表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
101/159

第94話 破壊工作部隊と鉄壁の労働者たち

 パリ郊外、ガラスの温室(グリーンハウス)の前に、月明かりを遮るほどの重厚な殺気が立ち込めていた。


 プロイセンとイギリスが放った精鋭の破壊工作部隊。

 彼らは、どんな過酷な任務も無感情に遂行する冷徹なプロフェッショナルである。


「……警備は手薄だ。一気にガラスを叩き割り、発火筒を投げ込め。フランスの希望を、灰の底に沈めてやるのだ」


 工作部隊の隊長が低く命じると、黒装束の男たちが音もなく温室へと散開した。


 パリンッ!

 鋭い音が響き、温室の分厚いガラスの一部が鉄槌によって無残に砕け散る。そこから容赦なく冷たい夜風と松明の火が投げ込まれようとした、まさにその絶体絶命の瞬間だった。


 プシュァァァァッ!!


「な、なんだ!?」

 突然、温室の天井と足元に張り巡らされていた無数の真鍮製パイプから、猛烈な勢いで水柱が噴き出した。


「消火用スプリンクラーよ! ルイが温室の湿度管理と害虫駆除のために設計した水圧システム、最大出力で回しなさい!」

 闇の中から、メガホンを通した私の声が響き渡った。


「火薬が湿る! ちィッ、伏兵か!」

 工作員たちが舌打ちし、発火筒を捨ててサーベルを抜いた。彼らは歴戦の軍人だ。奇襲を受けてもすぐさま陣形を立て直し、暗闇の奥へと殺意を向ける。


 だが、彼らを迎え撃つのは正規軍ではない。油まみれの革エプロンを掛け、レンチや木槌を構えた『パリの労働者たち』だった。


「野郎ども、正面からやり合うな! アタイらの職場だ、地の利を活かしな!」

 カトリーヌの号令とともに、労働者たちは迷路のように入り組んだ温室の栽培ラックの間を、信じられないスピードで駆け抜けた。


「すばしっこい奴らだ……! だが、素人の足回りでこの泥濘でいねいを逃げ切れると……ぐあっ!?」

 工作員が泥に足を取られて体勢を崩した隙に、死角から飛び出した労働者の木槌が、工作員の膝裏を正確に打ち据えた。


「悪いね、アタイらの履いてる『スニーカー』は、パラゴムの深い溝で泥なんてガッチリ掴むんだよ!」


 カトリーヌがニヤリと笑う。一日八時間労働で培ったスタミナと、ピラティスで鍛え抜かれた体幹。彼らはぬかるんだ土の上でも一切ブレることなく、ヒット&アウェイのゲリラ戦を展開し、エリート軍人たちを次々と泥沼に引きずり込んでいった。


 一方その頃。

 チュイルリー宮殿の右翼、『王立工場』への侵入ルートである巨大な下水道の一角でも、静かで致命的な死闘が繰り広げられていた。


「……おかしい。工場の見張りは手薄なはずなのに、なぜ扉のロックが開かないのだ」


 イギリス情報部から送り込まれた爆破工作のプロフェッショナル、コードネーム『フォックス』が、真鍮の扉の前で舌打ちをした。


 手慣れたピッキングツールで鍵穴を弄っていたが、中の複雑なシリンダー機構は、彼の常識を遥かに超える難解さで噛み合っていた。


「無駄ですよ、フォックス。その『五段階多重ロータリー錠』は、我が国の国王陛下が趣味で徹夜して組み上げた、絶対にピッキング不可能なオーバーテクノロジーですからね」


 暗闇の奥から、上品な、しかしどこかサウナの白樺の香りを漂わせた男が歩み出てきた。


「……お前は、アーサー!? なぜ生きている! フランスに捕まってギロチンにかけられたはずでは!」


 元・同僚の姿を見て、フォックスは驚愕に目を見開いた。


「ええ、私は一度死にましたよ。イギリスという名の、労働者を薄暗い工場で十六時間も酷使し、ろくな飯も食わせない『ブラック国家』の呪縛からね」


 アーサーは、仕立ての良いサロペットの袖をまくり上げながら、静かに構えをとった。

「今の私は、週休二日、一日八時間労働。毎日三食の絶品ポテト・ピュレと代替肉ステーキを食し、仕事終わりには100度の熱波と冷たい水風呂で『ととのう』……フランス王立工場の、栄えある物流管理部長です」


「き、貴様……洗脳されたか! 大英帝国の誇りを捨てて、敵国の豚に成り下がるとは!」

 フォックスが懐から小型の短銃を抜き放ち、アーサーの眉間に狙いを定めた。


「死ね、裏切り者ッ!」


 ズドンッ!

