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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第136話 神童のロック・スクール

「……ワン、ツー、ワンツースリーフォー!!」

 

 ジャァァァァァァァンッ!!!

 

 チュイルリー宮殿に隣接する基礎教育アカデミー


 その広々とした校舎の一角から、教育施設には似つかわしくない圧倒的な重低音とビートが響き渡っていた。

 

「……またやってるわね」

 

 私は校舎の廊下を歩きながら、ビリビリと振動するガラス窓を見て苦笑した。

 

 パリ・ミュージック・フェスで数万人の市民を熱狂させ、クラシックの常識をぶち壊したモーツァルト。彼は現在、「フランス初代・総合エンタメプロデューサー」としての激務をこなしつつ、このアカデミーで『音楽』の特別専任教師として教壇に立っていた。

 

「苦情は一件も出ていません。むしろ、子供たちの登校意欲を底上げする強力なカンフル剤として機能しています」


 隣を歩くナポレオンが、懐中時計で時間を測りながら淡々と報告する。

 

「ええ。あの爆音のおかげで、隣の教室の子供たちまでリズムに合わせて勝手に足踏みを始める始末ですわ。……まさに集団心理を操る音楽の悪魔的魔力ですわね」


 ジャンヌもバインダーに数字を書き込みながら妖艶に笑った。

 

 音楽室の重厚な扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「もっとだ! もっと腹の底から声を出せ!! 音楽はお上品に椅子に座って聴くもんじゃない! お前たちの魂を全部この音にぶつけてみろォォッ!!」

 

 モーツァルトは教卓の上に立ち上がり、指揮棒を振り回して子供たちを煽りまくっていた。

 

「「「イエェェェェェス!! モーツァルト先生ェェェッ!!」」」

 

 インディゴブルーのスクール・サロペットを着た数十人の子供たちが立ち上がり、熱狂的なレスポンスを返している。


 当時の「音楽教育」といえば、修道院で讃美歌を静かに歌うか、貴族の子供が家庭教師からつまらない音階を習うだけの退屈なものだった。だが彼の授業は違う。「ロックフェス」のノリなのだ。

 

「いいか、クソガキども! お前たちの手の中にあるそれは、ただの木切れじゃない! リズムを刻み、世界を揺らすための『最強の武器』だ!!」

 

 子供たちの手には見慣れない楽器が握られていた。

 

「アントワネット、見てくれ!『学童用・教育楽器シリーズ』だ!」

 

 私の背後で、油まみれのルイがドヤ顔を決めた。

 

「カスタネットにタンバリン、真鍮のパイプを再利用したトライアングル! これまで高価で貴族しか触れなかった楽器を、木材の端材と工場のラインを流用して限界までコストダウンしたんだ!」

 

「さすがルイ! これぞ『音楽の民主化』ね!」

 

「素晴らしい費用対効果です」とジャンヌが皮算用を始める。

「カスタネットの原価は二スー。これをアカデミーの公式教材として義務付け、さらに保護者向けに『子供が装飾した限定モデル』としてプレミア価格で売りつければ、教育予算の赤字など一瞬で吹き飛びますわ!」

 

「ジャンヌ、あなた本当に子供の笑顔まで金に換えるのね……」

 呆れる私に、ナポレオンが冷静に分析を加えた。

 

「ですが侮れません。全員が同じリズムを刻む訓練は、集団の統率力を劇的に向上させます。軍隊の行軍も、工場の生産ラインのピッチも、すべては『リズム』に支配されている。……彼が教えているのは娯楽ではなく、組織を束ねるための『見えない鎖』の鋳造です」

 

 モーツァルトはピアノの上に座り込み、鍵盤を激しく叩きながら熱弁を振るっていた。

 

「いいか、お前ら! 音楽の心臓は『リズム』だ! メロディが美しくてもグルーヴがなけりゃただの雑音だ! さあ、俺のピアノに合わせて一斉に鳴らしてみろ! ワン、ツー、スリー!!」

 

 モーツァルトが激しいビートを刻み始める。

 だが、子供たちが鳴らす楽器のタイミングはバラバラで、ただの騒がしい雑音になってしまった。

 

「ストーーーップ!!」

 モーツァルトが頭を抱える。

 

「違う、違う! お前らバラバラすぎる! 自分の音ばっかり主張するな! 周りの音を聴け! 腹の底で『同じ鼓動』を感じるんだ!!」

 

 子供たちが困惑して顔を見合わせる。平民の子供たちはこれまで「他人の音に合わせて自分を表現する」経験をしたことがない。どうしてもテンポがずれてしまうのだ。

 

(……いきなり合奏するのは難しいわよね。何か、みんなのリズムを一つにまとめる『絶対的な基準』があれば……)

 

 私がそう思った、その時だった。

 

「うー! シャカシャカ!」

 

 音楽室の扉の隙間から、小さな影がトコトコと乱入してきた。我がアカデミーの最強マスコット、ジョゼフである。

 

「あら、ジョゼフ! 保育ルームを抜け出してきたの?」

 

 私が声をかけるが、ジョゼフは一直線にモーツァルトのピアノのそばへと歩いていった。その手には、万博のフェスでも大活躍した『公式・木製応援マラカス』がしっかりと握られている。

