20 ルーウィツ公爵令嬢の娘
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モニカ・ルーウィツは、焦っていた。何しろ、月のものが来ない。しかも、心当たりがあるのだ。
きっと、あの夜、あの人とひと時過ごした、あの時に違いない。と言うか、他はないのだから、それしかないのだ。
しかし、相手の名前も何も知らないのだ。モニカは、自分の貞操観念が自分で信じられなくなった。仕方ない。もう、ただ、祈るしかない。
モニカは、美しい娘だ。大きく見開くヘーゼルアイは長い睫毛に覆われている。ヘーゼルブラウンの柔らかな長い髪を編み込んで、いつも、品の良いアイボリーカラーのワンピースに身を包んでいる。小さく整った顔に華奢な手足に折れそうに細い腰。見た目だけでなく、中身も、四大公爵家の一つルーウィツ家の令嬢として、教養にとどまらず、学問や芸術への造詣も深い。
まとまりかけていた縁談は、父に頼んで断って貰おう。でも、もし、自分の予想通り、お腹に子がいたら…モニカは、迷った。産むのか?産まないのか?産むなら、自分で育てるのか?養子に出すのか?
通い慣れた教会で、モニカは慈悲深い神に祈った。何もかも自分では決められない。「神様、神様、慈悲深き神様。道を示して下さい。わたくしは、神様の示す通りの場所へ行きましょう」
目を閉じて、神を模った美しい白い像を前に膝を付き、モニカは祈った。何か、ふわりと暖かい気配を感じた。不思議と目を開こうとは思わなかった。暖かい気配と共に、声とは違う、頭の中に直接語りかけるような言葉を感じた。
『お腹に宿した娘を、ユリウス・ホワイエと婚約させるが良い』
娘?そう、お腹の子は娘なのね…。妙な感動を覚えながら、モニカは声ならぬ声に耳を傾けた。
ユリウス・ホワイエ?ホワイエ侯爵家のあの綺麗な男の子だわ。公爵家の血筋とはいえ私生児では、婚約者になって欲しいなんて言えないわ…。モニカはずっと同じ姿勢で祈りながら、考えていた。
「お母様、どうしたのですか?」
モニカの背後で男の子の声がした。
「ユリウス、少し待ってくれる?お母様は、モニカ様にお話しがあるの」
モニカは背後の会話に驚き、顔を上げて振り向いた。
「モニカ様、ごきげんよう。お会いできて嬉しいですわ。ですが、申し訳ありません。お祈りの邪魔をしてしまいました」
「いいえ、いいえ」
モニカは、急いで立ち上がりマリアンヌ・ホワイエ侯爵夫人の側に歩み寄った。
「マリアンヌ様、ごきげんよう。お会いできて嬉しいですわ。わたくしも丁度お話ししたいことがあって…」
「まあ、お互いに話したいことがあるなんて、嬉しい偶然ですわね」
「マリアンヌ様、急なことですが我が家にお招きしてもよろしいですか?ゆっくり、お茶をしながらお話しをさせて下さい」
「ありがたい申し出ですわ。…あの、不躾なお願いですが、ユリウスもご一緒させて頂いても構いませんでしょうか?」
申し訳なさそうにマリアンヌは言ったが、モニカは幸いと快諾した。
「もちろんですわ」
モニカは、とにかく今すぐに婚約の話をしなければならないという気がしていた。マリアンヌだけでなく、当のユリウスにも、ぜひ受け入れてもらいたい。このタイミングでユリウスとマリアンヌに会うということは、神様の思召しに違いない。
モニカは、目の前のユリウスと視線が合うよう、ふわりと床に跪き話し掛けた。
「ユリウス様、急なことですが、お母様とご一緒にルーウィツ家にお招きしてもよろしいですか?」
「ええ、お招き頂き大変光栄です。謹んでお受け致します」
ユリウスの八歳とは思えない礼儀正しい口調に、モニカは感心し、にっこりと笑って感謝の気持ちを口にした。