 銃声が下水道に反響する。だが、硝煙が晴れた後、アーサーの姿はそこにはなかった。


「なっ!? どこへ消えた!」


「……イギリスの劣悪な食事と、連日の徹夜任務。あなたの動体視力は著しく低下していますね」


 フォックスの真横、死角となるパイプの陰から、アーサーが音もなく滑り出た。

「睡眠不足とビタミン欠乏は、暗所での反応速度をコンマ数秒遅らせる。……かつての私と同じ弱点です。そして、それが勝敗を分ける」


 アーサーの正確無比な手刀が、フォックスの頸動脈を鋭く打ち抜く。

「がはっ……!」


 膝から崩れ落ちた元同僚を見下ろし、アーサーは静かにネクタイを直した。

「……どうです、フォックス。爆弾なんか捨てて、うちの工場に転職しませんか? 今なら、王妃様特製の『生姜とカモミールのシロップ』がウェルカムドリンクでつきますよ」


 フォックスは恨ましげな目を向けたまま、静かに意識を手放した。


 そして、チュイルリー宮殿の中庭。

 工作部隊の残党数名が、工場への侵入を諦め、宮殿の本館へと目標を変えて壁をよじ登ろうとしていた。


「チィッ、労働者どもが地の利を活かしてきやがる! ならば王室の人間を直接人質に……!」


 だが、彼らが壁の中腹に手をかけた瞬間。

 上から、眩いばかりの『金髪』と、月明かりを弾く『長剣』が降臨した。


「ハァァァァッ!!」


「な、なんだこの彫刻のような男は!?」


 スウェーデンの貴公子、ハンス・アクセル・フォン・フェルセンである。

 彼は上着を脱ぎ捨て、見事なシックスパックを輝かせながら、軽やかに着地した。


「夜分遅くに無作法な。マリー様の安眠を妨げる輩は、スウェーデン近衛士官であるこの私が排除しますよ」


「ええい、構うな! 斬り捨てろ!」


 工作員の一人がナイフを振りかざして飛びかかる。

 しかしフェルセンは、流麗な剣捌きでナイフを容易く弾き飛ばし、そのままの勢いで柄頭を男の腹部に叩き込んだ。


「ぐふぅっ!?」


「踏み込みが甘い。体幹が全くブレていますね。大胸筋ばかりに頼るから、剣筋に力が乗らないのです」


 フェルセンは涼しい顔で、次々と襲いかかる工作員たちの攻撃を華麗な体術でいなしながら、的確な「筋肉理論のダメ出し」を入れていく。


「もっとインナーマッスルを意識して! 腹横筋から連動させなければ、実戦ではただの飾りですよ!」


 流れるような筋肉の躍動と洗練された剣技の前に、工作員の残党は次々と地を這い、制圧されてしまった。


「ふぅ……。良い有酸素運動になりました。マリー様の危機を救うこの高揚感、プロテイン三杯分の価値がありますね」


 フェルセンが爽やかに汗を拭っていると、バルコニーから私とルイが顔を出した。


「フェルセン! アーサー! そっちも片付いた!?」

私が声を張り上げると、二人は親指を立てて笑顔で応えた。


「完璧です、アントワネット!」

 ルイが、手元のスイッチボードをパチンと切り替えながらドヤ顔をした。


「念のため、宮殿の周囲に張り巡らせた『パラゴム製・超弾力ネットトラップ』も作動させておいたよ。これで逃げようとしたネズミも一網打尽さ!」


 ビヨォォォンッ! という間抜けな音とともに、逃げ遅れた工作員たちが次々とゴムのネットに絡め取られ、ミノムシのように宙吊りになっていく。


 勝負は、決した。


 夜明け前。

 温室と工場の前に縛り上げられた数十名の工作員たちは、ボロボロになりながら、信じられないものを見る目でフランスの労働者たちを見上げていた。


「……馬鹿な。軍の精鋭である我々が、ただの平民と、オタクの王と、サウナ狂いのスウェーデン人に……全滅させられただと……?」


 隊長が血を吐きながら呟く。


「だから言っただろう?」

 カトリーヌが、巨大なレンチを肩に担いでニヤリと笑った。


「アタイらは、王妃様に『健康』と『仕事』をもらったんだ。自分たちの居場所を守るためなら、地の果てまで追い詰めて叩き潰してやるのさ。……おい、こいつら、どうする? 警察に突き出すか?」


 私が、バルコニーから彼らを見下ろしながら扇子を広げた。


「いいえ。そんなことをしたら外交問題でややこしくなるわ。……アーサー、彼らの身ぐるみと武器を全部剥いで、パンツ一丁にしてイギリスとプロイセンの国境線に『着払い』で送り返しなさい」


「イエス、マイ・マム! 素晴らしい屈辱ですね!」


「それと、彼らのポケットにこれをねじ込んでおくのよ」

 私は、ナポレオンに合図をした。


 ナポレオンは、不敵な笑みを浮かべながら、工作員たちのパンツの隙間に『ベルサイユ・ライフスタイル・コレクション』の最新号カタログをねじ込んでいった。


「……相手の国のトップに伝えてちょうだい。『武力で私たちの工場を壊そうとするなら、私たちは何度でも防ぎ切る。でも、もしあなたたちが大人しくカタログから注文するなら、極上のVバーガーと美顔器を売ってあげなくもないわよ』……ってね」


 経済の暴力と、知略を尽くした物理の防衛戦。

 その両方を完璧に跳ね返したフランスの姿に、工作員たちは心を折られ、ガックリと首を垂れた。


 マリー・アントワネット、24歳。

 彼女の作り上げた「ホワイト企業の絆」と「地の利を活かした防衛網」は、対仏大同盟の卑劣なサボタージュを無力化し、ついにフランスを『誰にも壊せない難攻不落の健康要塞』へと押し上げたのである。


 しかし、外敵を物理的に退けたとはいえ、四面楚歌の状況が変わったわけではない。

 真の解決には、さらなる「大きな一手」が必要だった。


 その翌朝。

 チュイルリー宮殿に、オーストリアの紋章を掲げた一羽の伝書鳩が、極秘の暗号文を携えて舞い降りたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