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天降るお伽噺〜国一番の魔法使いは超絶美形の侯爵様に溺愛されています〜  作者: 鳥縞つぐみ


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24 回想 〜ルーウィツ家のささやかな紛争〜

「わたしは、ヴェーヌのお母上に、婚約者としてヴェーヌを守ると約束した。

 でも、実際は違った。ヴェーヌの魔力は強く、公表こそされていなかったけれど、ヴァルムートを介してルーウィツ公爵家が後ろ立てだ。わたしの役割は、力ある魔法使いヴェーヌをアウフ王国に繋ぎ止める役だった。

 つまり、わたしはヴェーヌを守るどころか、ヴェーヌの足枷なんだよ」


 王城へ向かう場所の中、ユリウスは娘ルゼに向かって、美しい顔をぴくりとも動かさず、淡々とヴェーヌとの関係を話した。ルゼは、何と言葉を返すべきか分からない。


「足枷じゃないだろ。十七年も姿を隠しておいて」


 不満そうな顔で、ヴェーヌが否定する。


「でも、ヴェーヌは待っていてくれただろう?」


 不貞腐れたヴェーヌを心底愛しむような笑顔で視線を向けるユリウスの、この、揺るぎない自信はどこからくるのか。ヴェーヌは癪にさわる。


「待ってなんかないぞ。ユリウスがいなくなってから、ヴァルムートとレイシアが亡くなって、ルーウィツ公爵家がうるさくて…」


「公爵家の方々が、ですか?」


「ああ、そうだ。デュヴァイン・ルーウィツ公爵の孫息子達だ。本当ならわたしの従兄弟なんだが、立場的には姪孫(てっそん)だ。あいつらが大叔母のわたしにいやがらせしてきたからな」


「ルーウィツ公爵の孫と言えば、モニカ様の三人のお兄様であるレヴン様、次男で伯爵家に入婿されたヴィクトール様、三男で子爵位のヴィセル様のお子様ですか?」


 さすがルゼ。すらすらと名前が出てくる。


「そうだ。レヴンの息子ヴォルトとヴィセルの息子のナセル。それにナセルの妹のシーシャが加わってな。ヴォルトがナセルに命令して、ちまちまと魔法で嫌がらせをしてきた」


「ちまちま?」


 ルゼは「ちまちまと魔法を使う」ことをイメージ出来ないらしかった。

 ユリウスの代わりに、今度はヴェーヌが昔話を始めた。

「水をかけたり、泥をなげたり、そんなやつだ」


「水や泥を操る魔法はちまちましているのですか?」


「そりゃあ、どんな魔法も上手く操れれば素晴らしい。でも、奴らの魔法は…つまりな、自分の手でやった方が上手くいくレベルだったんだ。バケツに水汲んでかけられた方が、まだダメージがあったかもしれん」


************


 ヴェーヌ 5歳


 レイシアの体調が思わしくない時期、ヴァルムートは、息子デュヴァインにヴェーヌを預けた。


「おい、チビ!」


 ヴェーヌを追い回すのは、デュヴァインの孫で、三男ヴィセルの息子、六歳のナセルと四歳の妹シーシャだ。ナセルは長男レヴンの息子、七歳のヴォルトに命令され、言われるがままにヴェーヌに嫌がらせをしてきた。そのナセルの妹シーシャは、兄とヴェーヌがただ遊んでいるのだと思って、兄とヴェーヌの後を追いかけて喜んでいた。


「あっちへ行け。わたしに構うな!」


 ヴェーヌが怒鳴ってもナセルはしつこく、ときには取っ組み合いのケンカになった。二人共小さかったから、腕力もなく、大したケガは負わなかったが、チビで痩せっぽちのヴェーヌは、全力で抗っても勝てない争いに、うんざりしていた。


 そんなとき、ヴェーヌの額が切れた。ナセルがヴェーヌを背中から突き飛ばし、転んだ先に石があったのだ。突然で受け身が取れなかった。切れた額から血が滴り落ち、痛いのも、腹立たしいのもヴェーヌであるのに、騒いだのはナセルだった。そして、それを見ていたシーシャも泣いた。


