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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第109話 ナポレオンの野望 前編

 ジャンヌを「悪魔の財務特別監査局長」としてスカウトし、ルクレール商会をはじめとする悪徳商人たちから莫大な脱税資産を合法的にむしり取るシステムが確立されてから、フランスの国庫は驚異的なスピードで潤い始めていた。


 ……だが、歴史とは常に、最も身近なところに「死角」を作るものである。


「……王妃様。極秘裏にお耳に入れたいことがございます」


 ある日の深夜。

 チュイルリー宮殿の私の執務室に、物流・情報管理部長のアーサーが、音もなく影のように忍び込んできた。

 彼が、これほどまでに顔を強張らせ、深刻な空気をまとっているのは珍しい。


「どうしたの、アーサー。まさかイギリスが報復の準備でもしているの?」


「敵は外部ではありません。……内部です」


 アーサーは、周囲を警戒するように一度ドアを振り返ってから、声を潜めた。


「我がフランスの最高執行責任者にして、軍事・兵站の要……ナポレオン・ボナパルト殿の動向が、最近極めて不審なのです」


「ナポレオンが……? 不審って、どういうこと?」

 私は眉をひそめた。現在12歳のナポレオンは、私の右腕として狂気的なスケジュールで国家の予算と物流を管理している。彼なしでは今のフランスは回らない。


「ここ一ヶ月、彼は深夜になると自室を抜け出し、宮殿の地下にある使用されていない区画へと頻繁に出入りしています。それだけではありません。彼が私兵を使ってコルシカ島の親族に送った手紙を傍受したところ……このような文面が記されていました」


 アーサーがテーブルの上に広げた手紙。そこには、ナポレオンの几帳面な字で、次のように書かれていた。


『……現在の私の立ち位置には、到底満足できない。周囲の大人たちは、私を上から見下している。だが、我慢の時も間もなく終わる。私は近々、誰にも見下されない圧倒的な高みへと“上り詰める”準備を進めている。歴史が覆るその時を待て』


「…………ッ!!」


 私は、背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような悪寒を覚えた。

 上から見下されている。高みへ上り詰める。歴史が覆る。

 ……この文脈、どう好意的に解釈しても「国家転覆クーデターの予告」にしか読めない!!


(ま、待って待って! 彼はまだ12歳の少年よ!? でも……相手はあの『ナポレオン・ボナパルト』! 史実ではフランス革命の混乱に乗じて軍事クーデターを起こし、自ら『皇帝』に即位した男……! もしかして、私が彼に権力と知識を与えすぎたせいで、『野心』が再覚醒しちゃったの!?)


「手紙だけではありませんわ」

 暗がりから、銀縁眼鏡を怪しく光らせたジャンヌが姿を現した。彼女の手には、分厚い帳簿が握られている。


「彼の個人的な支出明細を洗ったところ、極めて不可解な金の動きがありました。……パリの裏社会に出入りする怪しい商人から、『謎の粉』と『謎の液体』を秘密裏に買い集めているのですわ」


「謎の粉!? まさか、火薬……!? いや、それとも毒薬!?」


「成分までは特定できておりませんが、もしそれが高純度の爆薬や毒物であれば、王室の人間を暗殺するには十分すぎる量です。さらに……」


 ジャンヌは眼鏡をクイッと押し上げた。

「彼は最近、皮革職人や鍛冶屋に、強靭な『革の拘束具』と『鉄の滑車や歯車』を特別発注していますの。一体何に使うのかは不明ですが……」


「……その件なら、僕も心当たりがあるよ」


 いつの間にか部屋にやってきていたルイが、青ざめた顔で口を開いた。


「数週間前、ナポレオン君から奇妙な相談を受けたんだ。『人間の身体に、上下から同時に強力な張力を加えた場合、関節や骨はどの程度の負荷まで耐えられるのか。ウインチの力で身体を引き伸ばす装置を作れないか』って……」


「ヒッ……!!」

 私は思わず悲鳴を上げそうになった。


「人間の身体を引き伸ばす装置……それって、中世の拷問器具『責め苦の台』じゃない!!」


 点と点が、最悪の形で一本の線に繋がってしまった。

 謎の粉と液体、そして拷問器具の密造。深夜の地下室での暗躍。そして「高みへ上り詰める」という野心に満ちた手紙。


(間違いない……! ナポレオンは密かに王室を裏切り、自分に逆らう者を拷問して排除し、自らがフランスのトップに立つためのクーデターの準備をしているんだわ!! )


