表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/166

第119話 ペニーの偽証 後編

 息の詰まるような熱気と紫煙しえんが立ち込める中、私は元締めである『黒のジャック』を真っ向から見据えた。


「制限時間は3分だと言ったわね。……教えてあげるわ、私の選ぶ4つの並びを」


 私は、木箱の上に置かれた金貨千枚の入った革袋をポンッと叩いた。


「私が選ぶのは……『赤・赤・黒・赤』よ!!」


 その宣言を聞いた瞬間、背後にいたナポレオンが「ああっ」と絶望的な声を漏らした。


「ダメです、マリー! 適当に選んではいけない! 相手は『赤・黒・赤・黒』。確率論において、直感で選んだパターンは必ず数学の暴力に食い殺されます!!」


 ジャックもまた、私の言葉を聞いて下卑た笑いを爆発させた。


「ギャハハハッ! 姉ちゃん、威勢がいいのは認めるが、頭は空っぽらしいな! 俺の『赤・黒・赤・黒』に対して、そんな適当な並びで勝てるわけがねえ! ……よし、賭けは成立だ! 金貨千枚、ありがたく頂戴するぜ!!」


 ジャックが新しい石の入った袋を引き寄せようとした、その時だった。


「……適当? 笑わせないでちょうだい」


 私は扇子をバチンと開き、ジャックの鼻先へピタリと突きつけた。


「私はね、数学の専門家じゃないわ。ペニーのゲームだの、確率の行列計算だの、そんな小難しい理屈はサッパリ分からない。……でもね、私には『経営者』としての絶対的なカンがあるのよ」


「け、経営者……?」


「そう。あなたの使う必勝法は、相手のパターンを分析して『後出し』で有利なポジションを取ること。……なら、あなたのその『赤・黒・赤・黒』という生産ラインをぶっ潰すにはどうすればいいか? 答えは簡単よ。あなたのラインが完成する一歩手前で、材料を『横取り』してしまえばいいのよ!!」


 私の言葉に、ナポレオンがハッとして顔を上げた。


「横取り……? まさか……!!」


「いいこと、ジャック。あなたが勝つためには、袋の中から『赤・黒・赤・黒』という順番が連続して出なければならない。でも、よく考えてみて? あなたのパターンの直前には、必ず『赤』か『黒』の石があるはずよね?」


 私は、木箱の上に転がっていた石を指先で並べ替えた。


「もし、あなたのパターンの直前が『赤』だった場合。石の並びは【赤】+『赤・黒・赤・黒』になる。……ほら、見てごらんなさい!」


 私が指差した石の並びを見て、ジャックの顔からスッと血の気が引いた。


「……あッ!!」


「そう! あなたのパターンが完成する直前の4つの石は『赤・赤・黒・赤』になる! つまり、あなたが勝とうとすればするほど、その一歩手前で【絶対に私のパターンが先に完成してしまう】のよ!!」


 ――――。

 賭場の労働者たちが、息を呑む音が響いた。


「な……なんだと……!?」


「私が勝つ確率は、あなたが一番最初の4回で奇跡的に『赤・黒・赤・黒』を引き当てるか、特定の狭い条件をすり抜けない限り、圧倒的に私の方が上よ! ……経営の基本『サプライチェーンの川上を制圧する』! これが私のビジネス・ロジックよ!!」


 私の完璧な論破に、ナポレオンが震える手で顔を覆った。


「……信じられない。複雑な確率論の計算をすっ飛ばし、『相手のパターンの直前を予測して奪う』というビジネスの構造的思考だけで、最適解を導き出したというのか……! マリー、あなたは本当に恐ろしいお方だ!」


 ジャックの顔面は蒼白そうはくになり、額から滝のような冷や汗が噴き出していた。


「ば、馬鹿な……。俺の、俺の必勝法が、こんな素人の姉ちゃんに……!」


「さあ、理屈は分かったわね? 金貨千枚を賭けた大勝負、始めましょうか」


 私がうながすと、ジャックはギリッと奥歯を噛み締め、袋をガシッと掴み取った。


「ふざけるな……! まだ俺が負けたわけじゃねえ! ここからは大金が懸かった勝負だ、石は『胴元』である俺自身が引かせてもらうぜ!!」


「いいわよ。引いてごらんなさい」


 労働者たちが固唾かたずを呑んで見守る中、ジャックは袋の中に手を突っ込み、1個ずつ石を木箱の上に並べ始めた。


 コロン。1個目は『黒』。

 コロン。2個目は『赤』。

 コロン。3個目は『黒』。

 コロン。4個目は『黒』。


「……チィッ!」

 ジャックが舌打ちをする。まだどちらのパターンも完成していない。


 コロン。5個目は『赤』。

 コロン。6個目は『赤』。


「おおっ!?」

 労働者のジャンが叫んだ。

「次が『黒』なら、姉ちゃんの『赤・赤・黒・赤』にリーチがかかるぞ!!」


 ジャックの顔面が引きった。

 彼は袋の中に手を突っ込んだまま、異様に長く時間をかけて石を掻き回している。


(……来るわね)


 私は目を細めた。

 相手は労働者を食い物にする悪党だ。数学的なイカサマが破られた今、次に彼が取る行動は『物理的なイカサマ』に決まっている。


「……へへっ、悪いな姉ちゃん! 次の石はこれだ!!」


 ジャックが袋から勢いよく手を引き抜き、『赤』の石を木箱の上に叩きつけようとした、まさにその瞬間だった。


「――そこまでだ、悪党!!」


 ガシィィィンッ!!


