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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第181話 開かれた黄金の扉

 パリの平野を猛スピードで駆け抜け、馬車組合の妨害という旧時代の残骸を木っ端微塵に粉砕した『ベルサイユ・エクスプレス』。


 黒煙を吹き上げ、大地を揺るがしながら進む鉄の巨獣の視界に、ついにその目的地——幾何学模様に整えられた広大な庭園と、太陽の光を反射して白く輝く、壮麗なる宮殿の姿が飛び込んできた。


 かつてフランス絶対王政の最高傑作であり、王室の居城であった場所。

 ベルサイユ宮殿である。


「……なんという音だ。地震か?」


 その頃。宮殿のテラスでは、優雅なお茶会が開かれていた。

 彼らは、王室がパリのチュイルリー宮殿へ遷都して以来、泥臭いインフラ改革や平民との労働を嫌い、旧態依然とした特権にすがりついてこの空っぽの宮殿に「引きこもっていた」保守派の貴族たちだった。


 政治の中枢から見捨てられ、ただ昔の栄華の幻影の中で生きている彼らは、遠くから近づいてくる未知の地鳴りに、怪訝けげんな顔でティーカップを揺らした。


「それに、あの黒い煙はなんだ? まさか、パリの暴徒どもが火を放ちながらここまで攻めてきたのでは……」


 プァァァァァァァァァンッ!!!!


 突如、宮殿の庭園の静寂を切り裂いて、空から降り注ぐような巨大で美しい和音が轟き渡った。


「ひっ!?」

「な、なんだあの鉄のバケモノは!!」


 貴族たちが悲鳴を上げて立ち上がる。

 彼らの視線の先、宮殿の敷地のすぐ外側に新設された真新しいプラットホームへ向けて、シュゥゥゥゥッ! と大量の白い蒸気を吐き出しながら、巨大なベルサイユエクスプレスが滑り込んできたのだ。


 キィィィィィン……!

 鉄の車輪とレールが摩擦音を立て、機関車は計算し尽くされた位置でピタリと停止した。


「と、到着だぁぁぁぁっ!!」

「本当にベルサイユまで来ちまったぞ!!」


 客車から、すすと汗にまみれたジャンやカトリーヌたち労働者が、歓喜の雄叫びを上げながら次々とプラットホームに降り立つ。


「ば、馬鹿な! なぜあのような薄汚い平民どもが、我々の神聖なるベルサイユの敷地に足を踏み入れているのだ! 衛兵! 奴らを叩き出せ!!」


 保守派の重鎮貴族が顔を真っ赤にして怒鳴り散らした、その時。


 プシュゥゥッ! と機関車の運転台の扉が開き、そこから一人の女性が優雅な足取りでホームへと降り立った。


「……誰を叩き出すって?」


 純白のドレスの裾には油とススが少し跳ねていたが、その立ち姿は誰よりも気高く、圧倒的なカリスマを放っていた。


「お、王妃殿下……!?」


「それに、国王陛下まで! なぜそのような、鉄のバケモノの腹の中から……!」


 貴族たちが信じられないものを見るように後ずさる中、私は扇子をパチンと開き、彼らを冷ややかに見据えた。


「ご機嫌よう、引きこもりの皆様。時代遅れのティータイムはおしまいよ」


 私は、背後にそびえる黒鋼の機関車を誇らしげに指し示した。


「この鉄の馬は、パリの中心からたったの数十分でここまで到着したわ。……これがどういう意味か、分かるかしら?」


「意味、ですと……?」


「物理的な距離がゼロになったってことよ。もう、このベルサイユ宮殿は『手の届かない雲の上の神殿』じゃない。パリの市民が、お休みの日にふらっと遊びに来れる、ただの『ご近所のリゾート地』になったのよ!」


 私の宣言に、貴族たちは白目を剥いた。


「そ、そんな馬鹿な! 宮殿を平民の遊び場にするなど、王族としての尊厳が……!」


「尊厳? 民衆の生活から逃げて、空っぽの宮殿の中で幻影を拝んでいるだけのプライドなんて、カビの生えたパンより価値がないわ」


 私は彼らの反論を冷酷に切り捨て、高らかに引導を渡した。


「今日から、ベルサイユ宮殿の庭園および一部の施設を、市民向けの『一大観光エンターテインメント施設』として一般開放します! 入場料を取って外貨を稼ぎ、それをさらにインフラへ投資する!……あなたたちも、いつまでも幻の既得権益にしがみついてないで、お土産用のマカロンでも焼いて売りなさい!!」


「お、お土産のマカロン……っ!?」


 貴族たちは、もはや反論する気力すら失い、圧倒的な未来の暴力の前に、バタバタと気を失ってその場に倒れ込んだ。


「……見事な制圧ですね、マリー」

 ナポレオンが、呆れたように、しかし感嘆の笑みを浮かべて懐中時計を閉じた。


「ええ。これにて、最終試運転と『古き亡霊たちへのトドメ』は完璧に完了よ! さあ、パリへ戻って、いよいよ歴史的な『開通式』の準備よ!!」


 * * *


 それから数週間後。

 ついに『ベルサイユ・エクスプレス・グランドオープン』の前夜。


 チュイルリー宮殿の財務監査局は、とんでもない熱気と歓喜の悲鳴に包まれていた。


「やりましたわ! やりましたわ王妃様!!」


 ジャンヌが、机の上に積み上げられた金貨と札束の山を抱きしめながら、狂喜乱舞していた。


「明日の『記念すべき第一便』の乗車チケット、販売開始からわずか三分で売り切れですわ!! パリ中の市民はもちろん、イギリスやオーストリアの富裕層からも購入希望が殺到し、すでにとんでもない額の外貨を獲得しております!」


