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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第135話 パリ・ミュージック・フェス

 シャン・ド・マルス練兵場に、かつてない巨大な特設ステージが組み上げられていた。


 フランス史上初となる大衆向け野外音楽イベント……『第一回・パリ・ミュージック・フェスティバル』の開催日である。


 秋の心地よい風が吹き抜ける中、会場には数万人のパリ市民が押し寄せていた。


「すげえ人だ! 俺たち平民が、王族と同じ音楽を聴きながら酒を飲める日が来るなんてな!」


 労働の疲れを癒やすための、最高にジャンクでハッピーな空間。

 その熱気を、特設ステージの裏側から見下ろしている二人の「優秀な官僚」がいた。


「……信じられませんわ。音楽を聴くためだけに、これほどの人間が自腹を切って集まるなんて」


 ジャンヌが、銀貨の詰まった麻袋を撫でながら妖艶な笑みを浮かべていた。


「おまけに『公式グッズ』の売れ行き! モーツァルトの似顔絵入り『汗拭き用コットンタオル』と、殿下愛用の『公式・木製応援マラカス』が飛ぶように売れていきますわ! 原価数十ス―の木と布が数倍の価格で……まさに錬金術です!」


「ええ。人間の『推し活』という熱狂は、論理的な支出計算を容易く破壊するようです」


 ナポレオンも猛烈な勢いで売上帳簿に数字を書き込みながら、不敵に笑った。


「チケット代、グッズ代、直営屋台の飲食代。三重のキャッシュフローが一切の滞りなく国庫へ雪崩れ込んでいます。……マリーの言う『エンタメ経済』、恐るべき破壊力ですね」


 彼らが数字の暴力に酔いしれている頃。ステージの袖では、本日の主役であるモーツァルトがガチガチに震えていた。


「ど、どうしよう……! 貴族のサロンで数十人の前で弾いたことはあるけど、数万人規模なんて初めてだ……! もし僕の音楽が受け入れられなかったら……!」


 当時の音楽家の正装である「白い巻き髪のカツラ」を握りしめてパニックになる彼に、私がポンッと背中を叩いた。


「何ビビってるのよ! あなたは天才なんでしょう?」


「マ、マリー様! でも、相手はクラシックの素養がない平民たちですよ!? 繊細な和音の美しさなんて伝わらないんじゃ……」


「繊細さなんていらないって言ったじゃない! 彼らが求めているのは、日々のストレスを吹き飛ばす『圧倒的なビート』よ!」


 私は、彼の頭に乗っていた堅苦しい白いカツラをバサッとむしり取った。


「ひっ!? ぼ、僕のカツラが!!」


「そんな蒸れるもの、ヘッドバンギングの邪魔よ! 地毛を振り乱して、魂のままに鍵盤を叩き潰してきなさい!」


 そこへ、作業着姿のルイが親指を立ててやってきた。


「音量の心配なら無用だよ、モーツァルトくん! ほら、ステージを見てごらん!」


 ルイが指差した先、魔改造されたグランドピアノの反響板の裏側から、巨大な朝顔の花のような「真鍮製のメガホン」が何本も扇状に観客席へ向かって伸びていた。


「ラッパの原理を極限まで巨大化し、打鍵音を物理的に数万人の後方まで届ける最強のアコースティック・スピーカーさ! どんな大歓声にも負けないさ!」


(……オタク王の音響エンジニアリング、マジでフェスのシステムを自作しちゃったわ!)


「さあ、行くのよ! 音楽の歴史を変えてきなさい!」


 私の背中を押す力に弾き出され、カツラを取ったモーツァルトが、ふらふらとステージの中央へと歩み出た。


 ――ワァァァァァァァッ!!!


 数万人の観衆から地鳴りのような歓声が上がる。


「……やるしかない。僕だけの音楽を……!!」


 モーツァルトは大きく息を吸い込み、椅子に腰を下ろした。

 特殊鋼の弦が張られた鍵盤に両手を高く振り上げ……全力で叩き下ろした!


 ジャァァァァァンッ!!!


 ルイの巨大メガホンから放たれた圧倒的な重低音が、シャン・ド・マルス全体をビリビリと震わせた。


「な、なんだこの音は!?」


「腹に直接響いてきやがる!!」


 観衆が度肝を抜かれている隙に、モーツァルトはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、誰もが知るあの名曲を前代未聞の超絶アップテンポで叩き出し始めた。


 タタタン、タタタン、タタタタタンッ!!


(……『トルコ行進曲』!! しかも左手のベースラインを極限まで強調したゴリゴリのロック・アレンジ!!)


