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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第123話 小さな商人たち

 チュイルリー宮殿に隣接する『フランス王立・基礎教育アカデミー』が開校してから、およそ半年が経過した。


 無償の栄養給食と、各界の天才・狂人たちによる超実践的授業。その効果は、私の予想を遥かに超えるスピードで子供たちを進化させていた。


 だが、アカデミーの外――古い価値観に縛られた一部の保守派貴族や、日々の生活に追われる平民の親たちの中には、まだこの「身分不問の教育」に懐疑的な目を向ける者も少なくない。


「『平民のガキに文字を教えて何の役に立つ』『貴族と同じ机を並べるなど身分秩序の崩壊だ』……夜会のサロンでは、未だにそんな不満がくすぶっているようね」


 私が机の上の報告書を扇子で叩くと、ナポレオンが紅茶をすすりながら応じた。


「親という生き物は、子供が実際にどれほどの『価値』を身につけたかを目にしない限り、古い常識を手放そうとはしません」


「なら、見せつけてやればいいじゃない!」


 私はガタッと立ち上がり、教職員アベンジャーズの面々を見渡した。


「秋になると必ず行われる『究極のプレゼンテーションの場』があったわ。生徒自身が企画し、学びの成果を大人たちに直接叩きつけるお祭り……名付けて、『第一回・王立アカデミー大学園祭』を開催するわよ!!」


「が、がくえんさい……?」

 ルイが目をパチクリとさせる。


「そう! 各クラスが授業で学んだ知識を活かして、『模擬店』や展示を運営するの! 貴族も平民も関係なく親たちを招待して、子供たちの圧倒的な成長ぶりを物理的に見せつけてやるのよ!」


 真っ先に食いついたのは「悪魔の財務長官」ジャンヌだった。


「模擬店……つまり生徒に『商売』をさせるのですね? 素晴らしい。私が叩き込んだ『複式簿記』と『利益最大化のロジック』を実地で試す絶好の機会ですわ! どのクラスが一番売上を出すか競わせましょう!」


「僕は『理科の実験展示』の監督をするよ! 蒸気で動く自動芋皮むき機の模型を展示して、親たちの度肝を抜いてやる!」

 オタク王のルイも、文化祭のノリに火がついている。


「うー! おまつり!」


 私の足元では、ジョゼフがサロペット姿でバンザイをしていた。


「ええ、ジョゼフ! あなたには『学園祭の特別現場監督』兼『マスコットキャラクター』をお願いするわよ!」


「あいっ!」


 こうして、フランス史上初となる「身分不問の大学園祭」プロジェクトが怒涛の勢いで動き出した。


 ――そして迎えた、学園祭の当日。


 アカデミーの校門は、朝から押し寄せた親たちで溢れかえっていた。豪華な馬車で乗り付けた貴族と、歩きでやってきた平民の職人たちが、同じ門の前にひしめき合っている。


「さあ皆様、本日はようこそ王立アカデミーへ! パンフレットはこちらになります!」


 校門で出迎えたのは、インディゴブルーの制服をパリッと着こなした生徒たちだった。彼らは貴族の大人を前にしても一切怯むことなく、完璧な標準フランス語で堂々と挨拶をしている。


「おい、あれ市場の肉屋のせがれじゃないか? あんなに綺麗な言葉を喋って……まるでどこかの小公爵だぞ」


「うちの娘も最近『衛生管理が〜』とか言い出して台所を磨き上げてるのよ。……学校で一体何を教わっているのかしら」


 ざわめきながら中庭に入った親たちの前に、想像を絶する光景が広がっていた。


「シュゴォォォン……! ピィィーーッ!」


「ご覧ください! こちらが水蒸気の体積膨張を利用した『自動・大根おろし機』です! 従来の手作業に比べ労働時間を十分の一に短縮し、腱鞘炎けんしょうえんのリスクを排除しました!」


 理科の展示ブースで、平民の男の子たちがミニ蒸気機関を見事に操作しながら熱弁を振るっている。


「な、なんだあの機械は!? 水を沸かしただけで、大根が一瞬ですりおろされたぞ!」


 貴族も平民も、子供たちの圧倒的なプレゼン能力と科学知識にただただ口を開けて見入っている。


 だが、この学園祭の最大の目玉は、中庭の奥に設置された「模擬店エリア」だった。


「いらっしゃいませ! 極上の『甜菜糖てんさいとう入り・クレープ』はいかがですか! ジャガイモ粉をブレンドしたもっちり生地に、特製醤油ダレのチキンを挟んだ『おかずクレープ』もございます!」


