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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第121話 ヨークタウンの戦い

 1781年10月。

 北米大陸、バージニア州ヨークタウン。


 数年に及んだアメリカ独立戦争──。

 包囲戦の末、イギリス軍の指揮官チャールズ・コーンウォリス将軍は、泥にまみれた塹壕ざんごうの中で天を仰いでいた。


「……馬鹿な。我が大英帝国が、反乱軍の農民どもにここまで追い詰められるなど……!」


 彼の率いるイギリス軍七千は、ジョージ・ワシントン率いるアメリカ大陸軍と、ラファイエット侯爵率いるフランス義勇軍の連合部隊によって、陸路を封鎖されていた。


 弾薬は底を突き、何より『食糧』がない。

 長引く籠城と補給線の遮断により、兵士たちは飢えと壊血病に苦しみ、歯は抜け落ち、虚ろな目で塹壕の壁に寄りかかっている。


「将軍……! もう限界です。兵士たちの体力が持ちません……」

 副官が、震える声で報告する。


「それに、解せません。反乱軍どもは我々と同じ期間、この荒野で野営しているというのに、なぜあのように血色が良いのですか? 疫病でバタバタと倒れていくのが戦場の常識だというのに、彼らの陣地からは毎日、陽気な歌声と笑い声が聞こえてきます!」


「くそっ……! フランスの奴らめ、一体どんな卑劣な『新兵器』を持ち込みやがったのだ……!」


 コーンウォリスが血走った目で敵陣を睨みつけた、その時だった。


「……な、なんだ。なんだこの『悪魔的な匂い』は……!」


 飢えに苦しむコーンウォリス将軍の胃袋が、キュルルルッ! と悲鳴を上げた。


 風に乗って漂ってくるのは、火薬の硝煙ではない。

 分厚い牛肉が炭火で焼け焦げる匂いと、甘辛く、どこかスパイシーな……イギリス人がかつて嗅いだことのない「極東の醤油と甜菜糖てんさいとうが焦げる匂い」だった。


「あ、あああ……。にく……肉の匂いだ……」


 限界に達したイギリス兵たちが、ヨダレを垂らしながら次々とマスケット銃を放り出し、立ち上がり始めた。


「ハハハ! 見たかワシントン将軍! 我がフランス王妃、マリー・アントワネット様が考案された『食欲への直接攻撃』の威力を!!」


 一方、丘の上から包囲戦の戦況を見下ろしていたアメリカ・フランス連合軍の陣地では、若き義勇兵ラファイエット侯爵が、誇らしげに胸を張っていた。


「オー・マイ・ゴッド……」

 アメリカ大陸軍の総司令官ジョージ・ワシントンは、双眼鏡を下ろし、唖然としていた。


「我が軍の被害はほぼゼロ。兵士たちはみな活力に満ち溢れ、士気は最高潮だ。フランスからの支援物資と聞いて、てっきり最新鋭の大砲やマスケット銃が届くのかと思えば……まさか、これほど大量の『食糧』だったとは」


 ワシントンの足元には、フランスの輸送船から運び込まれた無数の木箱が山積みになっていた。


「ただの食糧ではありませんよ、ワシントン将軍」

 ラファイエットは木箱を開け、中から『分厚いガラス瓶』を取り出した。


「王妃様と国王陛下が開発した『真空加熱・瓶詰め保存食』です! コルクで密栓したガラス瓶を沸騰したお湯で長時間煮沸することで、中の空気を抜き、細菌を完全に死滅させる。……このルイ陛下の熱力学の応用により、新鮮な肉のシチューや、ビタミンたっぷりの野菜のピクルスが、大西洋を渡る数ヶ月の船旅を経ても全く腐敗せずに兵士の胃袋に届けられるのです!」


 ラファイエットがポンッとコルク栓を抜くと、豊かなデミグラスソースと野菜の香りが陣地に広がった。


「さらに、王妃様は『兵士の健康こそ最強の武力』と仰り、壊血病予防のためにレモン果汁やザワークラウトを大量に送ってくださいました。……塩漬けの腐った肉ばかり食っているイギリス軍とは、体の内側から違うのですよ!」


「素晴らしい……。戦争とは、武器で殺し合うのではない。『胃袋』で勝つものなのだな」

 ワシントンが、深く感嘆の息を漏らす。


「さあ、総仕上げです!」

 ラファイエットは、最前線に並べられた特大の『バーベキューグリル』に向かって号令をかけた。


「総員、風向きを確認せよ! 網の上にアメリカの野牛の肉を乗せ、フランス特製の『甘辛醤油BBQソース』をたっぷりと塗りたくるのだ! イギリス軍の陣地に向けて、煙を全開で扇げェェッ!!」


「「「イエェェェェス!!!」」」


 ジュワァァァァッ!!