 クラシックの優雅なイメージを完全に破壊する、暴力的で計算し尽くされた天才のビート。


「す、すげえ……! 体が勝手に動いちまうぞ!!」


 最前列の労働者たちが、リズムに合わせて自然と首を振り、足を鳴らし始めた。

 だが、彼らはまだ「音楽に合わせてどう騒げばいいか」を知らない。

 そこで、私が用意した『最強の盛り上げ隊長』の出番だ。


「ジョゼフ! 行ってきなさい!」

「うー!!」


 両手に公式グッズの『木製応援マラカス』を握りしめたジョゼフが、トコトコとステージの端に登場した。

 彼はモーツァルトの爆速のトルコ行進曲に合わせ、完璧な裏打ちのタイミングでマラカスを振り鳴らした。


 シャッ! シャッ! シャカシャカ、シャッ!!


「ニパッ!!」


 ジョゼフが最高の笑顔で観客席を煽ると、その可愛らしさと完璧なリズム感に、観衆のボルテージが一気に臨界点を突破した。


「うおおおおおっ! 王太子殿下に続けェェェッ!!」

「シャカシャカ! シャカシャカ!!」


 グッズ販売でマラカスを買っていた数千人の市民たちが、ジョゼフに合わせて一斉にマラカスを振り始めたのだ!


 モーツァルトの強烈なサウンドに数千人の「生の一体感」が重なり、広場は完全に巨大なダンスホールと化した。


「……みんなが、僕の音楽に合わせて踊っている……! 静かに聴き入るんじゃなく、音の一部になって、叫んで、笑っている!!」


 モーツァルトの瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 貴族の晩餐会のBGMとして消費されるだけだった彼の音楽。しかし今、目の前の数万人の大衆は、彼の一音一音に熱狂し、魂を揺さぶられている。


「これだ……僕が本当にやりたかったのは、これなんだァァァッ!!」


 モーツァルトは涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら、立ち上がって鍵盤を叩きまくった。


「オイオイオイ!! もっと声出せるだろパリの市民どもォォッ!!」


(……モーツァルトがロックフェスのフロントマンに覚醒してる!!)


 観客席の熱狂は平民だけにとどまらなかった。

 VIP席の保守派の貴族たちも、最初は「下品な」と耳を塞いでいたが……。


「……くそっ。いかん、私の足が勝手にリズムを……!」


「公爵様! 我慢しては毒です! さあ、この公式タオルを回して!!」


 なんとフェルセンが、上半身裸で見事な大胸筋を輝かせながら、モーツァルトの似顔絵タオルをブンブンと頭上で振り回していた。


「見なさい! インナーマッスルを使ってタオルを回せば、広背筋への極上のトレーニングになります! ハッ! フンッ!」


「な、なんだと!? それなら私も……! フンッ!!」


 筋肉の魔力に当てられた貴族たちも次々と上着を脱ぎ捨ててタオルを回し始めた。


 さらに後方では、若き弁護士ロベスピエールがサイダーのジョッキを持ちながら、論理的に熱狂を解釈していた。


「……素晴らしい。音楽という芸術が身分も貧富の差も消し去り、すべての人類を『リズム』という法の下に統合している……。これこそ真の連帯だァァァッ!!」


 ロベスピエールは激しくヘッドバンギングを始め、隣のカミーユと肩を組んで歌い出した。


「最高よ、モーツァルト!!」


 私もステージの袖で、ルイと肩を組んでリズムに乗っていた。

 パリの空に響き渡るのは、大砲の音でも怒号でもない。天才の音楽と、それを楽しむ民衆のポジティブな歓声だ。


「……マリー。計算が完全に狂いました。グッズの追加生産が全く追いつきません。会場内の飲食屋台も完売です」


 ナポレオンが、ボロボロの帳簿を抱え、疲れ切った顔――だが明らかな笑みを浮かべてやってきた。


「一日の娯楽イベントでこれほどの金と熱狂が動くとは。……人間の『楽しみたい』という欲求は、戦争よりも遥かに巨大な経済を回すのですね」


「ええ。戦争は何も生まないけれど、音楽と美味しいご飯は、みんなを幸せにしながら国を豊かにするのよ!」


 ステージの上では、モーツァルトが最後に『きらきら星変奏曲』の超絶技巧アレンジを叩き込み、ジャーン! と天を指差してフィニッシュを決めていた。


「「「うおおおおおおおおっ!! アンコール! アンコール!!」」」


 数万人の「アンコール」の波がシャン・ド・マルスを揺るがす。

 モーツァルトは肩で荒い息をしながら観客に深くお辞儀をし、袖にいる私に向かって親指をグッと立ててみせた。


(ふふっ。天才音楽家の就職活動、どうやら大成功みたいね)


 マリー・アントワネット、26歳。

 彼女は退屈な宮廷音楽をぶち壊し、18世紀のフランスに「大衆向けのライブフェス」と「アイドルグッズの物販」という最強のエンタメ文化を爆誕させ、パリ市民のストレスと国庫の借金を、音楽の魔法で一気に吹き飛ばしたのである。

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