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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第177話 光と骨のレクイエム

 パリ市外郭、ダンフェール・ロシュローの地下トンネル工事現場。


 普段ならば、活気あるツルハシの音と蒸気ドリルの轟音が響き渡るはずのその場所は、今、異様な殺気と熱狂に包まれていた。


「工事を中止しろ!! これ以上、死者の眠りを妨げるな!!」


「鉄の馬は地獄への乗り物だ! 王妃の道楽のせいで、俺たちまで呪い殺されてたまるか!!」


 現場の入り口に集結したのは、恐怖に顔を歪めた数百人の労働者たちと、彼らを扇動する何者かに雇われたプロの煽動家せんどうかたちだった。


 彼らは手に手に松明たいまつやハンマーを握りしめ、今にも敷設されたばかりのレールや重機を破壊しようと息巻いている。


「……マズいぞ。パニック状態だ。このままじゃ暴動になる」


 労働者のリーダーであるジャンが、身を挺して重機を守りながら、顔面を蒼白にして後ずさった。


 彼自身、カタコンベの人骨の壁を見て腰を抜かした一人だ。仲間の恐怖は痛いほど分かる。だが、だからといって自分たちが血と汗で造り上げたレールを壊されるのを見過ごすわけにはいかなかった。


「お前ら、落ち着け! とにかく一度、話し合おう!」


「どけ、ジャン! お前も王室の犬に成り下がったか! 呪いの穴を塞げェェェッ!!」


 煽動家の一人が、ジャンに向かって燃え盛る松明を投げつけようとした、まさにその時。


 パァァァァンッ!!


 空を切り裂くような乾いた銃声が、現場の喧噪けんそうを一瞬にして沈黙させた。


「な、なんだ!?」


 群衆が振り返った先。

 そこには、一列に並んでマスケット銃を構える数十名の王室近衛連隊と、硝煙を上げる拳銃を片手に掲げたナポレオン、そして漆黒のフロックコートに身を包み、氷の殺気を放つアーサーの姿があった。


「……暴行および器物破損の現行犯は、国家反逆罪に準じて即刻処断します。武器を捨てなさい」


 ナポレオンの冷徹な声が響く。

 しかし、恐怖に駆られた群衆は、銃口を向けられてもなお後へ引こうとはしなかった。


「撃てるものなら撃ってみろ! 俺たちは呪われて死ぬくらいなら、ここで……!」


「銃を下ろしなさい、ナポレオン」


 凛とした、しかしどこまでも透き通るような声が、緊迫した空気を切り裂いた。


 近衛兵の列が左右に割れ、その中央から、一人の女性が進み出た。マリー・アントワネットである。


「お、王妃様……!?」


 ジャンが目を見張る中、私は手の中に小さなランタンを一つだけ提げ、何の武装もせず、護衛すら後ろに控えさせたまま、暴徒と化した群衆の真っ只中へと歩みを進めた。


「王妃様、危険です! 彼らは正気を失っています!」

 アーサーが制止しようとするが、私は手でそれを遮った。


「大丈夫よ、アーサー。彼らは敵じゃないわ。ただ、『見えないもの』に怯えているだけ」


 私は群衆の前に立ち、彼らの血走った目を一人一人、静かに見つめ返した。


「……王妃! あんたのせいで、パリの地下に地獄の門が開いちまったんだ! どう落とし前をつける気だ!」


 馬車組合に雇われた煽動家の男が、ここぞとばかりに大声を上げて群衆を煽る。


「地獄の門、ですって? ずいぶんと想像力が豊かなのね」


 私は、その扇動家を一瞥いちべつもせず、ただジャンに向かって微笑みかけた。


「ジャン。案内してちょうだい。あなたが掘り当てたという、その『死者の国』の最深部へ」


「えっ……! ほ、本気ですか王妃様!? あんなおぞましい場所に、王妃様のような高貴な方が行くなんて……!」


「行きましょう。あなたたちも、自分の目で確かめなさい」


 私は振り返り、群衆に向けて言った。


「暗闇の中で怯えているだけでは、真実は見えないわ。……私が先頭を歩く。それでもまだ『呪い』があると思うなら、私ごと呪い殺されればいいわ」


 その圧倒的な覚悟とカリスマに、群衆は息を呑み、道を開けた。


 私は、真っ白なドレスの裾が泥に汚れるのも構わず、ランタンの灯りだけを頼りに、ひんやりとした地下トンネルの奥へと足を踏み入れた。ジャンが震えながら先導し、その後ろを、アーサーやナポレオン、そして数百人の労働者たちが、恐る恐る後をついてくる。


