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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第122話 反逆のパンプキン

 1781年、10月末。

 フランスは、すっかり秋の深まりを感じる季節となっていた。


 今日のチュイルリー宮殿の執務室には、珍しく大量の「巨大なオレンジ色のカボチャ」が転がっている。


「マリー。この奇妙なウリ科の植物は一体なんです? 食用にしては皮が硬すぎますが」


 ナポレオンが、カボチャをコンコンと叩きながら首を傾げた。


「ふふふ。これはね、新しい『お祭り』の主役よ!」

 私はナイフを手に取り、カボチャの中身をくり抜きながらニヤリと笑った。


「古代ケルトの収穫祭を起源とする、秋の夜のカーニバル! 幽霊や怪物に変装して街を練り歩く……『ハロウィン』を開催するわ!!」


「はろうぃん……?」


「そう! そしてこのカボチャには、目と口をくり抜いて中に灯りをともすの。『ジャック・オー・ランタン』っていう、魔除けのランタンよ!」


「なるほど、任せてくれ!」

 いつの間にか現れた作業着姿のルイが、カボチャの中に何やら金属の部品を仕込み始めた。


「石炭ガス灯を組み込んだよ! さらに、ぜんまい仕掛けで内側の色付きガラスが回転し、炎の色が赤、青、緑と不気味に変化するギミック付きだ! これをパリ中の街灯に設置すれば、最高のオカルト空間が演出できる!」


(……相変わらず技術の無駄遣いが素晴らしいわね!)


「王妃様、これは素晴らしいビジネスモデルになりますわ」

 ジャンヌが、すでに『魔女の帽子』を被った姿で算盤そろばんを弾き始めた。


「『お化けの仮装』という非日常の体験。貴族たちはこぞってベルタンの店に高級な仮装ドレスを注文し、街の平民たちも手作りの衣装で熱狂するでしょう。さらに、ハロウィンの合言葉『トリック・オア・トリート』! これにより、国営の製菓工場で作ったお菓子の売上が爆発的に跳ね上がりますわ!」


 もはや我が国の教職員アベンジャーズにとって、「新しいお祭り=巨大な経済回し」という図式は共有されていた。


 だが、今回はただのハッピーなお祭りでは終わらなかった。


「……お待ちください」

 部屋の隅から、アーサーが深刻な顔で進み出た。


「先ほど、パリ市内の情報網から厄介な報告が入りました。……一部の過激な『反王室思想』を持つ地下組織が、このハロウィンに乗じてテロ行為……いえ、『思想攻撃』を仕掛けてくるようです」


「思想攻撃?」


「はい。彼らは『仮装』に紛れて街中に散らばり、王室を批判し、革命を煽動せんどうする過激なパンフレットを数万枚規模で市民にばら撒く計画を立てています。……祭りの喧騒に紛れられれば、誰が配ったか特定するのは困難です」


「なるほど。お化けの仮装は、身元を隠すのに最適ですからね」

 ナポレオンが、冷徹な軍人の顔になった。


「マリー、直ちに近衛兵を動員し、パンフレットを所持している怪しい仮装の者を片っ端から検挙しましょう。祭りは中止、もしくは厳戒態勢で臨むべきです」


「ダメよ、ナポレオン!」

 私は即座に却下した。


「せっかくのお祭りに軍隊を出して市民を怯えさせたら、それこそ『王室は自由を奪う暴君だ』っていうパンフレットの主張を裏付けることになっちゃうじゃない!」


「しかし、このまま危険思想の拡散を許せば……」


「大丈夫よ。武力で制圧しなくても、配られたパンフレットを『誰も読まない』ようにすればいいだけの話でしょ?」


 私は、くり抜いたカボチャの果肉を見つめながら、悪魔的な笑顔を浮かべた。


「彼らのちっぽけな反逆心なんて、圧倒的な『糖分』と『狂騒』で塗り潰してあげるわ!!」


 10月31日、夜。

 パリの街は、ルイが設置した無数の『七色に光るジャック・オー・ランタン』に照らされ、かつてないほどの異様で幻想的な空気に包まれていた。


 通りには、シーツを被った幽霊、狼男、吸血鬼に変装した市民たちが溢れかえり、至る所で音楽と笑い声が響いている。


「……ククク。愚かな群衆め。王室の作った虚飾の祭りに踊らされおって」


 そんな喧騒の路地裏で、ボロボロの『死神』のローブを深く被った男たちが集まっていた。

 反王室組織の過激派リーダーである。


「いいかお前ら! この死神の仮装のまま群衆に紛れ込み、この『王室打倒パンフレット』を配りまくるのだ! 今夜こそ、フランスに革命の火種を……!」


 リーダーが懐から大量のビラを取り出し、意気揚々と大通りへ踏み出した、その時だった。


「あーっ!! 死神さんだー!!」

「しにがみさーん!! トリック・オア・トリートォォォ!!」


 ワラワラワラッ!!

