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話し合い

 チャイムを押し、宅配便を装って部屋に入ると、狭い玄関に、困ったような顔の美保が立っていた。


「光さま、惟光さん。お待ちしていました。どうぞ、奥へ」



 唖然とした。

 

 将人の言ったとおり、完全に読まれていたのだ。



 奥のリビングでお茶をすすっている人を見て、絶句した。


 松嶋執事だ。

 彼は、俺達を認めると、平然と言った。


「意外と遅おございましたな。若旦那さま、お待ち申し上げておりました。

 お屋敷で、旦那様達がお待ちでございます。ご同行ください」

 

 

 来た道を帰る俺達は、完全に戦意を喪失していた。


 いくら、俺達がジタバタしても、所詮、お釈迦様の掌で暴れる孫悟空でしかない。

 久光氏や藤子さまの手の中で、もがいていただけだったのだ。

 

 二条御殿に戻った俺達は、中央棟の応接間に連行された。

 本当に『連行』としか言いようがない。

 

 上座に写真でしか見たことない久光氏が座っていた。

 その隣に、かっちりとしたスーツを着た藤子さま。そのまた隣に紫がいた。


 紫は、背中まであった長い髪を切ってボーイッシュな短い髪になっていた。

 首筋が露わになって、不思議な色気がある。


「紫……」

 光が言葉を失った。俺も、何も言えない。

 ようやく会えた嬉しさと、ここが久光氏や藤子さまのテリトリーだという緊張感のせいだ。

 

 紫は、緊張した面もちで俺達を見て、持っていた熊五郎を抱きしめた。


「やっぱり、熊五郎は、持って行ったんだね。いくら探してもなかった……」


 光が言うが答えない。



「ミドリンも持ってったのか?」

 俺も訊いた。


 紫は、何も言わずに下を向いた。



「では、お話を始めましょうか?

 

 使用人は退席させました。惟光さんは同席なさって結構です」



 藤子さまが、俺を久光氏に紹介して、そのまま本題に入った。


「一昨日、近衛家から婚約解消の申し入れがありました。

 光さん、これについて何か?」


 葵から婚約解消の申し入れがあったのだ。


 やった!

 これで、第一関門突破だ。


 でも、ここで嬉しそうな顔をすると、久光氏の逆鱗に触れかねない。

 気を付けなければ……。


 光もそう考えたのだろう。目で合図して、頷いた。


「もともと、葵さんは、私が知事候補や国会議員候補だから許嫁になった方です。

 あの方にとって、私は、自分を美しく見せるアクセサリーに過ぎません。

 しかも、こちらの忙しさも理解していただけなかった。


 仕事で忙しい時でも、デートができないと苦情をおっしゃるような方です。


 やむを得ないと言えましょう」


「知事選にお出になる際は、あの方とご結婚されている方が有利です。

 それについては?」


「近衛将之氏の地盤が使えなくても、当選する自信はあります」


「将人氏の出馬の可能性は?」

 藤子さまが畳みかけた。


 横から我慢できなくなって口を出した。


「すみません。よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「理由は分からないんです。

 でも、さっき将人氏に会ったら、あの人、紫に弱みを握られてるって言ってました。

 何だか分からないんですが、紫がこっちにいる以上、知事選の出馬を断念してくれるんじゃないでしょうか?」

「依子、何か掴んでいるのですか?」

「はい。決定的なものを。

 あれがこちらにある以上、将人さまは、知事選へ出馬なさいません。せいぜい、州議会の議長を狙うことになります」

「結構です。

 それは、依子に任せます。

 では、光さんは、葵さんとの婚約解消に同意されるのですね?」

「はい、向こうからそう言ってきているのなら、縁がなかったものとして諦めましょう」

「諦める?」

「申し訳ありあません。撤回します。

 正直に申し上げます。

 葵がそれを言い出すのを待っていました」

「理由は?」

「葵とではなく、紫と一緒になりたいのです」


 

