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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第165話 特務風紀部隊

 チュイルリー宮殿の会議室。

 ロベスピエールが「法の限界」に絶望して泣き崩れる中、ナポレオンは、極めて冷酷かつ合理的な光をその瞳に宿していた。


「……いいですか、皆様。法律というものは『書かれていること』がすべてです。契約書に『又貸しを禁ずる』と書かれていない以上、契約違反で彼らを追い出すことは不可能です」


 ナポレオンは、広げられた団地の図面を指揮棒でピシャリと叩いた。


「しかし! 視点を変えればいい。我々は彼らを『悪徳大家』として罰するのではなく、公衆衛生に対する重大な違反者として制圧するのです」


「違反者……? 公衆衛生の?」

 私が首を傾げると、ナポレオンはニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。


「思い出してください、ロベスピエール先生。我々がこの新憲法と共に制定した『パリ都市衛生特別法』第2条を。……『疫病の発生、または建物の構造的倒壊の危険が著しく高いと判断された場合、王立衛生局は居住者の同意なく強制的に立ち入り、緊急消毒および隔離・退去を命じることができる』」


 ――ッ!!

 その言葉に、泣き崩れていたロベスピエールがガバッと顔を上げた。


「そ、それは……ペストやコレラなどの致死性の伝染病が発生した時のための、極大の非常大権……! それを経済犯への強制執行に拡大解釈して適用するなど、法を捻じ曲げるも同然だ!」


「捻じ曲げるのではありません、事実の適応です」

 ナポレオンは冷徹に言い切った。


「本来、大人四人が暮らすように設計された部屋に、十五人もの人間が換気もせずに寿司詰めにされ、排泄物や残飯が散乱している。……医学の観点から言えば、これはすでにバイオハザードです。さらに、定員を三倍以上も超過した重量は、床のコンクリートに致命的な負担をかける『構造的危機』でもある」


 ナポレオンの論理に、会議室の空気が一変した。ロベスピエールは法律家としての倫理と、目の前の弱者を救いたいという正義の間で、ギリッと唇を噛み締めた。


「つまり、彼らを『家賃のピンハネ』で裁くのではない。疫病を発生させ、建物を破壊しようとする危険分子として、特務風紀部隊が緊急突入し、強制的に『消毒』と『排除』を行う!!これは契約違反の処罰ではなく、パリ市民の命を守るための正当な防疫作戦です!!」


「……天才だわ、ナポレオン!」

 私は、扇子をパチンと鳴らして立ち上がった。


「法の抜け穴には、別の法の鉄槌を! ジャンヌ、アーサー! すでに諜報と監査でタコ部屋化している部屋の特定は済んでいるわね!?」


「ええ、リストアップは完了しておりますわ。悪質なピンハネを行っている三十部屋、一網打尽にできます」

 ジャンヌが冷たく眼鏡を光らせた。


「ルイ陛下! 突入部隊のための『特別な装備』の開発をお願いできますか!」


「任せておけ! こうなることもあろうかと、すでに設計図は引いてある!」

 ルイは、目を血走らせて不敵な笑みを浮かべた。


「蒸気機関で圧力を高めたお湯と、特製の王立オーガニック石鹸を混ぜ合わせ、一気に噴射する携帯型・高圧スチーム洗浄機だ! これで、部屋の汚れも、腐った根性も、すべて洗い流してやる!!」


 かくして。

 マリー・アントワネットと愉快な天才たちは、資本主義のバグを利用して私腹を肥やす「団地の寄生虫」どもを駆逐するため、前代未聞の超法規的作戦へと打って出たのである。


 その日の、深夜。

 団地の第3ブロック、304号室。


「がはははっ! 飲め飲め! 明日も日雇いで稼いできて、俺様に家賃を納めるんだぞ!」


 ピエールは、今や「強欲な資本家」気取りで、安酒の入ったグラスを揺らしていた。


 彼の足元には、すし詰め状態にされた十五人の日雇い労働者たちが、悪臭と寒さに耐えながら、毛布にくるまって震えている。


「へへっ、あのオーストリア女も甘いぜ。タダ同然でこんな上等な部屋を渡しちまうんだからな。俺はこれで一財産築いて、来年には貴族の仲間入りだ!」


 ピエールが醜悪な笑い声を上げた、まさにその瞬間だった。


 ――ドゴォォォォォォォンッ!!!!!