 突如として、妖精や小悪魔の仮装をした数十人の『子供たち』が、過激派たちを取り囲んだのだ。


「な、なんだお前たちは!? 邪魔だ、どけ!」


「お菓子くれないと、イタズラしちゃうぞ!!」

「お菓子! お菓子! お・か・し!!」


 過激派たちはパニックに陥った。

 18世紀のフランスには『子供にタダでお菓子を配る』という文化などない。しかも彼らは革命を起こすために来ているのであって、お菓子など持っているはずがないのだ。


「うるさい! 菓子などない! ほら、代わりにこの『王国の真実が書かれたパンフレット』を……」


「えー! お菓子じゃないのー!?」

「紙なんていらなーい!! イタズラだー!!」


 子供たちが、容赦なく死神のローブを引っ張り、パンフレットを奪い取って紙飛行機にして飛ばし始めた。


「や、やめろ! それは我々の血と汗の結晶……っ!!」


「あらあら、可哀想に。お菓子を持たずにハロウィンの夜を歩くなんて、無謀にも程があるわよ?」


 その時、群衆をかき分けて、一台の煌びやかなワゴンが現れた。

 乗っているのは、黒いドレスに身を包み、妖艶な魔女の帽子を被った私……マリー・アントワネットだ。


「お、王妃だと……!? なぜこんな路地裏に!」


「ハッピー・ハロウィン! お菓子を持たない哀れな死神さんたちに、特別に私が『究極のハロウィン・スイーツ』を分けてあげるわ!」


 私がワゴンの蓋を開けると、周囲の空気が一変した。


 フワァァァァッ……!!


 甘く、香ばしく、そして脳髄を直接とろけさせるような、バターと砂糖、そしてシナモンの強烈な香りが路地裏に爆発したのだ。


「こ、この暴力的な甘い匂いはなんだ……!?」


「王室特製、『ジャック・オー・ランタンのパンプキン・チュロス』!! そして、たっぷり浸して食べるための『超濃厚ホット・チョコレートソース』よ!!」


 小麦粉とバターを練り上げ、星型の搾り器で油の中に絞り出してカリッカリに揚げたスペイン発祥の揚げ菓子、チュロス。


 そこに、たっぷりのシナモンシュガーと、先ほどくり抜いた「カボチャの果肉」を練り込んだ特製スイーツである。


「さあ、死神さん! これを子供たちに配ってあげなさい! もちろん、あなたたちも食べていいわよ!」


 私は、熱々のチュロスがたっぷり入った紙袋と、湯気を立てるホットチョコレートの入ったディップ用のカップを、過激派のリーダーの手へ強引に押し付けた。


「く、ふざけるな! 我々は革命を……王室を打倒するために……っ!!」


 リーダーはチュロスを地面に叩きつけようとしたが……その瞬間、彼の胃袋が『キュルルルルッ!!』と悲鳴を上げた。


 地下に潜り、ろくな食事もとらずに革命活動をしていた彼の体は、目の前にある圧倒的な「脂と糖」の暴力に屈服してしまったのだ。


「……ひ、一口だけだ。一口食って、お前たちの堕落した味を批判してやる……!」


 リーダーは震える手でチュロスを掴み、ドロドロの温かいチョコレートソースにたっぷりと浸して……ガブリと噛み付いた。


 サクッ……ジュワァァァァ……。


「――――ッッッ!!!!」


 リーダーの瞳孔が、極限まで見開かれた。


「な、なんだこれは……!? 外側は驚くほどカリカリなのに、中はフワフワでもっちりしている! そして、シナモンのスパイシーな香りと、カボチャの素朴な甘み……! 極めつけは、この『ホットチョコレート』のほろ苦いコクが、全ての甘さを完璧にまとめ上げている!!」


 気がつけば、リーダーだけでなく、他の過激派の男たちも、泣きながらパンプキン・チュロスをチョコレートにディップして貪り食っていた。


「う、うおおおおっ……! 美味い、美味すぎる! 俺たちが地下で齧っていた硬いパンは、一体何だったんだ!!」


「甘い……甘いよぉ……! 生きててよかったぁぁっ!!」


 彼らはチュロスを齧りながら、子供たちにも次々とお菓子を配り始めた。


「ほら、食え! 最高に美味いぞ!!」

「わーい! 死神さん、ありがとう!!」


 いつの間にか過激派たちは、子供たちに囲まれて最高にハッピーなお菓子配りのおじさんと化していた。


「……ふふっ。糖分は世界を救うわね」


 私が満足げに頷いていると、隣で魔女の格好をしたジャンヌが、地面に散らばった『革命パンフレット』を拾い集めていた。


「王妃様。彼らが持ち込んだこの数万枚のパンフレットですが……チュロスを包むための『紙ナプキン』や『包装紙』として再利用させていただきますわ。紙質は悪くありませんし、包装紙代が浮いて利益率が上がりますの」


「悪魔だ……! さすが本物の魔女がここにいるわ!!」


 革命を煽動するはずだった危険なパンフレットは、甘いシナモンシュガーと油にまみれ、チュロスの包装紙として消費され、誰にも読まれることなくパリのゴミ箱へと消えていった。


「……情報戦において、敵のプロパガンダを『物理的なお菓子の包装紙』として無力化するとは」


 宮殿のバルコニーからその様子を望遠鏡で見ていたナポレオンが、深い感嘆の息を漏らした。


「武力で弾圧すれば、彼らは殉教者となり、思想は広がったかもしれない。だが……圧倒的な『豊かさ』と『味覚の暴力』で彼らの戦意を骨抜きにしてしまった。……マリー、あなたの統治戦略は、もはや兵法書にも載っていない恐るべき境地に達しています」


 パリの夜空には、色とりどりのガス灯が輝き、子供たちの楽しげな「トリック・オア・トリート!」の声が響き渡っている。


 かくして、フランスに革命の火種を撒き散らすはずだった死神たちは、シナモンシュガーとホットチョコレートの前に敗北を喫した。


 マリー・アントワネット、25歳。

 彼女は血を流すことなく、ただ一斤のチュロスとハッピーな祭りの狂騒だけで、反逆の芽を最も甘く、平和的に摘み取ったのであった。

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