 それまで無言だった久光氏が迫力ある声で遮った。


「依子と?許さん」


「しかし、父さん。それが、一番、自然なんです。

 この人が十歳のときから、ズッと傍にいるんです。

 そうして、陰に日向に私を支えてくれた。藤子さまが父さんを支えてくれるのと同じです」


「いかん、依子は藤子と違う。

 依子は尚光が作ったクローンだ。人ではない。人ではないものとの結婚なんぞ、絶対に認めん!」

 


 言ってしまってから、私がいたのに気付いたのだろう。

 慌てて、目をそらした。


「まだ、そんなことをおっしゃってる。

 紫だって、人間なんです。


 前にも申し上げたでしょう?

 そういう言い方をなさると、あなたの政治生命をつぶしかねないって。

 

 博士がしたことは違法なばかりか、人の道に反する所業です。

 それを容認するばかりでなく、積極的に協力した。

 あなたの人生において最大の汚点です」


 光がいらだちを隠しもしないで決めつけた。


「汚点?

 何て言い種だ?そのおかげで、お前は、依子を手に入れたんだ。

 礼を言ってもらいたいくらいだ」

「礼?

 紫を実験材料のように扱って、そうして、ゴーストとして、さまざまな仕事に利用した。

 そんなことに礼なんか言えるわけないじゃないですか。


 私は、可哀想で見ていられなかった」

 

 親子喧嘩を遮って、藤子さまが口を挟んだ。


「光さんの意向はそうでも、依子はどう思っているのでしょう?」


「依子に意思はない。こいつには、二条家に対する絶対服従が入力されているんだ」 

 久光氏が吐き捨てた。


「藤子さま、お願いがあります」

 光が威儀を正した。

「何か?」


 軽く首を傾げると、知性がきらめいた。

 この人の前では、光の弁舌能力だって、まだまだだ。


「紫を呪縛から解放していただけないでしょうか?

 あなたなら、できるはずです」

「呪縛とおっしゃいますと?」

「二条家一族に対する絶対服従です」

「解放すると依子がお前から離れる。

 せっかくのブレインなんだ。ここまで育てて来たのに。

 依子がお前から離れたら、今までの苦労が水の泡だ」


 久光氏は焦った。自分の息子がこんなバカだとは思わなかったのだ。


「仮に、紫が私に愛想を尽かしたとしても、それは、私の力不足と言うものでしょう。

 やむを得ません。

 でも、このまま、自分の人生を自分のものとして生きて行けないのは、あまりにも不幸だ」

「それは綺麗ごとだ。

 お前は分かっておらん。

 今のお前の感情は一時的なものじゃ。

 そうじゃ、そんなに依子が欲しいのなら、愛人にして、マンションにでも囲えば良い。

 格式高い家から妻を娶って、依子の下へは、気が向いた時に通えば良いんじゃ」

 


 久光氏の暴言に藤子さまが切れた。


「そんなことは、許しません。

 依子を慰みものにするのは、私に対する冒涜です」


 久光氏が、真っ青になった。

 いつもの従順な藤子さまじゃない。真向から牙を剥く美しい獣のようだ。


 藤子さまは、最初から、この計画に反対だった。

 生まれた紫にも無関心だった。

 一つだけこだわったのは、紫を男達の自由にさせないということだ。


 それを思い出したのだ。


「だが、あの呪縛から解放するには、例の機械を使わねばならん。

 依子が泣いて嫌がる機械だ。

 依子が応ずると思うか?」


 久光氏が負けずに言い返した。


 さすがに、しぶとい。

 



 あのまがまがしい機械を使わないと、入力されたプログラムの変更ができないとは……。


 紫が、真っ青になった。


 あの健康診断でも泣いて嫌がったのだ。

 あのヘルメットを被るくらいなら、このままで良いと思ったのだろう。



光と惟光の行動が、久光氏や藤子さまに筒抜けだったとは……。

虚しさを感じつつも、獲得目標(紫)のために頑張る二人です。がんばれ、光!がんばれ、惟光!

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