表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
125/162

第118話 ペニーの偽証 前編

「……マリー。ここ一週間の工場の不良品発生率が、通常の三倍に跳ね上がっています。さらに、労働者たちの遅刻や欠勤も目立ち始めました」


 執務室で、最高執行責任者のナポレオン・ボナパルトが、分厚い生産管理台帳をパタンと閉じ、氷のように冷たい視線を私に向けた。


「不良品が三倍!? どういうこと? 食堂のメニューがマンネリ化してモチベーションが落ちてるの?」


 私が驚いて尋ねると、財務監査局長のジャンヌが銀縁眼鏡を押し上げながら、冷ややかな声で答えた。


「食事のせいではありませんわ、王妃様。……彼ら、完全に『寝不足』なのです。目の下にはどす黒いくまを作り、作業中も上の空。あまつさえ、前借りを申し出てくる労働者が後を絶ちません」


「前借り? お給料は十分に出しているはずよ。みんなどこでお金を使っているの?」


 私たちが首を傾げていると、扉をノックして、工場の現場監督を務めるカトリーヌが入ってきた。彼女の顔は、かつてないほど険しく、怒りに満ちていた。


「王妃様……申し訳ねぇ。アタイの管理不足だ。……実は、工場の地下、廃棄された古いボイラー室の奥で、タチの悪い『賭場』が開かれてるんだよ」


「賭場!?」


「ああ。仕事終わりの連中がそこに集まって、夜通し賭け事をやってる。元締めは『黒のジャック』と名乗る流れ者の男で、言葉巧みに労働者たちを煽り、給料を根こそぎ巻き上げてるんだ。……負けが込んで、全財産どころか、工場の給料半年分を借金として背負わされた奴までいる始末だ」


 カトリーヌがギリッと奥歯を噛み締める。


「許せないわ……! 私たちが必死に作ったホワイトな職場を、裏でブラックな借金地獄に変えるなんて! そのジャックって男、イカサマをしてるんでしょう!?」


「それが……分からないんだ。アタイも裏から見張ってみたが、道具に細工があるわけでもない。『公平なゲーム』に見えるんだよ。なのに……客は勝てず、ジャックの野郎がボロ儲けしてるんだ」


 カトリーヌの言葉に、ナポレオンとルイが顔を見合わせた。


「公平に見えるのに、胴元が勝ち続ける……。これはただの博打ではありませんね」


「ああ。何か巧妙なトリックが隠されているはずだ。……アントワネット、僕たちも現場へ行こう。このまま労働者から活力を奪われれば、国庫の返済計画に支障が出る!」


 オタク王の瞳に、謎解きへの執念が燃え上がった。


「ええ! 私たちの労働者をカモにする悪党は、絶対に許さないわ!」


 その日の深夜。

 私たちは地味な平民の労働着に変装し、カトリーヌの案内で工場の最深部、廃棄されたボイラー室へと足を踏み入れた。


 むせ返るような熱気と、安いタバコの煙が充満する空間。

 そこには、目を血走らせ、握りしめた金貨や銅貨を木箱の上に叩きつける労働者たちの姿があった。


「さあさあ、次は誰が挑戦する!? ルールは簡単、完全に公平なゲームだぜ!」


 部屋の中央、木箱の上に座って薄汚れた笑みを浮かべている男。彼が元締めの『黒のジャック』だ。細身で、ヘビのように狡猾こうかつな目をしている。


「さあ、よく見てくれ。この袋の中には、『赤』と『黒』に塗られた石が、きっちり50個ずつ、合計100個入っている。もちろん石の重さも形も全く同じだ」


 ジャックは、革袋の中身をざらぁっと木箱の上に広げ、労働者たちに確認させた。確かに、ただの赤と黒の石だ。


「ルールは『三色預言トリプル・カラーズ』! これからこの中が見えない袋から、石を1個ずつ引いて一列に並べていく。……お前たちは事前に、『赤と黒の3つの並び』を予言してくれ」


 ジャックがニヤリと笑う。


「例えば『赤・赤・黒』と予言したとする。俺も残りの組み合わせパターンから3つの並びを予言する。そして石を引いていき……その並びが『先に完成した方』の勝ちだ! ……さあ、どうだ? お前らが『先』に好きなパターンを自由に選んでいいんだぜ?  完全に客が有利な、出血大サービスの勝負だ!」


