27 ルーウィツ公爵家の跡継ぎ
バタン!
ヴェーヌが勢いよく扉を開けた。
そこは、かつて見たことのある場所だった。ルーウィツ公爵邸の二階の西側一番端の部屋。ヴェーヌが与えられた、こじんまりした子供部屋の扉を開けて邸内の廊下に出た形になった。多分、主のない誰も使わない部屋で、城と繋げるには丁度良かったのだろう。
「ここは?」
ヴェーヌの後からついてきたジールが、廊下に出て辺りを見回した。
「ルーウィツ公爵邸だ」
ヴェーヌが答える声と同時に別の声が上がった。
「誰だ?」
声を発した男の手から、ヴェーヌ達を突くように、強い風が音を立て巻き起こった。魔法だ。
ヴェーヌは、それを瞬時に消し去った。魔法の残滓が儚い空気の揺らぎになった。
「ヴォルク、久しぶりだな」
ヴェーヌが挑発するように、男の名を呼んだ。
ヴォルクはデュヴァイン・ルーウィツ公爵の内孫だ。ヴェーヌの額を傷付けたナセルと共に、ずっとヴェーヌを虐げていた。
しかし、5歳のヴェーヌは彼等に劣ったが、7歳のときに立ち場は逆転した。跡継ぎ選定に窮したデュヴァインは、レイシアの眼を頼り、孫を連れて北の館を訪問した。そこでヴェーヌと再会したデュヴァインは、跡を継ぐのはヴェーヌしかいないと言ったのだ。ヴェーヌは、それを断った。ヴァルムートもヴェーヌの意思を尊重した。結果、ルーウィツ公爵家の跡継ぎは、ヴォルクになった。但し、ヴォルクが跡継ぎになるには条件があった。
「何故、お前がここにいる?」
自分の魔法が一瞬にして消し去られ、ヴォルクは苦々しい顔だ。
「城と公爵邸を扉で繋いだのはヴォルクか」
冷ややかな声でヴェーヌが問いただす。
「そんなことは、お前に説明する必要はない!」
吐き捨てるように、ヴォルクが答えた。
ついと、ユリウスがヴェーヌの前に出た。
「ヴォルク・ルーウィツ公爵御令息、久方ぶりですね。わたしは、ヴェーヌの婚約者、ユリウス・ホワイエです」
ヴェーヌは、ユリウスの「婚約者」という言葉に、まだ婚約は有効なのかと内心嬉しいような切ないような複雑な気持ちになった。いかん、いかん、今はそんなことを考えているときではない。あたまをぶんぶん振り回し、邪念を振り払う。
一方、ヴォルクは、美しいユリウスの姿と上品な声音に毒気を抜かれていた。ヴォルクの見目は、美しいとまではいかないが整っている。幼少期に我儘一杯に過ごしたせいか、やや意地悪そうな顔立ちのひょろりとした男だ。
そんなヴォルクに、いつもなら誰にも笑顔で接するユリウスが、驚く程に冷ややかな目を向けていた。
得体の知れない恐ろしさに、ヴォルクは身震いした。
「お、俺は、こっこっ公爵子息ではなく、公爵だ。二年前に結婚と同時に爵位も継いだ。…そっそれに、ホワイエ卿とは面識がなかったと…」
「失礼。襲爵されていましたか」
ユリウスの発する言葉は、何の変哲もない言葉だが、ヴォルクは、その声に何故か凍りつくような気持ちがした。むしろ、次に続いたヴェーヌの自分を小馬鹿にした口調の方が、ヴォルクは救われる気持ちがした。
「会ってるぞ、一度。北の館に曽祖母様に会いに来たときに挨拶しただろう」
ヴェーヌは、しっかり覚えていたが、ヴォルクには記憶がないようだった。当たり前だ。十八年も前のことだ。
「シーシャはいるか?」
ヴェーヌは、たじろぐヴォルクに冷たく訊ねた。
「シーシャは、駄目だ。会わせられない」
「なんだ?何を隠している?」
ヴェーヌは、そのままヴォルクの横を通り過ぎ、ずかずかと屋敷の中央にあるシーシャの部屋へ向かって廊下を進んだ。
「おい、待て!」
ヴォルクは慌てたが、ヴェーヌは気にしない。
遠くから赤子の泣く声が聞こえた。ルディウス王子は、今頃は自室のベッドでルゼが寝かしつけているはずだ。だとしたら……ヴェーヌの足は知らず早足になる。そして、迷わず一つの扉に向かって進んだ。