「ふふっ、予想通りね。観光ビジネスのポテンシャルは計り知れないわ」


「ええ! しかも、高値で売り抜けようとした転売ヤーどもには、事前に導入した『身分証連動・記名式チケットシステム』で完璧なダメージを与えてやりましたわ! 払い戻し不可の不良債権を抱えて、今頃裏路地で泣いていることでしょう!」


 悪魔の金庫番は、資本主義のバグを絶対に許さない。その徹底したシステム構築により、純粋な利益だけが国家の金庫へと吸い上げられていた。


「……アントワネット」


 そこへ、明日の本番に向けて最終メンテナンスを終えたルイが、少し緊張した面持ちで入ってきた。


「いよいよ、明日だね。……なんだか、信じられないよ。僕が子供の頃に図鑑で見て、一人で空想していただけの夢の機械が、本当に明日、何千人もの人を乗せて走るなんて」


 ルイの震える手を、私は優しく両手で包み込んだ。


「あなたの夢は、もうあなた一人のものじゃないわ、ルイ。フランス全土の希望よ。……明日は、胸を張って操縦桿を握りなさい。世界で一番かっこいい『機関士』としてね」


「……うん!!」


 ルイは力強く頷き、オタク王としての絶対の誇りをその瞳に燃やした。


 そして——。

 歴史の夜が明け、輝かしい新時代の太陽がパリの街を照らし出した。


 ベルサイユエクスプレスの始発駅となる、『パリ中央ターミナル駅』。


 そこは、スミートンのコンクリート技術と、最新の製鉄技術を駆使して造られた、巨大な『ガラス張りのドーム屋根』を持つ、圧倒的に近代的な大建築であった。


 朝の光がガラス屋根を透過し、プラットホームに停車している黒鋼の機関車『ベルサイユエクスプレス』を、まるで舞台の主役のように神々しく照らし出している。


「うおおおおおっ!! でけえええっ!!」

「あれが、王様が作った鉄の馬か!! ピカピカに光ってやがる!!」


 駅の周辺には、チケットを手に入れた幸運な乗客たちだけでなく、この歴史的瞬間を一目見ようと、数万人のパリ市民が押し寄せていた。


 かつての暴動の殺気など微塵もない。

 そこにあるのは、純粋な好奇心と、自分たちの国が成し遂げた偉業に対する爆発的な熱狂だけだった。


「パパ! 機関車さん、シューッて息をしてるよ!!」


 特等客車に乗り込んだ五歳の王太子ジョゼフが、窓にへばりついて目を輝かせている。


「フフッ、そうだねジョゼフ。今、ボイラーの中で蒸気の圧力が最高潮まで高まっているんだ。いつでも飛び出せるように、準備運動をしているのさ」


 運転台から顔を出したルイが、息子に向かってウインクを飛ばす。


 プラットホームには、この巨大プロジェクトを成功に導いた天才アベンジャーズたちの姿が揃っていた。


「私の計算した熱効率が、ついに実証される時です。……美しい」

 ラプラスが、銀縁眼鏡を拭きながらボイラーの圧力計を見つめる。


「軍隊の行軍速度を覆す、歴史の特異点。……この瞬間に立ち会えたことを、誇りに思います」

 ナポレオンが、懐中時計の秒針を見つめながら静かに敬礼する。


「アーサー! さあ、私たちも乗り込みますわよ! スリや不審者がいないか、車内の最終監査デートですわ!」

「……了解しました。ジャンヌ殿の手は、私がしっかりとホールドしておきます。群衆の圧死リスクを回避するために」

 ジャンヌとアーサーも、手を繋ぎながら(名目上は警護として)客車へと乗り込んでいく。


 そして。

 出発の時刻を知らせる大時計の針が、頂点を指し示した。


「——パリの市民たちよ!!」


 私は、運転台のデッキに立ち、数万の群衆に向けてメガホンを構えた。


「泥と悪臭にまみれ、迷信に怯え、既得権益に苦しめられた古い時代は、今この瞬間、完全に終わりを告げるわ!!」


 私の声に、数万人の市民が水を打ったように静まり返る。


「今日から、私たちは新しいレールの上を走るの! 貴族も平民も関係ない! この鉄の馬は、フランスに生きるすべての人々を、豊かで幸福な『未来』へと連れて行くための箱舟よ!!

 さあ、新しい時代の幕開けを、盛大にお祝いしましょう!!」


 私が右手を高く振り下ろした瞬間。


 プァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!


 モーツァルトが調律した、希望に満ちた黄金の長三和音の汽笛が、パリの青空に高らかに鳴り響いた。


 マリー・アントワネット、27歳。

 彼女の不屈のサバイバルが産み落とした『黒鋼の革命』が、数万の歓声に見送られながら、いよいよ輝ける未来へ向けて力強く走り出そうとしていた。

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