12 王城へ向かう
「まあ、立派なお屋敷ですこと!少し埃っぽいですが窓を開ければ大丈夫ですわね。ユリウス様が登城している間にわたくしが寝起きできるように整えておきますわ」
興奮した声で嬉しそうにのたまったのはサッシャだった。
「ハウンゼン侯爵未亡人はいつからホワイエ家の女中になったんだ?」
ヴェーヌが刺々しい物言いでサッシャを牽制した。
サッシャは、落ち着いた様子で笑顔を作り、美しい礼でヴェーヌに挨拶した。
「聡明なる北の魔女ヴェーヌ様、先程は失礼致しました。わたくしは大ガラスの魔の手からユリウス様に助け出された命、ユリウス様の手となり足となりお支えする所存でございますわ」
「ゔっ」
大ガラスの名を出されると、ヴェーヌも黙るしかない。
「サッシャ、君は王城で娘が待っているだろう。一刻も早く戻ってあげなければ」
ジールが困ったように諭す。
「いいえ、陛下。わたくしは亡くなったも同然の身ですわ。娘もわたくしがユリウス様に嫁ぐことは理解してくれるでしょう」
「嫁ぐ?」
「ええ、わたくしは侯爵夫人として、二十年以上、ハウンゼン侯爵家の家政を取り仕切って参りました。ユリウス様をお支えするのに、わたくし程相応しい者はいないと自負しております」
サッシャは自信満々だ。
玄関から入って来たサッシャは、つかつかとユリウスの側までやってきた。ユリウスは一言も発しない。穏やかな表情も崩さず、サッシャの言葉には無反応で、視線はヴェーヌを捉えている。
ユリウスは、サッシャの言葉にヴェーヌがどう反応するか見たいのだろうか?それとも、サッシャのような物言いをする女性には慣れっこで、無視を決めこんでいるのだろうか。どちらにしろ、ユリウスには、サッシャの言葉自体あまり意味を持たないことがヴェーヌには分かる。
しかし、ユリウスと年齢も近く、様々なことを心得ていて侯爵夫人としての実績もある美しいサッシャなら、確かにユリウスの隣に立つに相応しい。そう、ヴェーヌも納得しそうになる。
だからと言って、十七年待ち続けた相手を、十九年来の幼馴染を、昨日出会ったばかりの女が我が物顔にするのを許せるほどにヴェーヌは寛容ではない。
「お前は一体、ユリウスの何を分かっているつもりなんだ!」
ヴェーヌの怒声が屋敷中に響いた。
日頃、誰かに叱責されることなどないサッシャは、ヴェーヌの怒声に怯んだものの、これ幸いとユリウスに助けを求めた。
「ユリウス様ぁ~、わたくし怖いですわ」
自分に近づいてきたサッシャにユリウスはちらりと視線を向けた。そして、自分の腕にすがろうとするサッシャの手が届かないよう、するりと一歩ヴェーヌの方へ進んだ。
「ヴェーヌ、一緒に王城へ行こう」
「そうだ、ヴェーヌ殿、是非、王城に来てくれ。今日は王城に泊まればいい。北の屋敷には明日帰ってもいいだろう?」
ジールもユリウスに合わせてヴェーヌを口説いた。
自分からの求婚を無視された形になったサッシャは慌てた。
「ユリウス様…わたくしは……わたくしも、王城へまいりますわ!」
先程の「ユリウスが登城している間に屋敷を整えておく」発言を翻してサッシャが意見を変えたのは、自分の有用性を売り込むだけでなく、できるだけ同じ時間を共有する必要があるからだ。兎にも角にも、意中の相手に振り向いてもらうのに、なりふり構っていられない。
ユリウスの無関心にも諦めないサッシャのしぶとさに、ヴェーヌはため息をつくしかない。そして、サッシャがユリウスに付いていくなら、ヴェーヌも行かないわけにはいかないだろう。昔からユリウスの虫よけ役だという自覚はある。ヴェーヌは、自分も行くという意思を、渋々ながらユリウスに目で伝えた。ユリウスがにこりと笑う。
「ありがとう、ヴェーヌ嬉しいよ」
ホワイエ侯爵邸の玄関を出て、待ち構えていた馬車に揃って戻ると、馬車の中にはルディウス王子を抱いたルゼが待っていた。
「よかった。皆さん無事お揃いですね」
明るい声でルゼが迎えた。
「サッシャ様、父と陛下を迎えに行って下さってありがとうございます」
「お気になさらず」
ユリウスのこととなると”たが”の外れるサッシャが、夫人らしく応え再び馬に跨る。
スカートだというのに、さらりと馬に乗り、また馬を巧みに操り、高位貴族としての礼も弁え、品も持ち合わせているサッシャだが、ユリウスに対する時だけ理性がどこかに飛んで行ってしまうのは甚だ残念だ。
「陛下、どうなさいますか」
王の護衛騎士フランツが、馬か馬車かをジールに尋ねた。普通に考えればサッシャを馬車に乗せてやりたいが、今のサッシャをユリウスの側に置くのは無理だろう。ジールが馬車に乗り込む必要もないが、ジールには、もう少しヴェーヌと話をしたい気持ちがあった。
「わたしが馬車に乗る。少し、城に着いてからの打ち合わせをしたい」
「かしこまりました」
ジールが馬車に乗り込むと、先程と同じように、ユリウスの向かいにヴェーヌ、ヴェーヌの隣にルゼが座っていた。自然、ユリウスの隣にジールが座る。そうして再び一行は王城に向かうことになった。
王城までは、20分程だろう。
あまり適切な話題でもないが、気になっているのでつい、ジールは聞いてしまった。
「ユリウス殿、さっきの…サッシャが嫁ぐ件についてはどうだ」
「どうと、言いますと?」
ユリウスがにこやかに問い返す。
ヴェーヌは、無関心を装い視線を窓の外に向けているがユリウスの言葉を一言も聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「いや、ホワイエ侯爵家の家や領地の切り盛りを誰に任すかということだよ。領地はユリウス殿が仕切るだろうが、家はやはり奥方が必要だろう」
「今、ホワイエに代わって領地経営をされているのは、どなたですか?」
「領主代理は城勤めのパーリッシュ子爵に任せている」
「パーリッシュ子爵というと、わたしより一つ歳上のパーリッシュ伯爵家の三男アイズ・パーリッシュでしょうか」
「そうだ。パーリッシュの長兄ワンダも領地経営に優れているが、次男のカインも三男のアイズも文官として非常に優秀だ。カインは伯爵家に婿入りしたが、アイズは領地なしの三男だったし、丁度文官として城に上がってきていたから、そのまま領主代理に任命した。城に籍を置きながらホワイエ領を仕切ってくれている」
「だったら、わたしがホワイエ侯爵家の後継と承認された後に、アイズにホワイエ領を譲りましょう」
まるで、生まれた仔犬の貰い手を見つけたように、ユリウスは安堵した表情でジールに笑いかけた。




