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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第144話 悪魔の果実 後編

 チュイルリー宮殿の中庭にそびえ立つ、手作りのドーム型石窯。


 中で赤々と燃える薪の炎が、ドーム内の温度をピザ焼きに最適な「摂氏400度」へと引き上げていく。


「さあ、窯が温まるまでの間にソースを作るわよ! アーサー、ニンニクの微塵切りをお願い!」


「了解しました。対象をミリ単位で粉砕します」


 アーサーが両手に持ったナイフを風車のように回転させると、まな板の上のニンニクが一瞬にして完璧な1ミリ四方の立方体へと切り刻まれた。


「フライパンにたっぷりのオリーブオイルを引いて、アーサーの切ったニンニクを弱火で炒めるの! ここで絶対に焦がしちゃダメよ、香りを油に移すの!」


 ジュワァァァ……ッ。


 熱されたオリーブオイルとニンニクが交わり、暴力的なまでに食欲を刺激する香ばしい匂いが中庭いっぱいに広がる。


「な、なんだこの鼻腔を直接殴りつけてくるような凶悪な匂いは……!」


 遠巻きに見ていたグラモン公爵たち保守派の貴族が、思わずゴクリと喉を鳴らした。


「香りが立ってきたら、主役の登場よ!」


 私は、湯剥きして細かく刻んだ大量の「真っ赤なトマト」を、熱したフライパンへと一気に投入した。


 ジュウウウウウッ!!


 トマトの水分が弾け、ニンニクオイルと混ざり合う。


「ひぃぃっ! 悪魔の果実が血のように煮えたぎっているぞ!!」


 貴族たちが悲鳴を上げるが、私はお構いなしに木べらで鍋底を混ぜ続けた。


「いい? トマトの本当の力は『加熱』することで目覚めるのよ。水分を飛ばして煮詰めることで、毒どころか、人間が本能的に美味いと感じる成分……『グルタミン酸』が極限まで濃縮されるの!」


 塩をひとつまみ加え、さらに煮詰めること十数分。

 フライパンの中の赤い果肉は、トロリとした濃厚なペースト状の『特製トマトソース』へと姿を変えていた。


「……信じられませんわ。あんな毒々しい植物から、これほどまでに芳醇で甘酸っぱい香りが漂うなんて」


 ジャンヌが、匂いに釣られてフラフラと鍋に近づいてきた。


「ふふっ。原価の安い野菜が、少しの手間で極上のソースに化けたわ。ジャンヌの大好きな『付加価値』よ!」


 私はウィンクをして、発酵が終わったパン生地を台の上に取り出した。


「さあ、仕上げよ! 生地を薄く、丸く伸ばして……その上に、この煮詰めた特製トマトソースをたっぷりと塗る!」


 真っ白なキャンバスに、鮮やかな赤が広がっていく。


「さらに、サンソン先生が農家から調達してくれた『新鮮なフレッシュチーズ』をちぎって乗せ、香りのアクセントに『バジルの葉』を散らすの! 最後にオリーブオイルをひと回しすれば……」


「おお……! 赤、白、緑! なんと美しく鮮やかな色彩のコントラストだろう!」

 泥だらけのルイが、目を輝かせて拍手をした。


「これが、ナポリ発祥の最強ピッツァ……『マルゲリータ』よ!」


 私は、木製の大きなヘラに生地を乗せた。


「マリー! 窯内の温度、完璧な400度に達しました! 今です!」


 ナポレオンが合図を出す。


「いくわよ! 投入!!」


 私は石窯の奥深く、炎のすぐ横の熱い石床に、ピザを滑り込ませた。


 ――ジュワァァッ!!


 400度に熱せられた石床に生地が触れた瞬間、水分が一気に沸騰し、生地の縁がプクプクと膨れ上がり始めた。


「すごい……! オーブンとは比較にならない熱伝導率だ! 下からの『伝導熱』で生地をパリッと焼き上げ、ドーム天井からの輻射熱で上のチーズを瞬時に溶かしているんだ!」


 自ら石を積んだルイが、窯の熱力学的な完璧さに感動の涙を流している。


「ナポレオン! 時間は!?」


「焼き上がりまで残り10秒! 9、8、7……!」


 窯の中では、真っ白なチーズがグツグツと沸騰し、トマトソースと絡み合っている。生地の縁には、香ばしい「ヒョウ柄」の焦げ目がつき始めていた。


「3、2、1……ゼロ! 焼き上がりました!!」


「引き上げるわ!!」


 私はヘラを差し込み、熱々のマルゲリータを一気に窯から引きずり出した。


 パチパチとはぜる音。

 焦げた小麦粉の香ばしい匂いと、とろけるチーズ、そしてバジルとニンニクトマトの爆発的な香りが、夕暮れの中庭を完全に制圧した。


「ご、ごくり……っ」


 文句を言っていたグラモン公爵たちでさえ、完全に言葉を失い、ヨダレを垂らしてその丸い料理を凝視している。


「熱いうちに切るわよ! アーサー!」


「シィッ!」


 アーサーのナイフが閃き、一瞬でピザが均等な八等分に切り分けられた。


「さあ、みんな! 手が火傷しそうなくらい熱いうちに、手掴みでいっちゃって!!」


「い、いただきます!!」


 教職員アベンジャーズたちが、一斉にピザのピースを掴み取った。


「あむっ……! ほふっ、ほふっ……!!」


 ルイが大きな口を開けてかぶりつく。

 サクッ! という軽快な音とともに、トロトロに溶けたチーズが糸を引き、トマトソースの旨味がジュワッと口いっぱいに溢れ出した。


「…………う、美味いィィィィッ!!」


 オタク王が、天を仰いで咆哮した。


「なんだこの生地は! 外側はパリッとしているのに、中は信じられないほどモチモチだ! そしてこの赤いソース……! 爽やかな酸味の奥に、肉も使っていないのに猛烈な『旨味の塊』が隠れているぞ!」