 突然、鋼鉄で補強されたはずのドアが、凄まじい衝撃と共に蝶番ごと吹き飛ばされた。


「な、なんだぁっ!?」


 もうもうと立ち込める土煙と、強烈な蒸気の向こう側。

 そこに立っていたのは、軍隊でも警察でもなかった。


 分厚いゴム製の防水エプロンを身に纏い、顔には防毒マスクを装着。そして手には、真鍮製の無骨な「巨大なノズル」を構えた、カトリーヌとジャン率いる特務風紀部隊の面々だった。


「な、何者だお前ら!! ここは俺の部屋だぞ! 不法侵入で訴えてやる!!」


 ピエールが酒瓶を握りしめてわめき散らすと、ジャンは防毒マスク越しに、地獄の底から響くような冷酷な声を放った。


「……王立衛生局、ならびに特務風紀部隊だ。

 当区画において、基準値を大幅に超える『悪臭』および『バイオハザードの兆候』を確認。これより、都市衛生特別法に基づき、室内の緊急強制消毒を実行する!!」


「きゅ、緊急消毒だとぉ!? ふざけるな、ここは……」


「問答無用!! 消毒開始!!」


 カトリーヌが巨大なバルブを全開にした。


 プシュァァァァァァァァァァァァッ!!!!!


 ノズルの先端から、沸騰寸前の熱湯と高濃度の石鹸水が混ざり合った、凄まじい水圧のスチーム・ブラストが発射された。


「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!?」


 ピエールは、一瞬にして熱風と泡の塊に吹き飛ばされ、壁に激突した。


 部屋の中に蔓延していた排泄物の臭いやカビ、そしてピエールが溜め込んでいた「違法な又貸しの契約書」や「ピンハネした紙幣」すらも、圧倒的な水圧によって木端微塵に粉砕され、ドロドロの泡となって洗い流されていく。


「ひぃぃぃっ! 助けてくれぇ!」


 部屋に詰め込まれていた十五人の日雇い労働者たちが、パニックを起こして廊下へと逃げ出した。


「逃げた人間を確保しろ!! 決して乱暴はするな、彼らは『被害者』だ!」


 廊下で待機していたアーサーたち近衛兵が、逃げ出してきた労働者たちを素早く、しかし優しく保護し、温かい毛布で包み込んでいく。


 数分後。

 高圧洗浄が終わり、泡だらけになって床に這いつくばるピエールの前に、カトリーヌとジャンが歩み寄った。


「じ、ジャン……カトリーヌ……お前ら、こんなことして、タダで済むと……」


「タダで済まないのは、テメェの方だよ、ピエール」


 ジャンは、かつての仲間の胸ぐらを掴み上げ、怒りと悲しみの混じった瞳で睨みつけた。


「俺たちは、誇りを取り戻すためにこの団地を建てたんだ。……それを、テメェは目先の金のために、自分より弱い連中を搾取する『スラムの親玉』になり下がった。王妃様の優しさを泥で汚したテメェを、俺は絶対に許さねえ!!」


「テメェは『伝染病の病原体』として、強制隔離施設行きだ。せいぜいそこで、頭を冷やしな!」


 カトリーヌが吐き捨て、ピエールは憲兵たちに両脇を抱えられ、泡まみれのまま無惨に引きずられていった。


 一方、団地の中庭。


 部屋から救出された日雇い労働者たちは、大型の暖房テントの中に集められ、怯えた目で身を寄せ合っていた。


 彼らは、地方からパリへ出稼ぎにきたものの、高騰する家賃を払えず、ピエールのような悪党に法外な金を取られて「タコ部屋」に押し込められていた、真の弱者たちである。


「……大丈夫よ。もう、怯えなくていいわ」


 私がテントに入り、彼らの一人一人に、温かい肉入りのポタージュスープとパンを手渡していくと、彼らは驚きと安堵でポロポロと涙を流し始めた。


「お、王妃様……俺たち、田舎から出てきたのに仕事もなくて……。あの部屋を追い出されたら、もう凍え死ぬしか……」


「死なせないわ。あなたたちは、資本主義の歪みに利用されただけの『被害者』よ」


 私は、スープを飲む彼らに向かって、力強く微笑みかけた。


「仕事がないなら、私が用意してあげる。

 郊外に新しく建設中の『ガラス工場』と『プレハブ建材工場』で、明日から正社員として働きなさい。ちゃんとした給料を払うし、工場の敷地内には『一人一部屋』の清潔な独身寮も完備してあるわ。……悪い奴らに搾取される人生は、今日で終わりよ。これからは、自分の足で真っ直ぐに生きなさい!」


「王妃様……!! ああ、神様……女神様だ!!」


 日雇い労働者たちは、テントの中で一斉にひれ伏し、号泣して私への忠誠を誓った。


 悪党を物理で洗い流し、その下で苦しんでいた弱者を救い上げ、新たな労働力として自らの陣営に組み込む。


 ナポレオンの冷徹な排除戦術と、私の圧倒的な福利厚生の飴。この最強のコンボにより、団地に蔓延はびころうとしていた「資本主義の猛毒」は、わずか一晩にして浄化されたのである。


