表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
115/164

第108話 悪魔の金庫番

 チュイルリー宮殿の奥深くに新設された『財務特別監査局』


 そこは、かつての華やかな王室のサロンとは全く異なる、インクの匂いと紙の擦れる音だけが冷たく響き渡る、極めてストイックな空間だった。


「……マダム・ジャンヌ。昨年度のボルドー地方からのワイン搬入量と、港湾局で記録された関税の徴収額に、1・4パーセントの不自然な乖離かいりが見られます。直ちに積荷の目録と照らし合わせ、密輸のルートを割り出しなさい」


 山と積まれた書類の向こう側からナポレオンが、懐中時計を片手に氷のような声で指示を飛ばした。


「……分かっているわよ! 今、この膨大な領収書の束の中から、架空取引の痕跡を洗い出しているところじゃないの!」


 インクで指先を汚し、帳簿と格闘しているのは、かつて大詐欺事件を引き起こすはずだった女、ジャンヌ。

 彼女は現在、ナポレオンの超絶スパルタ監視の下、フランス全土の帳簿をチェックするという適正な八時間労働に従事していた。


(……信じられない。この私が、どうして毎日毎日、他人の財布の計算ばかりさせられているの!?)


 ジャンヌが心の中で盛大に悪態をついていると、執務室の重厚な扉が開き、私とルイが連れ立って入ってきた。


「お疲れ様、ジャンヌ、ナポレオン。……監査の進み具合はどう?」


 私が、差し入れのマドレーヌとハーブティーをテーブルに置くと、ジャンヌはペンを置き、大きく背伸びをして深いため息をついた。


「……王妃様。お言葉ですが、フランスの富裕な大商人どもは、私のような詐欺師が可愛く見えるほどの『国賊』揃いですわ」


 ジャンヌは手元の分厚い帳簿をドンッと叩いた。


「特に悪質なのが、大貿易商『ルクレール商会』。彼らは納入数量をごまかし、貴族の名を借りて関税をすり抜け、闇市場で売り捌いている。文字通りの税金泥棒です」


「許せないわね。裏で脱税なんて。……証拠は?」


 ジャンヌは、一枚の羊皮紙をスッと私の前に滑らせた。


「過去三年間の『輸送馬車の維持費』。……市場価格は安定しているのに、この商会だけが毎年不自然に経費を膨張させています。発注先の『デュボワ商会』は、ルクレールの親戚が名前だけ貸しているペーパーカンパニーですわ」


「ペ、ペーパーカンパニー!? 18世紀にそんなマネーロンダリングの手法が!?」


 私が驚愕すると、ルイも目を丸くして図面から顔を上げた。


「……つまり、ルクレールは自分の親戚が作った架空の会社に高い金を払ったことにして経費を水増しし、利益を圧縮して税金をごまかした上で、その金を裏でこっそり還流させて、自分の隠し財産にしているということかい?」


「ご名答です、陛下。……古典的ですが、王室の監査官が真面目な堅物ばかりだったから、今までバレなかったのでしょうね。数字の羅列だけで現場の『匂い』を嗅ぎ取れないお役所仕事では、私の……いえ、詐欺師の悪知恵には勝てませんわ」


 ジャンヌは、己の才能を誇示するように、堂々と胸を張った。

 その顔には、かつて私に追い詰められた時の絶望はなく、「自分が誰よりも優れた頭脳を持っている」という、強烈な自負心がみなぎっていた。


(……すごい。彼女のこの『金に対する執着心』と『犯罪心理への圧倒的な理解度』……。これを国のためにロックオンできれば、どんな有能な官僚よりも恐ろしい税の取り立て屋になるわ!)