「ありがとうございます、ユリウス様。では、わたくしの馬車で一緒に参りましょう。ホワイエ侯爵家には、馬車だけ先に戻し、お二人がルーウィツ家にいることを伝えてもらいましょう」
ユリウスとマリアンヌは、モニカと共にルーウィツ公爵家の馬車に乗り込み、公爵邸に向かった。
公爵邸に着くと、モニカは慣れた口調で出迎えた侍女に指示を出し、人払いをしたティールームでユリウスとマリアンヌと向かい合い座った。
どう切り出したものか…モニカが思案しているのと同様に「話したいことがある」と言ったマリアンヌも口が重く、やはり思案しているようだった。年齢的には、マリアンヌが先に話し出すもので、家格でみればモニカが先に話すのが普通だ。
二人の様子に、聡いユリウスは礼儀を知らない子どものように屈托なくモニカに話し掛けた。
「モニカ様は、今日、お母様にどんなお話があるのですか?」
モニカはユリウスの質問に助けられ、思い切って尋ねた。
「早速、用件で申し訳ないのですけれど、ユリウス様には婚約者はいらっしゃいますか?」
モニカの言葉に、マリアンヌは心底驚いた様子を見せた。
「ああ、マリアンヌ様、不躾な質問でしたわ。申し訳ありません」
モニカは、慌てて詫びた。
「僕に婚約者はいないよ。ねぇ、お母様?」
ユリウスは軽く答えて、マリアンヌもユリウスの言葉に応じる。
「ええ、ええ。ユリウス。あなたに婚約者はいないわ。モニカ様、わたくしが驚いたのは、わたくしも正にユリウスの婚約の話をしようとしていたからですの」
「えっ?」
驚くモニカにマリアンヌが説明した。
「先程の教会で、モニカ様が男神ディアス様の像に祈っていらっしゃった少し前に、わたくしも女神イーラ様の像に祈っていたのです。その時、頭の中に女神様の声が聞こえたのです」
「わたくしもです。わたくしも、ディアス様の声が頭の中に語りかけてきて…」
モニカとマリアンヌは、お互いを見つめた。
「では、偶然などではないのですね」
「ええ、神様の思召しですわ」
二人は、同時にふーっとため息をついた。
「どういうことなのですか、お母様」
モニカとマリアンヌの交わす言葉の意味が分からないユリウスは、焦ったく尋ねた。
「ユリウスと、それから、これから産まれるモニカ様のお嬢様を婚約させるようにと、お母様は女神イーラ様に言われたのよ」
「わたくしも、ユリウス様とこれから産まれるわたくしの娘を婚約させるようにと神ディアス様に…」
「神様のお告げですもの、その通りにしますわ。モニカ様のご結婚が整い、やがてお子が産まれるまで、ユリウスはどこの娘とも婚約させずにお待ち致します。でも、公爵家のお嬢様なら、名だたる名家の御嫡男との縁組も叶うというのに、ユリウスは我が家の末子。継げる領地もない三男ですのに…」
つらつらと、マリアンヌは先のことを心配した。
「お母様、僕は侯爵家の三男ですが、モニカ様のお嬢様を必ず幸せにしますよ」
突然、ユリウスが真剣な顔で、母マリアンヌとモニカに向かって宣言した。
「まぁ…」
マリアンヌとモニカの二人があっけに取られていると、ユリウスは更に言葉を続けた。
「僕は、来春、モニカ様のお嬢様が生まれるのが楽しみです」
「ユリウス、モニカ様はご結婚もまだなのよ。あなたの婚約者が生まれるのは、後何年も先の話しよ」
マリアンヌは、ユリウスの言葉に慌てた。しかし、モニカは別の意味で慌てた。何でユリウスは、来春、娘が生まれることを知っているのだろうかと。
モニカは娘のことを話さないわけにはいかないと思い、口を開いた。
「マリアンヌ様、ユリウス様の仰る通りです。…実は、今、わたくしのお腹の中に、来春生まれる娘がいるのですわ」