扉をバタンと開ける。
「シーシャ!おめでとう!」
「あら、ヴェーヌ!来てくれたのね。嬉しいわ」
大きな天蓋付きベッドで、赤子を抱いている女性が、嬉しそうにヴェーヌを迎えた。
後から付いてきたヴォルクは顔をしかめた。その後ろから、ユリウスとジールが部屋に入った。室内入口扉横には、侍女が一人立ち、ベッド脇にも二人立っていた。
扉横の侍女は、勢いよく入ってきたヴェーヌを止めることが出来ずに内心慌て、二番目に主ヴォルクが入ってきたのを見て安堵し、三番目に続いたユリウスの美しさに目を奪われ、四番目の来訪者が国王陛下であることに気付き固まってしまった。
「可愛いな。無事の出産、本当におめでとう、シーシャ」
「ありがとう、ヴェーヌ。抱いて下さる?」
「ああ」
ヴェーヌは、シーシャの腕から、そっと赤子を譲り受けた。先程まで泣いていたのは、オムツが濡れていたからか、赤子は新しい肌着に心地良さそうに瞼を落としていた。
「ヴェーヌ、この子に名前を付けてくださらない?」
「いいのか?」
ヴェーヌは、嬉しそうに問い返した。
「シーシャ」
横からヴォルクが口を挟んだ。
「あら、あなた。ヴェーヌを連れてきて下さって、ありがとう」
シーシャがにっこりと礼を言う。多分、牽制なのだ。ヴォルクがヴェーヌを歓迎する訳がないと、よく分かっている。
「……」
シーシャに礼を言われて、反論するわけにもいかない。ヴォルクは黙ってしまった。何しろ、ヴォルクが公爵家を継げたのは、シーシャのお陰だ。
かつて、レイシアが提示した後継案は「シーシャと結婚した者」だった。シーシャの魔力はヴェーヌに次いで大きかった。シーシャは、デュヴァインの外孫で三男ヴィセルの娘。ヴェーヌを傷付けたナセルの妹だ。シーシャは、女公爵となることもできたが、その責任の重さに自ら辞退を申し出た。そして、レイシアの提案は、そんなシーシャを公爵家の女主人に据え「必ず女児をもうけ、次代もその伴侶か本人に公爵家を継がせる」というものだった。
「魔力の継承は女の方が優性だ」というのが、レイシアの考えだった。そして、魔力が見えるレイシアだからこそ、シーシャには魔法の才があると判断できたのだ。
「この娘の名前は、曽祖母から頂いて『レイシア』はどうだろうか」
「『レイシア』!素敵だわ。ヴォルク、あなたもその名で良いでしょう?」
「ああ」
ヴォルクも、まさか、気に食わないヴェーヌの名付けとはいえ、歴史に残る大魔法使いの妻であり、曽祖母であるレイシアの名前に異議を唱えるわけにはいかない。
「シーシャ、レイシアの魔力は期待通りだ。次代の女公爵として、大切に育てるといい」
ヴェーヌは、にこやかに小さなレイシアの魔力を讃えた。
「ありがとう、ヴェーヌ。あなたにそう言われると安心だわ」
「しかし、間違っても幼いうちから魔法を使わせてはならない。そうだな、六つの歳までは、魔法のない暮らしをさせるといい」
ヴェーヌの言葉にヴォルクが食ってかかる。
「公爵家の後継者教育にお前の口出しなんか無用だ!」
ヴォルクの言葉にヴェーヌは冷ややかに笑う。
「…いいさ。試しに公爵家のこれまでの方針に倣って、二歳位から魔法を使わせてみろ。みんなルーウィツ公爵家の男共程度にしか魔法が使えなくなるぞ。楽しみだな」
シリウスの顔が蒼白になる。
「なんだ?聞かされてないのか?お前達の魔法がヴァルムートの血筋の割にぱっとしないのは、デュヴァインの失策だ。魔法を自分の手足と同じように動かすには、自分の手足を自在に動かせるようになってからでなければ難しい。そして、一度、難しいと思ったが最後、魔法は一生難しいものになるのさ」
「そんな…」
ヴォルクはもう反論しない。恨めしそうにヴェーヌを睨むしかなかった。