「マリー。これは国家の存亡に関わる重大事態です。まだ子供とはいえ、彼の頭脳と手腕は紛れもなく本物。もし反旗を翻せば、軍の一部が彼に同調する危険性すらあります」

 アーサーが、腰の短剣に手をかけながら低い声で言った。


「どうしますの、王妃様。事が起きる前に、我々『監査局』の権限で彼を拘束し、秘密裏に処断しますか?」

 ジャンヌも、冷徹な目で私に決断を迫る。


「……待って。早まらないで」


 私は、震える手をギュッと握りしめた。

 確かに証拠は真っ黒だ。状況は最悪だ。しかし、彼は私たちと共に汗を流してフランスを再建してきた大切な仲間なのだ。


「私自身の目で確かめるわ。彼が本当にクーデターを企てているのか……もしそうなら、私が責任を持って彼を止める!」


 その日の深夜。

 私たち四人は、足音を殺しながら、チュイルリー宮殿の地下深くへと続く螺旋階段を下りていた。


 カビと湿気の匂いが漂う、普段は誰も立ち入らない最深部。

 その奥の重厚な鉄扉の隙間から、微かにロウソクの明かりが漏れ、そして……何か不気味な機械が動くような「ギギギ……ッ」という金属音が響いていた。


(……間違いない。この奥に、ナポレオンがいる……!)


 アーサーが先頭に立ち、音もなく鉄扉を数センチだけ開けた。

 私たちは、その隙間から地下室の内部を覗き込んだ。


「――――ッ!!」


 そこには、戦慄の光景が広がっていた。

 薄暗い部屋の中央には、ルイが言っていた通りの「巨大な拷問器具のようなもの」が鎮座していた。鉄の滑車と太いロープ、そして強靭な革のベルトが複雑に絡み合った、恐ろしい装置だ。


 そして、その傍らには……軍服を脱ぎ捨て、シャツ一枚になったナポレオン・ボナパルトの姿があった。


 彼の顔は汗でびっしょりと濡れ、その表情はこれまでに見たことがないほど悲壮な決意に満ちていた。


『……くそっ。まだだ。こんなままでは、到底あの大人たちを平伏させることなどできない……!』


 ナポレオンが、ギリッと歯を食いしばりながら低く唸る。

 彼は、テーブルの上に置かれていた「謎の粉」をコップに入れ、そこに「謎の液体」をなみなみと注ぎ込んだ。そして、その得体の知れない薬品を一気に喉の奥へと流し込んだのだ!


『……この身を削る苦痛こそが、私を真の完成へと導く! 私は必ず、誰も手が届かない圧倒的な存在になってみせる……!!』


 そう叫ぶと、ナポレオンは自らあの恐ろしい「拷問装置」の上に仰向けに寝転がり、手首と足首に強靭な革ベルトをガシャン! と固定し始めたではないか。


(な、何をしようとしているの!? 自ら拷問器具に乗るなんて……まさか、暗殺やクーデターの前に、どんな尋問にも耐え得るように「痛覚を麻痺させる」ための狂気の訓練!?)


 ギギギギギギッ……!!


 滑車が回り、ロープが限界まで張り詰める音が地下室に響き渡る。

 ナポレオンの四肢が太いロープでギリギリと巻き上げられ、全身の関節がミシミシと悲鳴を上げているのが見て取れた。


『ぐっ……! おおぉぉぉぉぉぉっ……!!』


 あの冷静沈着な神童が、苦痛に顔を歪めながら低く叫び声を上げる。


「……もう限界だわ! 突入するわよ!!」


 私はついに耐えきれなくなり、勢いよく鉄扉を蹴り開けた。


「そこまでよ、ナポレオン!! あなたの企みはすべてお見通しよ!!」


 バーン! という轟音とともに、私たちが地下室になだれ込む。

 アーサーが短剣を構え、ジャンヌがランプを高く掲げ、ルイが巨大なモンキーレンチを振りかざした。


「なっ……!? マ、マリー!? なぜここに……!」


 拷問器具の上に拘束されたまま、ナポレオンが信じられないものを見るような目で私たちを凝視した。その顔は、クーデターを暴かれた冷酷な野心家というよりも、ただのパニックを起こした少年のように引きつっている。


「ごまかしても無駄よ! 深夜の密輸、怪しい薬品、そしてこの恐ろしい装置! あなた、自分がトップに立つためにここで恐ろしいクーデターの準備をしていたんでしょう!?」


 私がビシッと指を突きつけると、拘束具に縛られたままのナポレオンは、ポカンと口を開け、数秒間の沈黙の後……。


「は……? ク、クーデター……?」


 彼の顔が、首から耳の先まで、かつて見たことがないほど真っ赤に染まっていった。


「ち、違う! 断じて違う!! 一体何を勘違いしている!!」


「勘違いなものか! じゃあ、その怪しい粉と液体はなんだ! その拷問器具はなんだ!! 言い逃れはさせないわよ!!」


 果たして、歴史に名を残す天才少年が深夜の地下室でひた隠しにしていた「野望」の正体とは!?

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