26 扉を繋げる
ガタン。馬車が静かに止まった。城に着いたのだ。
ヴェーヌとユリウス、ルディウスを抱いたルゼは、馬車を降りた。
「お帰りなさいませ」
執事が出迎えた。お帰り?ヴェーヌは一瞬、疑問に思うが、そうだ、ユリウスは暫く城に滞在するのだ。ルゼは今日からこの城に住み込みで働くのだ。納得し、案内されるまま城の中へ進んだ。
ようやく辿り着いた食堂のテーブルには、カトラリーは並んでいるが、まだ料理の気配はない。ジール王もいない。
「食事が出ないなら、帰る」
踵を返そうとしたヴェーヌは、後から来たジール王にぶつかりそうになる。
「おっと。いかがした?ヴェーヌ殿」
「食事が出ないなら帰る」
憮然と言い放つヴェーヌに、ジール王は心底おかしそうに笑った。
「席に着けばすぐ運んでくる。座ってくれ」
「ヴェーヌ様、こちらへ」
ルゼが椅子に招く。
「ヴェーヌ、座ろう」
ユリウスが椅子を引いた。
ヴェーヌが座ると、当たり前のように隣にユリウスが座る。
ルゼが、お辞儀をして下がろうとするとジール王が呼び止めた。
「ルゼ嬢も一緒に」
「恐縮ですが、ルディウス殿下を部屋で休ませますので、失礼させて頂きたいと存じます」
「そうか。では、ルゼ嬢の食事はルディウスの部屋へ運ばせよう。今日はありがとう。助かった」
「ありがたきお言葉。謹んでお受け致します」
ルゼは、王子を抱いたまま、ふわりと美しいお辞儀をして、食堂を辞した。
「さて、と」
ジール王は立ったまま、ユリウスとヴェーヌに視線を向けた。本来なら、王が座るまで、客人も立って待ち、王の着席の後に座るのが礼儀だか、ヴェーヌは全く気にしていない。ユリウスは分かっていてわざとヴェーヌに倣っていた。
ジール王が座るまで、料理は運ばれてこない。恨めしい気持ちで、ヴェーヌはジール王を見る。
「お待たせした」
そう言ってジール王は上座に座り、それを合図に料理が静々と運ばれ始めた。
ヴェーヌの食べる所作は美しい。しかし、何故か勢いを感じる食べ方は、一口が女性にしては大きいからだろうか?それとも、ヴェーヌの前に並べられた料理が消えるスピードが早いからだろうか。
ヴェーヌが、あまりに食事に集中しているので、ジールは話し掛けるのを躊躇った。
「料理はどう?お気に召したかな」
ユリウスがヴェーヌにそっと声を掛けた。ヴェーヌは、食べる手を止めずに、ユリウスを見、頷くと視線を皿に戻した。
結局、メインディッシュの皿がきれいになり、食後のデザートが運ばれる段になって、やっとジールはヴェーヌに話し掛けた。
「ホワイエ卿、ヴェーヌ殿、今日は一日、苦労をかけた」
「労いのお言葉、ありがとうございます。陛下も本日は朝から、我々と行動を共にして下さり、感謝しています」
ユリウスは、当たり障りのない返答だ。
「苦労を掛けたと思うなら、なぜホワイエ邸から呼び戻した。わたしは、北の館に戻って休みたかった」
ヴェーヌは、ジール王に視線を向け、ずけずけと物を言った。
「それは、すまなかった。しかし、この城と北の館を繋げて貰いたい」
「何のために?」
ヴェーヌの口調は冷たい。
「ヴェーヌ殿に仕事を依頼したい。こちらから依頼に行くにも、呼び立てるにも、北の地は遠い。お願いできないか」
「わたしもここにいるから」
横からユリウスが一言添えた。
考えるときの癖で自分の頭に手をやろうとしたヴェーヌは、食堂だと気付いて、手を引っ込めた。仕方なく、目の前の紅茶をすする。ヴェーヌの好きなミルクティーだ。食後に出されるのは珍しい。おそらく、ユリウスがヴェーヌの為にオーダーしてくれたのだろう。
断ると、押し問答になり、時間ばかりが無駄に過ぎるに違いない。