「よし、決まりね」


 私は不敵な笑みを浮かべ、ジャンヌの肩をガシッと掴んだ。


「ジャンヌ! あなたのその悪魔的な頭脳で、ルクレールの脱税の証拠を固めなさい! 完璧に逃げ場をなくして、あの悪徳商人から過去十年間分の隠し資産を、一リーブル残らず合法的にむしり取ってやるわよ!!」


「……え?」


「ナポレオン! アーサーを呼んで、ルクレール商会の裏帳簿の実態調査と、ダミー会社の証拠固めを急がせて! 明日、私たちが直々に商会の屋敷に乗り込んで『特別監査』を執行するわ!」


「了解しました。直ちに王立警察と国民衛兵の精鋭部隊を編成し、屋敷と倉庫を物理的に包囲します」


 ナポレオンが、極めて物騒な命令を淡々と復唱する。


「ち、ちょっと待ってください、王妃様! 私も行くのですか!?」


 ジャンヌが慌てて立ち上がった。


「当然でしょう? あなたが局長なんだから、あなたが直接、悪徳商人の顔にその証拠を突きつけて論破するのよ。……あなたの話術と度胸、存分に発揮してちょうだい」


「わ、私は裏で数字を操作するのが得意なだけで、大ブルジョワを直接脅迫するなんて……!」


「あら、私から部品を盗んで外国のスパイに売り飛ばそうとした度胸があるんだから、余裕でしょう? 」


 翌朝。

 パリ中心部に位置する、ルクレール商会の大邸宅兼倉庫。

 武装した国民衛兵が邸宅を包囲する中、ガウン姿の大商人ルクレールが血相を変えて飛び出してきた


「な、何事だ! 王妃殿下がこのような早朝に、一体どのようなご用件で!」


「ご機嫌よう、会長。少し散歩に立ち寄っただけよ。……さあ、ジャンヌ局長。彼に『事実』を教えて差し上げて」


 私が扇子を優雅に広げて微笑むと、ルクレールの顔がピクリと引きつった。


「冗談が過ぎますぞ、王妃殿下。我がルクレール商会は王室に忠誠を誓い、日々の物資納入にも尽力しておりますのに……」


「ええ、その節はありがとう。でも、納入と納税は別腹よ。……さあ、ジャンヌ局長。会長に『事実』をお教えして差し上げて」


 私が道を空けると、私の背後から、パリッと仕立てられたタイトな漆黒のサロペットスーツに身を包んだジャンヌが、コツン、コツンとヒールの音を響かせて進み出た。


 彼女の右手には、分厚い羊皮紙のファイルが握られている。


「……どこの小娘か知らんが、商売の邪魔だ! 我々の正当な経済活動に難癖をつけるというなら、黙ってはいないぞ!」


 ルクレールが威圧的に吠えるが、ジャンヌは一切動じることなく、氷のように冷たく、そして酷薄な笑みを浮かべた。


「正当な経済活動、ですか。……ええ、ぜひ裁判にかけていただきましょう。会長がこの十年間、『デュボワ商会』なる存在しない架空の業者に対して、毎年二十万リーブルもの架空発注を繰り返し、利益を意図的に隠蔽して脱税していたという事実を、法廷の場で堂々と明らかにするというのであれば」


「な……ッ!!」


 ルクレールの顔から血の気が引いた。


「な、何を馬鹿な……! デュボワ商会は実在する! 私の遠縁が経営している、立派な……」


「実在? ええ、建物だけは存在しますわね。アーサー・ウェルズリー殿の率いる調査部隊が昨夜、その『会社』に踏み込みましたところ……中には倉庫の番人一人おらず、ただホコリを被った空の金庫と、あなたの筆跡で書かれた『裏帳簿』がポツンと置かれていただけでしたわ」


 ジャンヌは、容赦なくファイルをルクレールの胸元に突きつけた。


「それに、会長。あなたが『王室用』として無関税で港を通過させた高級絹織物。……計算がずさんすぎますわ。宮廷に納入された記録の三倍の量が輸入されていますが、残りの三分の二はどこへ消えましたの? ……これらすべてを合算すると、あなたがこの十年間で国庫から掠め取った脱税額は、およそ『四百万リーブル』に上ります」