 翌朝。


「ば、馬鹿な……!! 一晩で、俺が仕掛けた『スラム化計画』の拠点三十部屋が、すべて強制排除されただと!?」


 報告を受けた悪徳投資家のモローは、隠れ家の屋敷で頭を抱えて絶叫した。


「しかも、違法なピンハネの証拠まで押収され、追放された大家たちが次々と『モローという男にそそのかされた』と自白しているだと……!?お、終わりだ……。警察に捕まる! ギロチンだ!!」


 モローは、トランクにありったけの金貨と宝石を詰め込み、屋敷の裏口から転がるようにして馬車に乗り込んだ。


 彼が向かった先は、パリから逃げるための関所ではない。


 この地獄の計画を彼に授けた、すべての元凶――バスティーユ監獄であった。


「……閣下!! デギュイヨン閣下!! 助けてください!!」


 看守を買収し、再び特別独房の前に転がり込んできたモローは、鉄格子にしがみついて泣き叫んだ。


「あなたの言った通りにやったのに、王妃の奴ら、法律を無視して『衛生の暴力』で力ずくで鎮圧しやがったんです!!私はもうおしまいです! 警察がすぐそこまで来ています! どうか、あなたの隠し資産で私を外国へ逃がして……!!」


 無様に命乞いをするモローを見下ろしながら、暗闇に座るデギュイヨン公爵は、フツフツと、やがて腹の底から湧き上がるような、狂気に満ちた哄笑こうしょうを漏らし始めた。


「クックック……フハハハハハッ!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、マリー・アントワネット!!」


「か、閣下……?」


「やはり、あの小娘は最高のエンターテイナーだ。まさか、自ら定めた法の網の目を潜り抜け、『国家の暴力』を行使してくるとはな!」


 デギュイヨンは立ち上がり、鉄格子越しにモローの首元をガシッと掴んだ。


「ひぃっ!?」


「……モローよ。お前は負けたのではない。私の仕掛けた『第一段階』を、見事に完遂してくれたのだ」


 デギュイヨンの落ち窪んだ瞳には、王妃への憎悪どころか、自らの目論見が完璧にハマったことへの歓喜だけが燃え盛っていた。


「第一段階……? い、一体、何を……」


「考えてもみろ。王妃は今回、自らの『善意と正義』のために、特務部隊を使って平民の部屋を破壊し、家主を強制連行した。……これのどこが『開かれた立憲君主制』だ? やっていることは、かつて私や絶対王政の暴君どもがやっていた『恐怖政治』と全く同じではないか!!」


 ――ゾクッ、と。

 モローの背筋に、理解を絶する悪寒が走った。


 デギュイヨンの真の狙いは、不動産で金儲けをすることでも、団地をスラム化させることでもなかった。


 正義感に燃えるマリー・アントワネットたちを極限まで追い詰め、彼女たちの手で直接、暴力と強制力を行使させること。


「市民を守るための剣は、いつか必ず市民を傷つける凶器となる。……王妃自らが『暴力』という禁断の果実をかじった今、もはや王室は『無謬むびゅうの聖人』ではない」


 デギュイヨンは、モローを乱暴に突き飛ばし、暗闇の中で高らかに両手を広げた。


「モローよ、お前は捕まる前に、パリ中の裏社会にこう触れ回れ。『王妃の特務部隊に、家と財産を不当に奪われた! 王妃は気に入らない平民を弾圧する独裁者だ!』とな。 ……ピンハネを潰されて恨み骨髄の連中と、お前のような破産したブルジョワどもが、必ずお前の声に呼応するだろう」


「暴動を……王妃への暴動を起こせと……!?」


「そうだ。法という鎖が外れた今、次にパリを支配するのは『純粋なる暴力』だ」


 バスティーユの亡霊は、ついにその最悪の牙を剥き出しにした。


「さあ、革命の火蓋を切ろうではないか。怒れる暴徒どもよ、このバスティーユを襲撃し、私を解放せよ! 偽りの光の都を、業火で焼き尽くす時が来たのだ!!」


 経済の戦いは終わり、真の血みどろの闘争が始まる。

 マリー・アントワネットの「正義の行使」が、皮肉にもフランス革命の象徴であるバスティーユ襲撃への導火線となってしまったのである。


 歴史の修正力は、いよいよその本性を現し、パリを修羅の坩堝るつぼへと突き落とそうとしていた。

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