「はふっ、はふっ! 凄まじいですわ、王妃様! 生地、ソース、チーズというたった三つの安い原価の食材が、石窯の熱という魔法を通すことで、高級フルコースのメインディッシュに匹敵する満足感を生み出しています! これは……売れますわ!!」


 ジャンヌも、顔をソースだらけにしながら狂ったように計算を始めている。


「素晴らしい栄養価です。トマトのリコピンとオリーブオイルを一緒に加熱することで、体内への吸収率が飛躍的に高まっている。これはまさに『食べる万能薬』ですね」


 サンソン先生も、医学的なお墨付きを与えながらペロリと平らげた。


「……王妃様! 私は今、兵站の歴史が覆る音を聞きました! この石窯を前線に配備すれば、たった一分半で兵士たちに究極の熱量と士気を供給できます!」


 ナポレオンはすでに二枚目を要求し、アーサーに至っては無言のまま恐ろしいスピードで四枚目に突入している。


 そんな私たちの狂喜乱舞の食事風景を、グラモン公爵はワナワナと震えながら見ていた。


「ば、馬鹿な……。あんな毒草の果実を食べて、なぜ誰も血を吐いて倒れないのだ……! むしろ、異常なほど幸せそうな顔をして……!」


「公爵」


 私は、焼きたての熱々マルゲリータの一切れを持って、公爵の目の前へと歩み寄った。


「百聞は一食に如かず、よ。四の五の言わずに、一口食べてみなさいな」


「ひっ! い、いやだ! 私は絶対にそんな悪魔の食べ物など……!」


「アーサー」


「ハッ」


 私が目配せすると、アーサーが背後からスッと公爵の腕を極め、強制的に口を開けさせた。


「むがっ!? な、何を……!」


「あーん!」


 私は、容赦なく公爵の口に熱々のピザを突っ込んだ。


「んーっ! むぐぐ……あちっ、ふごっ……!!」


 公爵は涙目で吐き出そうとしたが。

 ――ジュワァァ……。


 舌の上に広がった『トマトの暴力的な旨味とチーズのコク』が、彼の脳髄をダイレクトに直撃した。


「…………ッ!!?」


 公爵の動きが、ピタリと止まった。

 彼の瞳孔がカッと見開き、咀嚼する顎の動きが、次第に早くなっていく。


 サクッ、モチッ、ジュワァァ……。


「あ……ああ……なんだこれは……。酸っぱいのかと思えば、恐ろしいほどの旨味が、チーズの脂と絡み合って……生地の焦げた香ばしさが、たまらなく……っ!!」


 ゴクリ、と。

 公爵は、悪魔の果実を飲み込んだ。


「……王妃殿下」


 公爵は、顔を真っ赤にして、震える両手を私に向かって差し出した。


「も、もう一枚……いや、もう一枚と言わず、その丸い板ごと私に売っていただけないだろうか!? 10リーブル……いや、50リーブル出そう!!」


「フフッ。ダメよ、これは手作りのお裾分け。お金じゃ買えないわ」


 私は意地悪く微笑んで、余っていたピザを公爵の手の上に乗せてあげた。


「うおおおおっ! ありがたき幸せェェェッ!!」


 保守派の重鎮が、なりふり構わず路上でピザに食らいつく姿を見て、他の貴族たちも「わ、私にも一口!」「頼む、端っこだけでも!」と石窯の前に殺到し始めた。


「よし、ナポレオン! アーサー! 生地のストックは山ほどあるわ! どんどん伸ばして窯に放り込んで!! 今日は王立菜園のトマトが尽きるまで、ピザ・パーティーよ!!」


「「「おおおおおーーーっ!!」」」


 夕闇が迫る宮殿の中庭。

 身分の壁など崩壊し、誰もが顔をススとトマトソースだらけにして、笑顔で熱々のピザを頬張っていた。


「アントワネット」


 泥だらけの顔のルイが、焼きたてのピザを片手に私の隣にやってきた。


「すごいね、君は。……みんなが恐れていた『悪魔の果実』を、こんなにも人を笑顔にする魔法の料理に変えてしまうなんて」


「ううん、私一人の力じゃないわ。ルイが完璧な『石窯』を作ってくれたからよ。……やっぱり、みんなで汗水流して手作りしたご飯は、どんな高級料理よりも最高に美味しいわね!」


 私は、自分が作ったピザを大きく一口かじり、ルイに向かって満面の笑みを向けた。


「うん、本当に最高だ!」


 ルイも嬉しそうに笑い返し、私の隣でピザにかぶりついた。


 マリー・アントワネット、26歳。

 彼女の持ち込んだ「悪魔の果実」は、オタク王の完璧な手作りドーム建築と合わさることで、フランスの食文化に新たな金字塔を打ち立てた。


 旨味の宝庫・トマトの普及により、フランスの食卓はさらに豊かに、そして色鮮やかに染まっていくのである。

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