 地下深く。

 カビと湿った土の匂いが立ち込める中、ついに私たちは『その場所』へと到達した。


「……ここです、王妃様」


 ジャンが、震える指で前方を指差した。


 ランタンの光が暗闇を照らし出す。

 そこにあったのは、見渡す限りの広大な地下空間。そして、床から天井まで、幾何学模様のように美しく、そして緻密に積み上げられた『無数の人骨の壁』だった。


 十字に組まれた大腿骨。整然と並べられた頭蓋骨。何百万という空洞の目が、一斉に私たちを見つめ返してくる。


「ひっ……!」

「あ、悪霊だ……」


 労働者たちが恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりする。煽動家の男は「見ろ! 地獄の亡者どもだ!」と叫んだ。


 だが。


「……なんて、静かな場所」


 私は、一切の恐怖を感じることなく、その骸骨の壁のすぐ目の前まで歩み寄った。


「王妃様、触れてはいけません……!」


 ジャンの制止も聞かず、私はそっと手を伸ばし、壁に組み込まれた一つの頭蓋骨に、慈しむように触れた。


 冷たく、乾いた骨の感触。

 そこには、怨念も呪いも存在しなかった。ただ、圧倒的なまでの『静寂』と『歴史の重み』があるだけだった。


 私は、汚れるのも構わず、泥だらけの地面に静かに膝をついた。そして、胸の前で両手を組み、積み上げられた数百万の骨に向かって、深く、深く祈りを捧げた。


 労働者たちは、一国の王妃が、泥に膝をついて見ず知らずの骸骨に祈る姿に、言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「……みんな。よく見てみなさい」


 長い祈りを終え、私はゆっくりと立ち上がって群衆を振り返った。


「彼らは、地獄の亡者なんかじゃない。呪いを撒き散らす悪霊でもないわ」


 私はランタンを高く掲げ、壁一面の骨を照らし出した。


「数百年から数十年前。まだ下水道も浄水ステーションもなかった、不潔で貧しいパリの街で。ペストや飢饉ききん、そして過酷な労働と戦いながら、必死に生き抜いて死んでいった……私たちの『大先輩』たちよ」


 私の言葉に、労働者たちの目がハッと見開かれた。


「彼らがいなければ、今のパリは存在しない。この幾何学模様の壁は、後世の人々が彼らの遺骨をただのゴミとして捨てるのではなく、敬意を持って一つ一つ積み上げた『祈りの形』なのよ」


 私は、群衆の中にいる一人の若い労働者を真っ直ぐに見つめた。


「あなたのひいお爺さんかもしれない。あなたの遠いご先祖様かもしれない。……そんな身内の先輩たちが、どうして今のパリを生きるあなたたちを呪うと思うの?」


「そ、それは……」


「むしろ、逆よ」


 私は扇子を強く握りしめ、言葉に圧倒的な熱を込めた。


「彼らは、泥水を啜り、疫病に倒れながらも、いつか自分たちの子供や孫が、清潔で豊かな世界で生きていけることを夢見ていたはずよ。……だとしたら! 私たちがやるべきことは、彼らを恐れて逃げることじゃない!!」


 私の声が、地下迷宮の壁に反響し、労働者たちの胸の奥底へと突き刺さる。


「この骨の壁を壊す必要はないわ。この広大な納骨堂の通路を、そのまま私たちの『トンネル』として使わせてもらうのよ!!」


「納骨堂の通路を……レールに?」


「ええ! スミートン先生のセメントで、先輩たちの骨の壁を優しく、そして崩れないように強固にコーティングしてあげる。そしてその中央の道を、私たちが造った最新鋭の『鉄の馬』で、轟音を立てて走り抜けて見せるの!!」


 私は、熱を帯びた瞳でジャンたちを見渡した。


「『見てください、大先輩! あなたたちが命懸けで繋いでくれたパリは、今こんなに豊かで、清潔で、素晴らしい未来を手に入れましたよ!』って……彼らに、私たちの誇らしい姿を、このトンネルの振動で伝えてあげるのよ!!」


 ――ッ!!