 横から飛び出してきた作業着姿のルイが、自作の『真鍮製トング』を使って、ジャックの手首と、彼が握りしめていた石を空中で見事に挟み込んだのだ。


「な、何をしやがる!! 手を離せ!!」


「離さないよ! 君のその手品、僕の目は誤魔化せない! アーサー、彼の手のひらを調べろ!!」


「イエス、ボス!!」


 アーサーが素早くジャックの腕を捻り上げ、その手のひらを強引に開かせた。

 すると、彼の手のひらには、袋から引いた石とは別に、あらかじめ袖口に隠し持っていた『赤』の石が、もう一つ握り込まれていたのだ。


「あッ……!!」


「袖の中からすり替える『掌隠し』の技法ですね。手品師の常套手段じょうとうしゅだんですが、素人騙しには十分すぎるイカサマです」


 アーサーが冷酷な声で宣告する。


「ふふん! 僕はね、毎日チュイルリーの工場で、高速回転する蒸気機関のピストンを目視で確認しているんだ。君のその遅すぎる手品の動きなんて、止まって見えるよ!」


 ルイの『動体視力』が、イカサマ師の指先を凌駕した瞬間だった。


「おまけに科学的証明もしてあげよう!」


 ルイは、ジャックが隠し持っていた石をトングで摘み上げ、労働者たちに見せつけた。


「この石を触ってみろ! 袋の中にあった石は冷たいはずだが、こいつがずっと手のひらに隠し持っていたこの石は、体温で温かくなっている! 熱力学の法則は嘘をつかない!! これが、貴様がイカサマをした動かぬ証拠だ!!」


 ――シーン。

 静まり返った賭場に、ルイの完璧な論証が響き渡った。


「てめぇ……! ジャック、お前、最初から俺たちを騙して……!!」


 全財産を巻き上げられそうになっていた労働者のジャンが、怒りで顔を真っ赤にして立ち上がった。

 周囲の労働者たちも、騙されていたことに気づき、次々と怒号を上げてジャックを取り囲み始めた。


「ま、待て! 違う、これは……誤解だ!!」


 ジャックが青ざめて後ずさる。


「誤解ではありませんわ」


 冷ややかな声とともに、ジャンヌが金貨の袋を回収しながら前に進み出た。


「イカサマによる金銭の詐取。これは明確な犯罪です。……この賭場にあった全ての金銭は、不当利得として我が『財務特別監査局』が一時的に差し押さえます。そして、被害に遭った労働者の皆様へ、全額返還いたしますわ!」


「「「うおおおおおっ!! 姉ちゃん、あんた一体何者なんだ!?」」」


 歓喜に沸く労働者たち。

 私は、被っていた地味なフードを脱ぎ捨て、背筋をピンと伸ばして彼らに向き合った。


「ただの姉ちゃんじゃないわ。……私は、フランス王妃、マリー・アントワネット。そしてこちらが、国王ルイ16世よ」


「「「えええええええええっ!!?」」」


 ボイラー室が揺れるほどの、特大の悲鳴が上がった。

 借金で首が回りかけていたジャンも、膝から崩れ落ちて土下座の姿勢をとった。


「お、王妃様!? こ、国王陛下!? な、なぜこのような地下室に……ッ!」


「あなたたちを助けに来たのよ」


 私は、土下座するジャンの肩を優しく掴み、立たせた。


「ジャン。あなたは毎日工場で、家族のために一生懸命汗を流して働いている。……その尊い労働の対価を、こんな薄暗い場所で、悪党のイカサマに貢ぐために使ってほしくないの」


「王妃様……っ」


「賭け事で得たお金は、一瞬の幻よ。でも、あなたが工場で削り出した歯車は、この国を豊かにする確かな力になる。……約束して。もう二度と、こんなイカサマに大切な人生を賭けないって。そのお金は、あなたの愛する奥さんと、息子のマルセル君に美味しいものを食べさせるために使ってちょうだい」


 私の言葉に、ジャンはボロボロと大粒の涙を流し、深く、深く頭を下げた。


「……はいっ! はいっ!! 俺は、二度と博打なんてしねえ! 明日からも、死ぬ気で働きます!!」


 周囲の労働者たちも、次々と涙を拭い、「俺もだ!」「二度と賭場なんか来ねえ!」と誓いの言葉を口にした。


「よし、一件落着ね!」


 私が微笑むと、背後でアーサーに取り押さえられていたジャックが、恨めしそうに叫んだ。


「くそっ……! 覚えてろよ! 俺の背後には、パリの裏社会を牛耳る大物が……カリオ……むぐっ!?」


「黙りなさい。あなたの裏に誰がいようと、我が国の監査局からは逃れられませんわよ。……さあ、たっぷりと『税金』を絞り取らせていただきますわ」


 ジャンヌが、ジャックの口に容赦なく布切れを詰め込み、悪魔のような笑みを浮かべて連行していった。


 翌日。

 チュイルリー宮殿の地下工場は、かつてないほどの凄まじい活気に満ち溢れていた。


「王妃様が見ててくださるんだ! 不良品なんて一つも出すんじゃねえぞ!!」


「おう!! 今月のボーナスで、息子にあのアカデミーの新しい制服を買ってやるんだ!」


 労働者たちの目はキラキラと輝き、機械を動かすその手には、確かな誇りと喜びが満ちていた。


 マリー・アントワネット、25歳。

 彼女は、労働者たちを借金地獄に突き落とす悪魔の遊戯を、経営者の直感とオタク王の科学力で見事に粉砕した。


 そして、単に悪を罰するだけでなく、労働者たちの「働く誇り」を取り戻させることに成功し、フランスの生産力をさらに限界突破させていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