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天降るお伽噺〜国一番の魔法使いは超絶美形の侯爵様に溺愛されています〜  作者: 鳥縞つぐみ


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30/34

30 朝の訪問者

 北の館に戻ったヴェーヌは、そのまま自分のベッドにダイブした。ふかふかの布団は、マルスの手腕だ。洗い立てのシーツに、柔らかい掛け布団。しっかりと頭を支える枕の高さはジャストフィットだ。


「ヴェーヌお嬢様、お帰りなさいませ」


 マルスは、既に布団に飛び込んだヴェーヌに声を掛ける。


「寝巻きにお着替え下さい」


「ああ、分かった」


 いつもなら「お嬢様はやめろ」とひとこと言わずにはいられないヴェーヌだか、もう、そんな気力もない。

 マルスの言うことを素直に聞き、しかし、不精をして着替えを魔法で済ます。


「あらあら、お嬢様、日常的な事柄は極力魔法を使わずに行うよう、ヴァルムート様に言い遣っておりますのに」


「今日は…いいんだ」


 マルスは呆れ顔で自分の主人を見ていたが、すぐに静かな寝息が聞こえてきたので、聞きたかったことを諦めた。


「ユリウス様にお会いになって、どうされたのか…」


 婚約を解消したか、結婚を決めたか、どちらかに違いないとマルスは考えていた。どちらに転んでも、大事な主人のために動くことは決まっている。マルスは、ヴェーヌのかわいい寝顔を見ながら、その幸せを願った。





「おはよう、ヴェーヌ。いい朝だよ」


 意外にも、朝に強く早起きのヴェーヌだが、そのヴェーヌを起こす声がした。声の主が誰かを考えるより早く、反射的に体を起こす。寝起きがよいのがヴェーヌの取り柄だ。


 ヴェーヌのベッドの脇に立っていたのは、にこやかだが、少し眠そうな顔をしたユリウスだった。北の館から王城のある王都まで、馬で一週間はかかる。一体どうやってここまで来たんだ?


「ホワイエ侯爵邸から来たんだよ」


 ヴェーヌの疑問を見透かしたように、ユリウスが答えた。そうだった。あそこの扉は北の館に続いているのだ。


「昨日、約束しただろう?明日の朝、会いにくると」


「婚約は解消だ。だから、約束ももう必要ない」


「十七年経っても、婚約者として扱ってくれるなんて思ってもみなかった」


 少し眠気が残るのか、ぼんやりした笑顔のユリウスに、ヴェーヌでなくとも毒気を抜かれるだろう。しかし、ヴェーヌは、ユリウスに僅かに視線を向けただけで、さっさとベッドから下り、くるりと人差し指を回して、小さな魔法を次々繰り出した。

 歩きながら寝巻きを黒いワンピースに着替え、ぼさぼさの髪を整え、温かい蒸しタオルを現して顔を拭き、使い終わったタオルを消し、私室の扉を静かに開け、滑るように階下へと降り立った。どれも一つ一つはささやかな魔法だが、まるで息をするように自然に繰り出された魔法は、やはりヴェーヌでなければ出来ない魔法だった。

 そして、そのまま、台所兼居間のダイニングテーブルに着席すると、当然のようにマルスが朝食を運んでくるのを待った。


 ヴェーヌの向かい側には、これもまた、何故か当然のようにユリウスが追いついて座った。

 

 ヴェーヌの顔は笑っていないが、しかし、怒っているわけではない。自分の気持ちもユリウスの気持ちも測れず、困惑しているだけだ。


 ほどなくマルスが朝食を運んでくる。ワンプレートにスクランブルエッグ、厚切りのベーコン、レタスと人参のサラダが添えられている。パンは別でカゴに盛られている。いつも通り、マルスの料理はシンプルなのに美味い。

 食べているうちに、ヴェーヌは機嫌がよくなる。これも、いつものことだ。

 向かい合い座るユリウスも、黙ってマルスの出した朝食を口に運ぶ。朝食を味わいながら、ヴェーヌの表情を観察し、ヴェーヌの頬が少しずつ頬の弛んできた頃合いで口を開いた。


「朝食が済んだら、王城と北の館を扉で繋げてくれないか」


 優しく美しい声で、ユリウスが願いを口にすれば、誰でも喜んで了承する。

 ヴェーヌとて、ユリウスの願いを断る気はない。それでも、食べる手は止めず、食べながら頷いた。


「あら、ユリウス様、扉なんて要りませんわ」


 食事をする二人の側に、いつでも給仕ができるよう控えていたマルスが、しれっと口を挟む。


「ユリウス様がこのままこちらに住めばよろしいではありませんか」


「マルス、素敵な提案をありがとう」


 ユリウスは、美しい笑みでマルスに感謝を伝えた。


「でも、国王陛下から、前国王の死因について調べるよう依頼された。調査が終わるまでは、ヴェーヌと一緒に城暮らしになる」


「わたしもか!?」


 食べることに集中していたヴェーヌが顔を上げ、思わず大きな声で問い返した。


「ああ、陛下からの勅命だよ」


「…だから、迎えに来たのか」


 内心、ユリウスの訪問に気持ちをくすぐられていたヴェーヌは、たちまち自分の気持ちが萎むのを感じた。

 ユリウスは、分かりやすいヴェーヌの反応が嬉しい。しかし、ここで自分がその可愛らしさにくすりと笑えば、ヴェーヌは反発して天邪鬼な受け応えをすると容易に想像がついた。だから、努めて真顔で話を続けた。


「いいや。陛下は調査に関しては、それほど急いではいない。ヴェーヌが扉を作らず北の館に帰ったと報告したら、馬車を出すからヴェーヌを迎えに行けと頼まれた。でも、馬車で一週間もかけてはいられない。せっかく再会できたヴェーヌとできるだけ一緒にいたいからね。だから、急いだんだよ」


 ユリウスの甘い言葉を真に受けて、口元を弛めるわけにはいかない。ヴェーヌは、ユリウスの言葉に無関心を装った。


「マルス、ご馳走様。美味しかった」


 マルスが、食器を下げにテーブルまで進み出た。


「ユリウス様、馬車で一週間かかるなら、この一週間は休暇と思って北の館でごゆっくりお過ごし下さい」


 マルスの頭は猫だが、手は人のそれだ。猫の手は仕事に向かない。

 ヴェーヌとユリウスがそれぞれ使った2枚のプレートを重ねて、その上にカトラリーを載せると、空いたもう一方の手でパンの入っていたカゴを持ち、ちらりとユリウスを見た。


「ヴェーヌ様のベッドは大きいですから、ユリウス様が一週間ご一緒に使って頂いて大丈夫ですわ。枕を追加いたしますね」


 二人の反応も見ずに、マルスは台所に向かった。

 ヴェーヌは、マルスの言葉に内心狼狽えたが、カゴのパンに手を伸ばし、聞こえなかった風を装う。ユリウスは、ヴェーヌのそんな姿を愛でながら、マルスの言葉を笑顔で受け取り礼を言った。


「マルス、ありがとう」

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