「分かった。とっとと繋げて、帰る」
ヴェーヌは、ミルクティーを飲み干し、立ち上がった。
「どこと繋げる?案内してくれ」
ジールは、メインディッシュのステーキを切り分けていたが、ヴェーヌに促されるまま、慌てて立ち上がった。
「ヴェーヌ、陛下の食事が済んでいないよ。わたしのデザートもあげるから、もう少しお待ち」
「あ…ジール王、すまん。食べ終わるまで待つ」
ヴェーヌはすとんと座り直し、ユリウスが差し出した二つ目のサンポケードをゆっくりゆっくり食べた。しかも、ユリウスが給仕に指示をして、二杯目のミルクティーがさりげなく運ばれてきた。
「扉は、城の1階の西側1番奥の部屋にしようと思う。誰も使っていない使用人用の部屋で、突き当たりには2階へ続く階段もあるし、2階の執務室にも近いから使い勝手がいいだろう」
「よく分からんが、分かった」
ジールの食べながらの説明にヴェーヌは分かったのか分からないのか分からない返事をして立ち上がった。
「ジール王は、食事を続けてくれ。わたしは、西奥の扉へ行ってさっさと用を済ませてくる」
ヴェーヌが立ち上がると、ユリウスも当然のように立ち上がった。
「陛下、無事済みましたらご報告に上がります」
ユリウスは言い、ヴェーヌを追った。
ジールはまだデザートに手を付けていなかったが、様子が気になり食事を続けるどころではない。 ヴェーヌとユリウスを追って食堂を出た。
窓のない1階西側の廊下は、冷たい空気の中で壁に等間隔で灯された蝋燭が微かに揺れていた。三人が廊下を進みながら空気を揺らしているのだ。
扉の前に来るとヴェーヌは微かに胸騒ぎがした。
「この扉はだめだ」
「そうか」
ユリウスはヴェーヌの言葉を肯定したが、後ろに立つジールはそのまま疑問を口にした。
「なぜ、だめなんだ?その扉に何かあるのか?」
「他の場所と繋がっている」
「えっ?」
思ってもない言葉に、ジールは間抜けな声を出した。
「どこに繋がっているか、分かるかい?」
ユリウスが優しく問いかけた。
「開けてみないと分からない…」
ヴェーヌがぽつりと答えた。
ヴェーヌの性格なら「分からないものは開けてしまえ」と動くところだ。それを躊躇っているということは、怯む何かがあるのだ。
「誰のかけた魔法なんだろうね」
「…わたしは、こいつの魔力が嫌いだ」
「魔力に好きと嫌いがあるのか?」
ジールはつい、尋ねた。
「そうだ。美しい魔力と平凡な魔力があるように、こいつの魔力は矮小な上に品がない。これは、だめだ」
「では、他の扉と繋げてくれ」
ジールの言葉に、ヴェーヌはかっとなり強い口調で言い返した。
「何を言ってる⁈ 他所に繋がっている扉がここにあるなら、この城にそいつが出入りしてるんだ。しかも、そいつは、わたしの嫌いなやつだ。わたしの屋敷とこの城を繋げて、その扉から嫌いなやつが北の館に入ってきたらどうする?」
「…すまない。軽率だった」
ジールは萎れた。
「嫌いなやつなら、やっつければいい。ヴェーヌは世界一の魔法使いなんだから」
ユリウスが何でもないことのように言った。
「やっつけるわけにはいかないだろう」
「なぜだ?」
ジールが尋ねた。
「城に出入りしている魔法使いなんだ。そいつは、ルーウィツに決まってる」
「やっつけたらいいさ。相手は、陛下の許可も得ず扉を繋げた不埒者だ」
ユリウスはにっこりと笑顔を作って言った。
「いや、だが、兄上か、あるいは父上が許可したのかもしれない…」
「誰かが許可していても構わないでしょう。『ジール陛下は知らなかった』。それだけで粛正の理由になります」
ジールは怯んだが、ユリウスは、ただ美しい笑顔を作ってヴェーヌを促した。




