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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第132話 サンタクロース作戦 前編

 1781年、12月。

 セーヌ川に薄氷が張り、パリの街が真っ白な雪化粧に包まれる季節がやってきた。


「……というわけで! 今年の12月25日は、アカデミーの子供たちと、チュイルリー工場の労働者家族を集めて、盛大な『クリスマス・パーティー』を開催するわ!!」


 執務室の机をバンッ! と叩き、私は高らかに宣言した。


 当時のフランスにおけるクリスマスといえば、教会で厳粛なミサに出席し、家族で静かにご馳走を食べるという宗教的な色合いが強い日であった。


 だが、現代日本で『クリスマス』といえば、街中がイルミネーションで輝き、ケーキを食べ、そして何より子供たちが朝起きて狂喜乱舞する最高の一大エンターテインメントである。


「くりすます・ぱーてぃー……ですか?」

 山積みの帳簿から顔を上げたナポレオンが、いぶかしげに眉をひそめた。


「ええ! そしてこのパーティーの最大の目玉は……『サンタクロース』よ! 赤い服に白いヒゲを生やした、ふくよかなおじいさん! 彼がクリスマスの前の夜に、トナカイの引くソリに乗って空を飛び、煙突からこっそり忍び込んで、子供たちの靴下にプレゼントを入れてくれるの!!」


 私が両手を広げてファンタジー全開でプレゼンをした、その瞬間。


「……王妃様、それは由々しき事態です」

 部屋の隅で警備計画を練っていたアーサーが、血相を変えて立ち上がった。


「赤い服を着て目立つ格好で空を飛び、あまつさえ他人の家の煙突から『不法侵入』する初老の男……!? しかも目的は物品の設置?これは明らかに、対仏大同盟が放った新型の爆弾テロリストの手口です! 直ちに煙突に有刺鉄線を張り巡らせ、対空迎撃網を敷かねば!!」


「違うわよアーサー!! テロリストじゃない、子供たちに夢とプレゼントを与える妖精さんみたいなものよ!」


「王妃様、もしやそのサンタクロースなる人物、裏で子供の個人情報を売り捌いているのでは……? 私が、その赤い男の帳簿を徹底的に洗い出してみせますわ!」


 ジャンヌまでが、獲物を見つけたハイエナのような顔で目を輝かせている。


(……ダメだこいつら! 政治と経済とスパイ活動に脳を侵食されすぎて、ファンタジーと夢を解する心が死滅しているわ!!)


「まあまあ、皆様落ち着いて。王妃様の仰っているのは、おそらく『聖ニコラウス』の伝承の派生形でしょう」


 そこへ、アカデミーの授業を終えたロベスピエールが、分厚い神学と歴史の書物を抱えて入ってきた。


「聖ニコラウス?」


「はい。4世紀のトルコに実在した、ミュラ教区の司教様です。……彼は非常に慈悲深い聖人でしてね。ある時、貧しさのあまり三人の娘を身売りさせようとしていた父親を救うため、真夜中にその家の窓……あるいは煙突から、こっそりと『金貨の入った袋』を投げ入れたのです」


 ロベスピエールは、眼鏡をクイッと押し上げて解説を続けた。


「その投げ入れられた金貨が、たまたま暖炉のそばに干してあった『靴下』の中にスポッと入り込んだ。……この奇跡のような慈悲の逸話が広まり、子供たちが靴下を吊るしてプレゼントを待つという風習の起源となったのです」


「おおっ! なるほど、靴下にプレゼントを入れるのには、そんなどこまでも尊く、深い宗教的な愛の歴史があったのか!」


 ルイが深く感銘を受けて頷いている。


「ええ。ですが王妃様、聖ニコラウスは司教ですから、本来は赤い司教服に司教杖を持った厳格なお姿のはず。トナカイのソリで空を飛ぶふくよかな妖精というのは、少々神学的にぶっ飛びすぎていますが……」


「細かいアレンジはいいのよ! 要するに、その『聖ニコラウス様の深い愛』を、私たちが赤い服のサンタクロースに変装して、アカデミーの寄宿舎で寝ている子供たちの枕元で体現するの! これぞ究極のサプライズ作戦よ!」


 私の号令で、彼らもようやく納得し、作戦は実行に移されることになった。


「というわけで、ルイ! 今回はあなたの出番よ!」


 私は、ローズ・ベルタンに急遽仕立てさせた、真っ赤なビロードに真っ白なウサギの毛皮をあしらった豪華な「サンタ衣装」をドンッと広げた。


 大きな体型で、優しげな顔立ち。まさにルイは、サンタクロース役にうってつけの素材だった。


「僕が、この派手な服を着るのかい? よし、分かった! アントワネットが言うなら、僕が最高の『サンタ』になってみせよう!」


 ルイが衣装に袖を通し、白い付けヒゲを装着してみる。


「おお! 似合うわルイ! 完璧なサンタさんよ!」


「フフフ。僕も毎日のスクワットと農作業で、大臀筋だいでんきんと広背筋には自信がある!どんな煙突からでも音もなく侵入してみせるぞ!!」


「今回は煙突登りは禁止!! ススで真っ黒になっちゃうでしょ! 扉の鍵を開けて普通に入るわよ!!」


 私は、謎のクライミング技術で張り切る筋肉オタク王を全力で制止した。


「王妃様、陛下お一人では、数百人の子供たち全員にプレゼントを配り切る前に、朝が来てしまいます。作戦行動には人員の増強が必要です」


 アーサーの的確な指摘に、私は頷いた。


「そうね。じゃあ、アーサー、ナポレオン! あなたたちもサンタのサポート部隊に編入よ!」


「わ、私がですか!?」


 数時間後。

 臨時結成された「王立サンタ特殊部隊」のコスプレ・オーディションが開催された。


「……王妃様、どうでしょうか」


 最初に現れたのは、アーサーだった。

 だが、彼は赤い服をまといながらも、その足取りは音を殺した『暗殺者の歩法』であり、白いヒゲの隙間から覗く目は、いつでも標的の喉笛を掻き切るような鋭い殺気を放っていた。背負っているプレゼントの白い大きな袋が、どうしても「処理した死体」にしか見えない。