「俺がやる!!」


 一人の労働者が、震える手で金貨を賭けた。


「俺が先に選んでいいんだな!? なら俺は、『赤・黒・赤』を選ぶぜ!」


「いいだろう。じゃあ俺は、『赤・赤・黒』を選ばせてもらうぜ」


ジャックが不敵に笑い、労働者自身に袋から石を引かせる。


コロン。1個目は『黒』。

コロン。2個目は『赤』。

コロン。3個目は『赤』。


「ちぃっ、赤が続いたか……。だが、次が『黒』なら『赤・黒』のリーチになるぜ!」

労働者が身を乗り出す。


コロン。4個目は『黒』。


「よしっ、黒が来た! これで直近が『赤・黒』だ! 次が『赤』なら俺の勝ちだぜ!」


「残念だったな。よく並びを見てみろよ」


ジャックが、並んだ石を指差す。

『黒・赤・赤・黒』


「あ……! 2個目から4個目で、『赤・赤・黒』が先にできちまってる……!」


「俺の勝ちだ。金貨はもらうぜ」


 ジャックが金貨を懐に入れる。労働者は頭を抱えて崩れ落ちた。


 壁際で観察していた私たちは、眉をひそめた。


「……おかしいですわ」

 ジャンヌが銀縁眼鏡を押し上げる。


「袋の中の赤と黒の比率は完全に五分五分。客が先に好きなパターンを選べるなら、客が有利か、最悪でも勝率は五分五分になるはずですわ。……ですが、この1時間でジャックは15戦して12勝しています。勝率が高すぎますわ」


「石に細工があるのか? 温度で色が変わるとか……」

 ルイが単眼鏡を取り出して目を凝らすが、すぐに首を横に振った。


「いや、石を引いているのは客自身だし、袋の中を見ることもできない。イカサマが入り込む余地はゼロだ」


「手品でもトリックでもないなら、どうして奴ばかり勝てるのよ!?」


 私が苛立いらだたしげに呟くと、それまで黙って手帳に何を書き込んでいたナポレオンが、ふっと冷徹なため息をついた。


「……分かりました。これは手品でもイカサマでもありません。数学の暴力……『確率の偏り』を悪用した、極めて悪魔的な必勝法です」


「必勝法!?」


 ナポレオンは手帳のページを私たちに見せた。


「これは、とある数学者が提唱した『ペニーのゲーム』と呼ばれる確率の錯覚です。……客は『自分が先に好きなパターンを選べるから有利だ』と思い込んでいますが、そこが最大の罠なのです」


 ナポレオンの氷のような声が、種明かしを始める。


「このゲームにおいて、絶対的な有利を持つのは『後出し』をした方です。

ジャックは、客が選んだパターンの【1番目と2番目の色を、自分の2番目と3番目に配置】し、そして【客の2番目の色の『逆の色』を、自分の1番目に配置】しているのです」


「……ええと、どういうこと?」


「例えば、客が『赤・赤・赤』を選んだとします。ジャックはこの法則に従い、必ず『黒・赤・赤』を後出しで選びます。……この場合、ランダムに石を引いていった時、ジャックの『黒・赤・赤』が先に揃う確率は、なんと【87.5パーセント】にも跳ね上がるのです」


「は、87パーセントォ!?」

 私とルイは同時に声を上げた。


「なぜなら、『赤・赤・赤』が勝つためには、最初の3回で連続して赤を引くしかありません。もし途中で1回でも『黒』が出れば、その後で赤が連続して出ようとした瞬間に、必ずジャックの『黒・赤・赤』が先に完成してしまうからです」


 ナポレオンの完璧な論理解説に、私たちは戦慄せんりつした。


「他のパターンでも同じです。客が『赤・黒・赤』を選べば、ジャックは『赤・赤・黒』を選ぶ。これで勝率は66パーセント以上。……彼は、客の選択を見てから、機械的にこの【後出し必勝法】を当てはめているだけなのです」