 滴り落ちる肉汁と、焦げた醤油の香ばしい煙が、容赦なくイギリス軍の塹壕へと流れ込んでいく。


「お、美味しいお肉が……お腹いっぱい食べられるぞー!! 降伏するなら今のうちだぞー!!」


 フランス軍の兵士たちが、お祭り騒ぎでメガホンを使ってあおりまくる。


「……だ、だめだ。もう我慢できねえ……!」


 ついに、イギリス軍の陣地から、一人の兵士が白旗をちぎって振り回しながら、フラフラと立ち上がった。


「待て! 持ち場を離れるな! 敵の罠だ、脱走兵は銃殺だぞ!!」


「撃ちたきゃ撃てよ、将軍……! 腹を空かせて地獄で野垂れ死ぬくらいなら、反乱軍どもに寝返って、あの肉に齧りついてから死んでやる……っ!」


 その一人を皮切りに、タガが外れたイギリス兵たちが、次々とマスケット銃を放り出し、白旗を掲げて連合軍の「甘辛BBQ陣地」へと雪崩を打って投降し始めた。


 世界最強を誇る大英帝国の軍隊は、銃弾ではなく、フランス王室がもたらした『無傷の健康体による圧倒的士気』と『暴力的な美味の匂い』によって、内側から崩壊したのである。


 その日の夜、コーンウォリス将軍は部下たちに懇願され、涙を流しながら降伏文書に署名した。


 のちに世界史に「ヨークタウンの戦い」として刻まれるアメリカ独立戦争の決定的な戦いは、一発の砲弾も撃ち合うことなく、フランスの圧倒的な『ホワイト兵站力』の前に無血開城で幕を閉じたのである。


    *    *    *


「――『コーンウォリス降伏。米仏連合軍、ヨークタウンにて完全勝利』!!」


 数週間後。

 パリのチュイルリー宮殿の執務室に、物流・情報管理部長のアーサーが、興奮冷めやらぬ様子で紙の束を握りしめて飛び込んできた。


「勝った……! 勝ったわ!! イギリス軍の主力を北米大陸でノックアウトしたわ!!」


 私はガッツポーズをして、椅子から跳ね起きた。


「すごいぞアントワネット!」

 ルイも、勝利の知らせを受け、目を輝かせている。


(史実通り!! でも、史実と一番違うのは……我がフランスの『お財布事情』と『被害の規模』よ!!)


 史実のフランスは、このアメリカ独立戦争に首を突っ込み、最新鋭の軍艦を大量に建造・派遣したせいで、国家予算の数倍という莫大な戦費を抱え込み、それが「フランス革命」の最大の引き金となってしまった。


「マダム・ジャンヌ! ナポレオン! 今回の戦争にかかった費用の計算と、軍事的な被害報告は!?」


「完璧ですわ、王妃様」


 ジャンヌが、山積みになった書類の束をパンッと叩き、妖艶な笑みを浮かべた。


「今回は王妃様のご英断により、高価な軍艦や大量の武器弾薬は一切支援せず、すべて『瓶詰め保存食』や『医療品』、『毛布』などの生活物資のみを民間輸送船で送り込みました。……結果として、軍艦の建造費や維持費がゼロになったため、我が国が負担した戦費は、当初の予算のわずか『百分の一』に収まりましたわ!」


「血を流さず、飯で勝つ。見事な兵站の勝利です」

 ナポレオンが深く頷いた。


「武力支援を行わなかったことで、フランス軍自体の損害も実質ゼロ。国力は全く削られていません。むしろ、莫大な資金と物資を無傷で温存した状態であるという事実が、イギリスへの最大の『心理的圧力』となります。……もはやイギリスに、戦争を継続する体力も意志もありませんよ」


「素晴らしいわ……! 戦費で破産するどころか、ほぼノーダメージで、しかも『アメリカの恩人』という超絶有利なポジションでイギリスを外交のテーブルに引きずり出せるのね!」


 私は歓喜して、ルイとハイタッチを交わした。


「ええ。ですがマリー、勝負はここからです」

 ナポレオンの目が、冷酷な外交官のそれに変わった。


「戦争で勝つことと、講和条約で勝つことは全くの別物です。建国間もないアメリカは、イギリスから独立を勝ち取るために、裏で様々な外交交渉を仕掛けてくるでしょう。我々は、送った食糧以上の『果実』を、彼らから確実に回収しなければなりません」


「ええ、その通りですわ」

 ジャンヌが、分厚い白紙の契約書を撫でながら、肉食獣のように舌を舐めずった。


「大英帝国のプライドをへし折り、新国家アメリカの巨大な市場を、我がフランスの経済圏に永遠に縛り付ける……。最高の『外交ビジネス』の始まりですわ」


 マリー・アントワネット、25歳。

 フランス革命の最大のトリガーであった「国家破産」の危機を、武器ではなく『真空瓶詰め技術』と『BBQの匂い』による圧倒的な兵站力でねじ伏せたのであった。

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