 

「もーつぁぅと! はい、どーぞ!」

 

 ジョゼフはモーツァルトを見上げて「ニパッ!」と極上の笑顔を向け、マラカスを突き出した。

 

「おや、殿下! あなたも僕の授業を受けに来てくれたのですか?」


 モーツァルトは一瞬で険しい教師の顔から「デレデレの音楽家」へと表情を緩ませ、ピアノから飛び降りた。

 

「でも殿下、こいつらはまだリズムの何たるかを分かっちゃいないんですよ。……殿下のあの『完璧な裏打ち』を見せてやってくれませんか?」

 

「あいっ!」

 

 ジョゼフは力強く頷くと、短い足を肩幅に開き、小さな体全体を使ってマラカスを振り始めた。

 

 シャッ! シャッ! シャカシャカ、シャッ!

 

 そのリズムは決して複雑なものではない。だが、余計な力みが一切なく、まるで心臓の鼓動のように規則正しく、そして何より「楽しそう」なのだ。

 

「すごい……! 殿下のマラカス、全くブレてないぞ!」

「聴いてるだけで体が勝手に……」

 

 子供たちの目が、ジョゼフの小さな背中に釘付けになった。

 

「見ろ、お前ら! 音楽ってのは難しく考えるもんじゃない! 殿下みたいにただ『楽しむ』こと、そして『体を預ける』ことだ!!」

 

 モーツァルトが、ジョゼフのリズムに合わせて再びピアノを弾き始めた。


 今度は複雑なロック・アレンジではない。子供たちが毎日食べている給食のメニューや日々の生活をテーマにした、シンプルで親しみやすいコード進行だ。

 

「さあ、殿下のマラカスに合わせて! ワン、ツー!!」

 

 タァン! タァン! シャカシャカ、タァン!

 

 今度は違った。ジョゼフという「絶対的な太陽」のようなリズムの核ができたことで、子供たちは彼に合わせようと自然に耳を澄まし、息を合わせ始めたのだ。カスタネットの乾いた音とタンバリンの音が、見事なグルーヴを生み出していく。

 

「そうだ! その調子だ! 最高だぜ、お前ら!!」


 モーツァルトが歓喜の声を上げ、ピアノのテンポを徐々に上げていく。

 

「よし、次は歌だ! お前らが一番好きなものを大声で叫んでみろ!!」

 

 モーツァルトの煽りに、一番前の席の肉屋の息子がカスタネットを叩きながら叫んだ。

 

「おっれは好きだぜ! 昼の給食! アツアツのポタージュ!!」

 

 それに釣られて仕立て屋の娘も叫ぶ。

「あまーいデザート! 甜菜糖のプリン! 毎日食べたい!!」

 

「「「肉! 腹いっぱい食わせろォォッ!!」」」

 

(……ちょっと、歌詞が『給食の献立』と『食欲の爆発』じゃないの!!)

 

 私は思わず吹き出しそうになったが、子供たちの顔はこれまでにないほど生き生きと輝いていた。抑圧されてきた平民の子供たちが、自分たちの「好き」という感情を音楽に乗せて大爆発させているのだ。

 

「ハハハハッ! いいぞ、それが『ロック』だ! 腹の底からの欲望を全部音に叩きつけろォォッ!!」

 

 モーツァルトのピアノが彼らの叫びを完璧なコード進行で包み込み、一つの巨大な「給食アンセム」へと昇華させていく。

 アカデミー全体が、子供たちの足踏みと歌声で揺れている。

 

「……素晴らしい」

 ロベスピエールがいつの間にか廊下の窓から顔を出し、ハンカチで涙を拭っていた。

 

「一人一人の声は小さくとも、リズムという法のもとに団結すれば、これほどの力強い『民衆の歌』となるのですね……! これぞ真の平等、真の表現の自由です!」

 

「売れますわね」

 ジャンヌが妖しく眼鏡を光らせる。


「この合唱を楽譜に書き起こし、『公式・給食の歌』としてパリ市内で売り出しましょう。親たちはこぞって買いますわ。……音楽室の防音工事の予算も追加で請求できそうですし」

 

「僕の量産型楽器がこんなに素晴らしい音を奏でるなんて……。次は蒸気で自動で鍵盤を叩く『自動演奏ピアノ』を設計してみようかな!」

 ルイも新たなインスピレーションに目を輝かせている。

 

「うー! うんまー! プリン!」

 ジョゼフはすっかりバンドのフロントマン気取りで、マラカスを振りながらピョンピョンと飛び跳ねている。

 

 私は、その最高にハッピーで、やかましくて、生命力に満ち溢れた教室の光景を愛おしく見つめた。


 貴族のサロンでしか聴けなかった高尚な芸術は、今や平民の子供たちの「自分を表現する最強のツール」としてパリの地に根を下ろしたのだ。

 

 マリー・アントワネット、26歳。

 彼女が設立した教育機関は、天才音楽家のロックな授業と無敵の王太子のリズム感によって子供たちの感性を限界突破させ、フランスに「音楽の民主化」という新たな革命をもたらしたのである。

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