13 出迎え
「アイズにホワイエ領を譲りましょう」
ユリウスの言葉にヴェーヌは「ユリウスらしい」と思い、内心くすりと笑った。昔からユリウスは、自分の仕事も用事もちゃっかり誰かに押し付ける。それが当たり前というように。
ジールは、思ってもいなかったユリウスの提案に、どう返したらいいか迷い、ルゼとヴェーヌの反応を伺った。しかし、ヴェーヌは我関せずといった態度で窓の外に目を向けているし、ジールの前に座るルゼは気にする風もなく黙ってルディウス王子の顔を見て微笑んでいる。だから、ジールはあれこれと逡巡した挙げ句に結局は押し黙った。
王都の一番西端の緑が深くなる際に建ったホワイエ侯爵家のタウンハウスから、王都中央の城までは馬車で20分程の距離だった。本来の貴族の居住区はもっと王城近くにあり、多くの立派な家々が建ち並んでいる。つまり、ホワイエ侯爵家は貴族の居住区から外れた西側に建てられた屋敷だった。
ホワイエ邸から東へ少し馬車を進めると商人が構える店が建ち並んでいる。たちまち行き交う馬車も人も増え、賑わう街の様相を示した。大きな通りは、真っ直ぐに王城へ続いている。
貴族の居住区は、王城の前に広がる芝や樹木の茂る王家の庭園の外側に、城を守るように、また有事の際には駆けつけられるように、東西南北それぞれから城を囲んでいた。その東に、サッシャの生家であるヒルデ伯爵家とパーリッシュ伯爵家が並んで建っていた。
王城に続く広い道は、人々で賑わっている。
ルゼの生まれ故郷のアリタ村は、小さな家々がぽつりぽつりと離れて建っている小さな小さな村だ。王都はアリタ村とは比べものにならないほどに大きく、立派だ。ルゼは、初めて見る王都の景色を楽しそうに眺めた。
やがて馬車は、城の広い庭園地帯に入って行った。
「あっという間にお城ですね」
ジール王とルディウス王子、ヴェーヌ、ユリウスとルゼを乗せた馬車は、屋根付きではあるが見るからにおんぼろだ。もしも、左右に騎乗した護衛騎士が付いていなければ、王城の門をくぐることも難しかったに違いない。
馬車は王城の門をくぐり、広い庭園を過ぎ、正面の立派な玄関から少し手前に静かに止まった。
門兵からの報せを受けた城の者達は、ジール王の出迎えに出て来ていた。
「陛下、お帰りなさいませ」
ジールを出迎えたのは、執事を始めとしたジールの側に仕える者達と、乳母サッシャの下で働くルディウス付きの侍女達だった。
ジールが一番先に馬車から降り立ち、続いてユリウス、ヴェーヌ、ルゼの順に馬車から降りた。
迎えの者達を驚かせたのは、いつも泣いていたルディウス王子がルゼの腕の中でにこにこしていること、黒いケープを羽織った女が魔法使いに違いないということ、それから、これまでに見たことのない美しい男性がいることだった。
「ご無事で何よりです」
執事のスエンが落ち着いた様子でジールに声を掛け、近づいた。
「こちらの方々をご紹介して頂けますか」
「ああ、ユリウス・ホワイエ侯爵とルゼ・ホワイエ侯爵令嬢。侯爵は今日、急ぎ侯爵家の後継としての承認を行うために同行願った。ご令嬢は今日からルディウス専属の乳母をしてもらう。相応の待遇で迎え入れてくれ」
侯爵というには簡素な衣服を着たユリウスとルゼだが、その見目の美しさに目を奪われ、本当に貴族かどうかなど誰も気にしなかった。
「かしこまりました」
スエンが近くにいた侍女に指示を出した。侍女はユリウスが気になるらしく、ちらちらと視線を送りながらも足早に城内へと消えて行った。
「それから、こちらのご令嬢は北の魔法使いヴェーヌ・パルフェ殿だ」
さすがスエンは表情を変えなかったが、他の迎えの者達は畏怖の念を隠せずに、その場の空気に静かな小波が立った。
ジールは、城の者達の様子に気まずさを感じたが、ヴェーヌは慣れた風で素知らぬ顔をしていた。
気を利かせてスエンが口を開く。
「陛下、皆様を中へご案内いたします」
スエンが中へ案内しようとしたとき、走り寄ってきた者がいた。サッシャだ。馬車に付いて王城の敷地に入ると、馬丁を呼んで馬を渡し、ユリウスに追いつこうと慌てて正面玄関にまわって来たのだろう。
「陛下、わたくしがホワイエ侯爵とご令嬢をご案内いたしますわ」
サッシャはユリウスのこととなると目の色が変わる。しつこい!と怒鳴りたい衝動をヴェーヌはぐっとこらえた。
ジールは、また来たか…という思いながらも落ち着いて対応した。
「サッシャ、申し出感謝する。しかし、其方は娘御が待っている。娘御と共にハウンゼン侯爵家に戻れ」
サッシャは、あからさまにがっかりした様子だ。
横で聞いていたルゼが口を出した。
「陛下、差し出がましい事ですが、わたくしはハウンゼン侯爵夫人よりルディウス殿下のお世話についてお教え頂きたく存じます。引継ぎに数日頂けないでしょうか」
「ああ、構わない。では、サッシャ、そのように頼む」
またも、あからさまにサッシャは喜色満面、いそいそとユリウスの隣に立とうとした。
「サッシャ、ユリウス殿はわたしと侯爵家後継承認の儀がある。其方はルゼを連れてルディウスの部屋へ行ってくれ」
またもサッシャは意気消沈した。乙女というほど若くはないが、サッシャは美しい。美しい女性がころころとよく表情を変える様は見ていて飽きないし、これが男ならコロリと参ることもあるだろう。もちろん、ユリウスは当てはまらないが。
「ルゼさん、こちらへどうぞ」
サッシャは渋々ルゼを王子の部屋へと案内する。まずは侍医を呼んで王子の健康を確かめ、沐浴をさせ、ベッドに寝かせなければならない。
サッシャの後ろにルディウス王子を抱えたルゼ、ルゼの後ろにはサッシャの下で働いていた侍女達が続いた。
サッシャがユリウスに後ろ髪を引かれるように、本日初対面の侍女達の視線もユリウスに釘付けで、侍女達はジール王の横に立つユリウスを名残り惜しそうに目で追いながら王城の中に消えた。
さて、サッシャがいなくなれば用はなく、ヴェーヌは北の館に帰りたくてうずうずしてきた。人の多い所は昔から苦手だ。そっと離れて魔法で北の館に帰ろうとしたヴェーヌの気配を察して、ユリウスとジールがヴェーヌに声を掛けた。
「ヴェーヌ、行こう」
「ヴェーヌ殿、こちらへ」
二人が同時にヴェーヌの名を呼んだ。
「えっ⁈えっ…」
慌てるヴェーヌに、ユリウスがエスコートの手を差し出す。
「いらん!」
ヴェーヌは、差し出されたユリウスの手をはたき、恥ずかしさを隠すためにジールのすぐ後ろに付き、城内に入る。
ユリウスは表情を変えずにヴェーヌの後ろを歩いたが、照れるヴェーヌの姿を楽しんでいるようだった。
城の中に入ると中で忙しなく働いている者達も手を止め足を止めジール王を出迎えた。
「お帰りなさいませ」
皆、ジールがまだ小さな王子だった頃から知っているに違いない。親しみの感じられる出迎えだった。
そして、出迎えた者達が一様に魔法使いに慄き、世にも美しい男性に目を奪われた。