「……アーサー。もし子供が夜中に目を覚ましてあなたを見たら、恐怖のあまり一生夜泣きが止まらなくなるわ。あなたはトナカイの着ぐるみを着て、荷物持ちに徹しなさい」


「そんな……! 私は誰よりも足音を消して忍び込める自信があるのに!」


「忍び込むんじゃなくて、プレゼントを届けるの! 次!」


「……マリー。私は断固として抗議します」


 次に現れたのは、ナポレオンだった。

 彼は赤いサンタ服をブカブカに余らせながら、極めて不機嫌そうに腕を組んでいた。


「なぜ私が、こんな滑稽な服を着なければならないのです! しかも、このヒゲのせいで私の視界も阻害されています!」


「あははは! 可愛いじゃない、チビッ子サンタさん! あなたは小人のエルフ役ね! プレゼントの仕分け係を頼むわ!」


「チビッ子と言うなァァァッ!!」


 こうして、ルイ(メインサンタ)、サブサンタ、アーサー(トナカイ)、ナポレオン(エルフ)という、極めて個性の強すぎる「サンタ特殊部隊」が結成されたのである。


 そして、作戦決行の前夜。


 最終ミーティングのために集まった私たちの前に、アカデミー寄宿舎の事前偵察に向かっていたアーサーが、極めて神妙な顔つきで帰還した。


「……王妃様。状況は極めて深刻です」


「どうしたの、アーサー? 寄宿舎の警備が厳重だった?」


「いえ。問題は……ターゲットである『子供たち』の方です」


 アーサーは、懐から一枚の「紙切れ」を取り出した。


「子供たちは現在、サンタクロースの襲来に備え、異常なまでの警戒態勢……いえ、『歓迎態勢』を敷いています。彼らは寝ることを拒否し、必死に睡魔と戦いながら、ベッドの中で目をギラギラさせているのです。……これを」


 アーサーが差し出したのは、たどたどしい字で書かれた手紙だった。


『サンタさんへ。

 ぼくは今年、算数のテストで満点をとりました。毎日がんばって、えらい人になって、マリー王妃様やルイ王様のお手伝いをするのがぼくの夢です。だから、おもちゃはがまんします。そのかわり、お母さんの咳が治るお薬をください』


 手紙と一緒に置かれていたという小さなグラスの「ミルク」と、「トナカイさん用のニンジン」のスケッチが、そこには描かれていた。


「…………っ」


 私は、その純粋すぎる手紙を読んだ瞬間、胸の奥がギュッと締め付けられ、思わず目頭が熱くなった。


「……なんという、純粋無垢な魂だ」

 ルイが、堪えきれずに大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。


「自分のおもちゃを我慢して、親の薬を願うなんて……! しかも、妖精である僕たちの寒さまで気遣ってミルクを用意してくれるなんて! アントワネット、僕は……僕はこんなに優しい子供たちを持ったことを、フランス王として心から誇りに思うよォォッ!」


「本当に……。あの子たち、私たちがサンタなんて嘘の話をしたのに、微塵も疑うことなく、本気で妖精の存在を信じて待ってくれているのね……」


 私が鼻をすすると、ナポレオンも深くため息を吐いた。


「……厄介なことになりましたね、マリー。子供たちはサンタを待つあまり、極度の興奮状態にあります。少しでも足音を立てれば即座に目を覚ますでしょう」


「ええ。もし彼らが目を覚まして、サンタの正体が国王と王妃だったと知ってしまったら……」


「彼らの抱いている『魔法』は、無残にも打ち砕かれてしまいます」

 アーサーが、静かに告げた。


「正体を悟られることは、彼らの純粋な夢に対する裏切りに等しい。……王妃様。これは単なるプレゼント配りではありません。子供たちの『信じる心』を守り抜くための、極限のステルス・ミッションです」


 私は、ギュッと拳を握りしめ、力強く頷いた。


「……ええ、分かっているわ。だからこそ、大人である私たちが、絶対に彼らに気づかれることなく、この手紙の想いに応えなきゃいけないのよ!」


 私は、サンタの帽子を深く被り直し、仲間たちを見回した。


「いいこと、みんな! ターゲットは、純粋すぎるが故に睡魔と必死に戦っている子供たち!私たちは一切の足音を立てず、彼らの用意したミルクを飲み干し、お礼の手紙とプレゼントを置いて、朝が来る前に完全離脱するのよ!!」


「了解しました! このルイの完璧な抜き足差し足を見せてやるさ!」


「……暗殺者の歩法を以てすれば、雪の上だろうと1ミリの音も立てずに歩行可能です。王妃様、私が沈黙の空間を保証します」


「エルフとして、最速の仕分けと撤収ラインを構築しましょう」


 深夜零時。

 深々と雪が降り積もるパリの街。


 私たちは、ベルタン特製の『手編みのあったか靴下』と、私が焼いた『特製クリスマスクッキー』、そして手紙の願いに応えるための『風邪薬』が詰まった白い袋を背負い上げた。


 フランスの国家最高戦力による、子供たちの純粋な夢を守るための「優しく、過酷な隠密作戦」が、今まさに幕を開けたのである。

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