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天降るお伽噺〜国一番の魔法使いは超絶美形の侯爵様に溺愛されています〜  作者: 鳥縞つぐみ


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15 北の館の一匹の豚

「きゃ〜〜!!!」


 サッシャの甲高い叫び声がヴェーヌの北の屋敷中に響いた。


「どこですの、ここは?城へ返して。城へ帰してちょうだい!」


「サッシャ・ハウンゼン侯爵夫人、応接間へご案内致します」


 北の屋敷の無駄に広い玄関ホールで叫ぶサッシャに、猫頭の使い間マルスが丁寧にお辞儀をし、敬意を払った。


「きゃ〜〜!猫の化け物!!」


「おい、きゃあきゃあとうるさい」


 サッシャは、声のした方に振り返る。

 サッシャの後ろにヴェーヌがいた。サッシャのわあきゃあ言う声に呆れ、憮然とした表情で立っている。


「きっ…北の魔女様!早く早く城へ帰して下さいませ」


「城に帰ってどうする?」


「もちろん、ユリウス様と結婚します!」


「違うだろ。ホワイエ侯爵と結婚するんだろう」


「そうですわ!ユリウス・ホワイエ侯爵と結婚しますわ」


「ユリウスは侯爵にはならない」


「何を仰いますの?」


「だから、ユリウスは侯爵にはならない。侯爵家の為とお前が言うなら、お前はユリウスとは結婚出来ないよ」


「まさか!そんなはずがありませんわ。貴女は、わたくしとユリウスの結婚に嫉妬していらっしゃるのね。見苦しいですわ」


「見苦しかろうが何だろうが、お前は正直になった方がいいぞ。建前で話していたら、自分で自分の首を絞めることになる」


「何を仰いますの。わたくしは、ホワイエ侯爵家に嫁ぐのです。建前ではありませんわ。覚悟を持って志願いたしましたのよ」


「じゃあ聞くが、ユリウスが侯爵にならずに、アリタ村に帰ると言ったらお前はどうする?」


「説得しますわ」


「説得?何をだ?」


「ユリウス様に侯爵家を継ぐよう、説得しますわ」


「つまり、お前は侯爵でないユリウスは不要と言うわけか」


「いいえ、ユリウス様が侯爵になるべきだと思っているだけですわ」


「ユリウスは侯爵の器じゃない」


「いいえ、あの方ほど領民の上に立つに相応しい方はいらっしゃいませんわ」


「ユリウスは、口は上手いが怠け者だ」


「自らが汗水垂らし働かなくて良いのです。ただ、そこにいて下されば、領民は彼のために働きますわ」


 ヴェーヌは、思わずサッシャの言葉を肯定しそうになるが、それではサッシャを止められない。こいつは、アイズ・パーリッシュとやらと結婚してもいいのか。もういいか。サッシャが誰と結婚しても、わたしには関係ない。

 ヴェーヌは、何のためにサッシャをここへ連れて来たのか分からなくなった。


「……」


 ジール王もユリウスもサッシャをアイズ・パーリッシュと結婚させようとしている。もちろん、サッシャの主張を信じれば、サッシャも嫌と言うわけがないはずだが。


「好きにしろ。わたしは、知らん」


 ヴェーヌは、十七年前のユリウスの結婚がわだかまっていることに気付いた。

 もしも、ユリウスが再び誰かと結婚するなら、今度はもっと幸せな結婚をして欲しい。


「わたくしを城に戻して下さいな」


「ああ、うるさいな。檻に入るか?豚にでもなるか?どちらか選べ」


「えっ?どちらもいやですわ」


「どちらか選ぶんだ」 


「豚はイヤですわ」


「そうか」


 ヴェーヌはそういうと、短い呪文を唱えてサッシャの姿を豚に変えた。


「あら、あら、あら、ヴェーヌ様。ハウンゼン夫人が豚に…」


 マルスがヴェーヌを嗜める。


「罰だ。ワガママが過ぎる」


「この方は素直なだけですわ。お嬢様も見習わなくては」


「お嬢様はやめろ」


 マルスは、いつものヴェーヌの台詞を軽く無視して、慣れた足取りでテーブルの前まで進んだ。


「お茶を淹れました。どうぞ」


 マルスは、二人分のお茶を手際よくテーブルに並べた。無論、豚には飲めないから、1人分はただ冷めるだけだ。もう1人分はもちろんヴェーヌが頂く。


「マルスの淹れたお茶は美味いな。ありがとう。」


「恐縮でございます」


 豚の姿になったサッシャの耳元に、マルスは囁く。


「明日になればヴェーヌ様の機嫌も治りますから、それまでその姿で我慢下さいまし」


 マルスには、豚に人語が解せるか分からなかったが、言わないよりはマシという気持ちだった。サッシャが賢い豚でありますように。


 サッシャは、ブヒッと応じたから、恐らくは通じているのだろう。ヴェーヌはお茶を飲みながら、サッシャを観察する。


「お前、ホワイエ侯爵家を他の誰かが継いでも、そいつと結婚するのか?」


 ブヒッ


 ……豚のサッシャに聞いても、その返事が何を意味するか分からなければ意味がない。


「お前はユリウスが好きか?」


 ブヒッ


「ユリウスの顔が好みか?」


 ブヒッ


「人間の時のお前は美人で、さぞやモテただろう」 


 ブヒッ


「ハウンゼン侯爵は良い夫だったか」


 ブヒッ


「本当は、ユリウスなんか全然好きじゃないのか」


 ……


 サッシャが黙ると、ヴェーヌは、やはり豚でも人語を解すのかとため息が出た。


「うーーっ」


 しかし、そう易々と元の姿に戻すのも癪だ。


「お前、わたしの言葉が分かるか?」


 ブヒッ


「この屋敷の玄関ホールを真っ直ぐ奥に行って突き当たりを左に曲がると勝手口がある。勝手口の扉は、ホワイエ侯爵邸のユリウスの部屋に通じている。扉を開けて侯爵邸へ行け。ユリウスに会えるだろう」


 豚は、ヴェーヌをじっと見る。


「その姿のまま、行くんだ。もしも、ユリウスが豚の姿をしたお前に気付き、お前への愛をこめてお前にキスをしたら、お前は人間に戻れるだろう」


 ブヒッ


 この鳴き声は、肯定の鳴き声というより、驚きの鳴き声のようだった。


「行かないのか?」


 ……


 サッシャは微動だにしない。


「ユリウスの花嫁になりたいなら、愛を試せ。自信があるんだろう」


 ……


 サッシャは泣きそうな顔だ。実際は豚だから、表情はあるのかないのか分からないが、ヴェーヌには泣きそうに見えた。


 サッシャはヴェーヌを見つめたまま後退りし、そのまま踵を返して応接間を出て行った。

 目指したのは、北の館の勝手口だ。ユリウスに会いに行くのか?


 しかし、サッシャは、勝手口の扉の前で止まり、そのまま勝手口の前をうろうろするばかりだ。扉を押し開けて向こう側に行く気配はない。

 そんなサッシャをヴェーヌは離れて見ていた。


 そのとき、勝手口の扉がガチャリと開いた。

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