「うわぁ〜」

「え〜ん、え〜ん」


 ナセルは、「大丈夫か?」でも、「ごめん」でもなく、ただ大声で騒ぎ立てた。ナセルの叫び声と、釣られて泣いたシーシャの声を聞いて、近くにいた召使いがやってきた。そして、血を流していたのはヴェーヌなのに、ナセルとシーシャが召使いにしがみついた。

 起き上がり、ぱっくりと開いた額からだらだらと血を流すヴェーヌは、強い眼差しでナセルとシーシャを宥める召使いを見ていた。


「何があったのですか?」


 しがみつくナセルとシーシャは答えない。召使いは、困ったようにヴェーヌに視線を送る。


「ナセルがわたしを突き飛ばし、転んで額を切った」


「ぼ、ぼ、ぼくが切ったわけじゃない!」


 あんなに泣いていたナセルが、大声で言い訳する。バカバカしい。


 騒ぎを聞いて、次に現れたのはデュヴァインだった。モニカの父であり、ヴェーヌ、ナセル、シーシャの祖父だ。しかし、戸籍上はヴェーヌの兄である。五十一歳のデュヴァインと、五歳のヴェーヌ。兄弟というには無理があった。


「兄上…」


 ヴェーヌが呟いた声は、デュヴァインに届いていたが、応えなかった。デュヴァインにとっては可愛がっていた娘が公爵家を去った一因である。それがなければもっと身近に嫁ぎ先を整え、今も娘の顔を見ることが出来たのだと思うと、デュヴァインは、ヴェーヌを恨めしく思う気持ちが拭えなかった。

 

 ヴェーヌの額から滴る血から目を背け、デュヴァインは自分の後ろに控えていたフットマンに静かな口調で指示を与えると、そのまま邸内に姿を消した。


「ヴェーヌ様、失礼いたします」


 フットマンは、ポケットから出した白いハンカチをヴェーヌの額に当てた。


「わたくしがヴェーヌ様を抱いて運びます故、申し訳ありませんがヴェーヌ様には、このハンカチを押さえていて頂きますようお願いいたします」


 フットマンは、ヴェーヌが右手でハンカチを押さえるのを確認し、ヴェーヌをそっと抱き上げた。そして、邸内のヴェーヌに与えられた部屋に運び入れ、部屋のソファにヴェーヌを座らせて言った。


「只今、お医者様をお呼びいたしますので、ヴェーヌ様はこのままここでお待ちください。血が出ていますので、歩き回ると倒れるかもしれませんから、くれぐれもここから動きませんように」


 フットマンが慌ただしく出ていくと、疲れたヴェーヌはいつの間にか眠ってしまった。出血のための貧血であったかもしれない。とにかく、目が覚めたらベッドで寝ていた。そして、ヴェーヌの目の前にホワイエ侯爵夫人マリアンヌがいた。


「ヴェーヌ様、お迎えに上がりましたわ。ケガをした身での移動はお辛いと思いますが、ホワイエ侯爵邸にいらして下さい。レイシア様がお元気になるまで、ヴェーヌ様のお世話はわたくしにお任せください」


 ルーウィツ公爵邸から出られることは、ヴェーヌを安堵させた。既にヴェーヌとマリアンヌは面識があった。ヴェーヌが1歳の時にユリウスと顔合わせしてから、年に数回、交流していたのだ。


「マリアンヌ様、ありがとうございます」


 歳に似合わない丁寧な言葉遣いで深々と頭を下げるヴェーヌを、上から覆うようにマリアンヌは抱きしめた。まだ、僅か五歳のヴェーヌが大きなケガを負った。マリアンヌは、公爵邸にヴェーヌを守る者が誰もいないことを腹立たしく思った。そして、その状況を受け入れるしかないヴェーヌを哀れに思った。

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