「なんて卑劣な……! 公平を装って、最初から圧倒的に勝てる勝負しかしていなかったのね!」


 私が拳を握りしめたその時、賭場の中心から悲痛な叫び声が上がった。


「た、頼むジャック! これが最後だ! この勝負に、俺の全財産と、工場の給料半年分を賭ける! これで勝てなきゃ、俺の家族は路頭に迷っちまうんだ!!」


 叫んでいたのは、ジョゼフの初めての「おともだち」であるマルセルの父親、ジャンだった。彼の目はギャンブル中毒者のそれになり、震える手で借金の証文を握りしめている。


「いいぜ、ジャン。お前が勝てば借金は帳消し、負ければお前の家族は終わりだ。……さあ、公平なゲームだ。好きな3つの並びを選びな!」


 ジャックがニヤニヤと笑う。


「お、俺は……『黒・黒・黒』だ!」


「なら俺は、『赤・黒・黒』を選ばせてもらうぜ」


ジャックが宣告した瞬間、ナポレオンが「チィッ」と舌打ちをした。


「ダメです! 『赤・黒・黒』を選ばれた場合、ジャックの勝率は87.5パーセント! ジャンは確実に身ぐるみを剥がされます!」


「ストップ!!! その勝負、私が引き受けるわ!!」


 私はフードを深く被ったまま、群衆をかき分けて木箱の前に躍り出た。


「あん? なんだ姉ちゃん。すっこんでろ、男の勝負だぜ」


「私が彼の借金を全額肩代わりして、さらに『金貨千枚』を賭けてあげるわ。……でも、今度はルールを変えるわよ。先にあなたがパターンを選びなさい。私が『後出し』で勝負するわ!」


 ジャンヌが、ドサリと金貨の入った重い袋を木箱の上に置いた。

 黄金の輝きに、賭場の労働者たちが息を呑む。


 ジャックは、私の提案を聞いて一瞬目を細め、そして……醜悪な笑みを浮かべた。


(……ほう。このゲームの『後出しの有利さ』に気づいたってわけか。頭のいい姉ちゃんだ)


「……いいぜ。お前が後出ししろ」


 ジャックは、新たな石の入った袋を取り出した。


「だが、掛け金が金貨千枚ともなれば、ただの『3つの並び』じゃすぐ終わっちまって面白くねえ。……大金が動くんだ、ルールを【4つの並び】に変えさせてもらうぜ!」


「4つの並び……!?」


「ああ。俺は先に『赤・黒・赤・黒』を選ぶ。さあ、後出しの姉ちゃん。好きなパターンを選びな! 俺の『赤黒赤黒』を上回る勝率のパターンをな!」


 その言葉を聞いた瞬間、背後にいたナポレオンが血相を変えた。


「いけません、マリー!! 『4つの並び』になった瞬間、パターンの推移を計算するマルコフ連鎖の行列計算が天文学的に複雑になります! 3つの時の必勝法をそのまま当てはめても勝てないパターンが存在するのです! 彼が選んだ『赤・黒・赤・黒』に対する最適解をこの場で暗算するのは、私の頭脳でも数十分かかります!!」


 天才ナポレオンですら瞬時には解けない、究極の確率計算。


「制限時間は3分だ。選べなきゃ、掛け金の金貨千枚は俺のもんだぜ。……さあ、どうする?」


 ジャックが、勝ち誇ったように私を見下ろした。


(……さあ、読者の皆様も考えてみてほしい。4つの並びで『赤・黒・赤・黒』に勝つための、後出しの最適解とは何か? ……いや、そもそもそんなものを3分で計算できる人間なんていない!)


 ナポレオンが焦り、ルイとジャンヌが青ざめる絶体絶命のピンチ。

 だが、私は深く被っていたフードをバサリと脱ぎ捨て、不敵な笑みを浮かべた。


「……大丈夫よ、ナポレオン。数学で勝てないなら……私なりの『別のやり方』で、このイカサマの壁をブチ壊してやるわ!!」


 私は扇子をバチンと開き、ジャックの目を真っ向から見据えた。


 マリー・アントワネット、25歳。

 悪魔的な数学トリックに対し、彼女が放つ「前代未聞のカウンター」とは!?

 勝率の壁を粉砕する、一発逆転のロジックが今、放たれようとしていた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