「よ、よんひゃくまん……っ!」


「これは明白な国税の横領。……王妃様、ただちにルクレール商会の全財産を差し押さえ、会長をバスティーユ……いえ、『王立工場』へ無期強制労働として送るのが妥当かと存じます」


 ジャンヌの流れるような、一切の反論を許さない完璧な論破。

 かつて詐欺師として鍛え上げられた彼女の「言葉の刃」は、相手の痛いところを正確に抉り出し、精神を完全に追い詰める最強の武器となっていた。


「お、お助けを……! わ、私が悪うございました!!」


 ついにルクレールは膝から崩れ落ち、大理石の床に額を擦り付けて震え出した。


「どうか、どうか投獄だけはご勘弁を! 商会の信用が地に落ちてしまいます! お金なら払います、払いますから……ッ!!」


「……ふふっ。素直でよろしいわね、会長」


 私は、ジャンヌと目配せをして、ゆっくりとしゃがみ込み、ルクレールの耳元で囁いた。


「安心して。私はあなたを破滅させたいわけじゃないわ。フランスの未来のために、少しだけ『本来の義務』を果たしてほしいだけよ。……脱税の四百万リーブル。これに、延滞利息と追徴加算税を乗せた五百万リーブルを、明日までに国庫へ納入しなさい」


「ご、ごひゃくまん……! そ、そんな大金、すぐには……!」


「払えないなら、あなたのこの美しいお屋敷と、隠し倉庫にある密輸品を王室がそっくりそのまま『没収』してあげるわ。……さあ、どうする?」


「は、払います! 商会の隠し金庫を開けます!!」


 ルクレールは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、その場で小切手にサインを書き殴った。


 数十分後。

 私たちの馬車には、ズッシリと重い五百万リーブル分の金塊と有価証券が積み込まれていた。


「……信じられない。あんなに強欲な大商人から、たった数十分の交渉で、これほどの巨額を合法的に回収できるなんて……」


 馬車の中で、ジャンヌが積み上げられた金塊の箱を見つめ、震える声で呟いた。


「どう? ジャンヌ。詐欺でコソコソと小銭を稼ぐより、国家の権力をバックにして、悪党から堂々と大金をむしり取る方が、何万倍も気持ちいいでしょう?」


 私がニヤリと笑うと、ジャンヌの青い瞳に、かつてないほどの強烈な光と、ゾクッとするような悦びの色が浮かんだ。


「……ええ。背筋がゾクゾクしましたわ。自分の頭脳と数字の力だけで、あの傲慢な商人をひれ伏させ、この手で莫大な黄金を動かす……。これ以上の圧倒的な快感、最高のドーパミンは他にありませんわね!」


 彼女は、自分が真に輝ける場所――「国家公認の最凶の取り立て屋」という天職を、見出したのだ。


「素晴らしい働きでした、マダム・ジャンヌ」


 向かいの席で、ナポレオンが懐中時計をしまいながら、珍しく満足げに頷いた。


「あなたのその異常な金への執着心と、他人の嘘を許さない嗅覚。……これを利用し、国内の他の脱税ブルジョワたちにも『特別監査』を次々と仕掛けていきます。さらに彼らの帳簿を洗えば、彼らと癒着して裏金を受け取っている『免税特権持ちの貴族たち』の資金源も断つことができる」


「ふふっ、悪魔のシステムね。でも、国を豊かにするためなら、私は喜んでその悪魔の手先になりましょう。……次のターゲットの帳簿は、すでに私の頭の中に入っておりますわよ」


 ジャンヌが、妖艶に、そして極めて有能な官僚の顔をして微笑んだ。


 マリー・アントワネット、25歳。

 彼女は、史実で自分を破滅に導いた最悪の詐欺師を、悪徳商人の不正を暴き、国庫を限界突破で潤わせる「最強の財務長官」へと見事にジョブチェンジさせた。


 こうして、パリの闇に隠された莫大な脱税資産は、ジャンヌとナポレオンという二人の悪魔的な頭脳によって、次々とフランスの「健全な未来」のための資金へと変換されていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