 その瞬間。

 労働者たちの目から、恐怖という名の分厚いうろこが、ボロボロと剥がれ落ちていくのが見えた。


 呪いの亡者ではなく、自分たちの命を繋いでくれた先人。その先人たちを守りながら、自分たちの成し遂げた偉業を報告するための、誇り高き凱旋がいせんの道。


「……そうだ」


 ジャンが、ポツリと呟いた。

 彼の目には、もう恐怖の涙はなかった。代わりに、熱く燃えたぎるような誇りの炎が宿っていた。


「俺たちは……何を恐れてたんだ。自分のひい爺ちゃんや婆ちゃんたちが、俺たちを呪うわけねえじゃねえか!!」


「そ、そうだ! むしろ、こんな暗くて冷たい場所に閉じこもってる先輩たちに、俺たちの造った鉄の馬のすげえ音を、聞かせてやらなきゃなんねえ!!」


 労働者たちの顔に、次々と生気が戻り、迷信の恐怖が強烈なモチベーションへと反転していく。


「だ、騙されるな!! あれは王妃の詭弁きべんだ! 目を覚ませお前ら!!」


 焦った煽動家の男が、再び群衆を煽ろうと叫んだ。

 だが——。


「……テメェこそ、黙りやがれ」


 ドンッ!!

 ジャンが、その煽動家の男の胸ぐらをガシッと掴み、強烈な頭突きを食らわせた。


「ぎゃあっ!?」


「俺たちの偉大な先輩たちを、地獄の亡者呼ばわりしてコケにしたこと、絶対に許さねえぞ。……テメェ、馬車組合の回し者だな? とっとと失せろ! ここは俺たち『鉄道アベンジャーズ』の神聖な仕事場だ!!」


「そうだ! 失せろ!!」

「俺たちの邪魔をするな!!」


 労働者たちが一斉に怒号を上げ、煽動家たちを袋叩きにしてトンネルの外へと蹴り出した。


 もはや、彼らを縛るものは何もない。

 馬車組合の仕掛けた卑劣なデマとオカルトの壁は、マリー・アントワネットの「先人への敬意」と「圧倒的な光」によって、完全なる敗北を喫したのである。


「……やりましたね、マリー」


 ナポレオンが、ふっと笑みをこぼして拳銃をホルスターに収めた。


「ええ。理屈で説得できないなら、心に直接『物語』をインストールする。……これこそが、上に立つ者の役割よ」


 私は、立ち直った労働者たちに向けて、再び高らかに宣言した。


「さあ、野郎ども!! ツルハシを持ちなさい!! 蒸気ドリルの火を入れなさい!!このカタコンベを最高のトンネルへと補強し、大先輩たちに『鉄のレクイエム』を奏でてあげるわよ!!」


「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」


 ガツン! ガツン! ガツン!!


 地下迷宮に、再び力強いツルハシの音が響き渡り始めた。


 恐怖の象徴だった人骨の壁は、スミートン特製の水硬性セメントによって丁寧に、そして強固にコーティングされ、鉄道を支える無敵のトンネルへと生まれ変わっていく。


 それは、死者と生者が、未来へ向かう一本のレールの上で固く手を結び合った、奇跡のような光景であった。


 マリー・アントワネット、27歳。

 オカルトという最も厄介な敵を、泥だらけのドレスと祈りによって打ち破った彼女の姿は、パリの労働者たちの心に「真の女神」として深く、深く刻み込まれたのである。


 残る壁はあと一つ。

 ——この巨大なレールの上を走る、エンジンの完成のみ。

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