこまでも明るく、どこまでも美味しく、そしてどこまでもハッピーなものでしかないのだから。


 チュイルリー宮殿の窓の外には、抜けるような青空と、初夏の瑞々しい風に揺れる青葉、そして活気に満ちた美しいパリの街並みが広がっている。


 二人の「マリー・アントワネット」が誓い合った、この平和な世界。


 フランス王室の快進撃は、最強の母娘タッグの誕生により、いよいよ前代未聞の、そして誰も見たことのない最高の『黄金時代』へと突入していくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。