「ほう、美味そうだな。一つもらおうか」


 恰幅の良い、いかにも傲慢そうな貴族の侯爵が、冷やかし半分で屋台の前に立った。


「クレープ一つ、1リーブルです!」


「1リーブル? ふん、子供のお遊びにしては強気だな。中身はただの粉と芋だろう? 半額に負けなさい。そうすれば十個買ってやろう」


 侯爵が大人の余裕で値切り交渉をふっかける。普通の子供なら威圧感に怯えてしまうところだ。


 しかし、レジを任されていた十歳の女の子――仕立て屋の娘であるマリーは一切動じず、小さな黒板をバンッとカウンターに置いた。


「お断りいたします、お客様。当店のクレープは、材料費、燃料費、そして私たちの『労働力という見えない資本』を算出した上で、適正な利益率である二十パーセントを上乗せした価格設定となっております」


「な……労働力という資本、だと?」


 マリーちゃんは白墨を手に取り、黒板にスラスラと数式を書き始めた。


「もしここで半額に値引いて十個売った場合、製造原価を割るため売れば売るほど『三リーブルの赤字』が膨らみます。さらに機会損失も考慮せねばなりません」


 彼女は黒板の端に複利計算の公式 S = P(1 + r)^nを書き殴った。


「今日得られる適正な一リーブルの利益を年利五パーセントで十年間運用した場合、将来価値は約一・六倍に膨れ上がります。……つまり、ここで不当な値引きに応じることは、店舗の『未来の資産』をドブに捨てる愚行なのです!」


「…………ッ!!?」


 侯爵は雷に打たれたように完全に硬直した。

 ただの十歳の平民の少女が、原価計算、労働資本、果ては複利計算を用いた『機会損失』のプレゼンまで、完璧な論理で大貴族を真っ向から論破してのけたのだ。


「お、恐ろしい……。この子たち、一体どんな悪魔的教育を受けているのだ……! 私のお抱え財務官より数字の真理を理解しているではないか……!」


 侯爵が言い返す言葉を失っていると、屋台の奥から「とてとて」という足音が近づいてきた。


「あうー!」


 首から『現場監督』の腕章を下げたジョゼフだ。

 彼は硬直している侯爵の顔を見上げると、焼きたての『甘辛醤油ダレ・チキンクレープ』を両手で持ち上げ、侯爵の口元へグイッと差し出した。


「はい、どーぞ! んまー!」


「え? あ、あぁ……」


 侯爵は怒るタイミングを完全に逸し、無意識にそのクレープを一口齧ってしまった。


 ――サクッ、モチッ、ジュワァァァ……!


「……むっ!? ……むほぉぉぉぉっ!!」


 侯爵の瞳孔が限界まで見開かれる。ジャガイモ粉のモチモチ生地。そこに包まれたチキンの、醤油と甜菜糖が焦げた暴力的なまでの旨味と甘辛さ。


「う、美味ぇぇぇぇっ!! 何だこの悪魔的な味は! 脳髄に直接快楽が突き刺さるようだ!!」


 侯爵は論破された屈辱など忘れ去り、顔をタレだらけにしながらクレープを貪り食った。


「すまなかった、お嬢ちゃん! 私が間違っていた! 一リーブルは安すぎる、金貨を払うからこのクレープを三十個……いや、五十個つつんでくれ! 屋敷の者全員に食わせる!!」


「まいどありー!」


 マリーちゃんが満面の笑みで金貨を受け取り、特大の売上を叩き出した。


「きゃははっ!」

 ジョゼフも自分の「どーぞ」が成功したことに満足し、両手を叩いて喜んでいる。


 ……その一部始終を、校舎の二階から見下ろしていた私と教職員アベンジャーズの面々は、腹を抱えて笑いをこらえていた。


「くくくっ……見事な手際ですわ。あの子、私が教えた『顧客の心理的優位を折ってから圧倒的な品質で胃袋を支配する』という基本を完璧に実践しておりますわね」

 ジャンヌが教え子の成長ぶりに涙を拭いながら妖艶に笑う。


「それにしても、殿下のあのタイミングでの『無垢な笑顔の差し入れ』。まさに天性のネゴシエーターです」

 アーサーもジョゼフの才能に戦慄している。


「大成功ね。……これで、貴族たちも平民の親たちも、この学校が『本物の実学』を教えているってことを骨の髄まで理解したはずよ」


 私は、秋の穏やかな夕日が差し込む中庭を見下ろした。

 そこには、クレープを頬張る貴族の侯爵と、それを笑顔で包む平民の少女、そして「美味しいね」と笑い合う親たちの姿があった。


 古い身分制度の壁。それは大砲や血みどろの革命で壊すものではない。

 圧倒的な『知識』と、抗えない『美味』、そして子供たちの純粋な『笑顔』。


 この三つが合わさった時、大人たちの凝り固まった偏見は、熱々のクレープに乗せたバターのようにいともたやすく溶け去っていくのだ。


「……ありがとう、みんな。最高の学園祭だったわ」


 私は沈みゆく夕日の中で、フランスの未来そのものである子供たちの姿を、どこまでも誇らしく見つめ続けていた。


 マリー・アントワネット、25歳。

 彼女が蒔いた「教育」という名の種は、身分の壁という歴史の呪縛を軽々と乗り越え、いよいよ誰にも止められない強靭で幸福な大樹へと育ち始めていたのである。

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