表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/35

近衛将人の冒険(2)

 とんでもない話だった。美しく無表情な顔が恐ろしくさえ見えた。


『たまたま、今までの相手が、あなたに好意的だっただけだ。

 時には、あなたと付き合いたくない相手がいるってことを学習すれば良い』


『じ、時間がない。どんなに急いでも二時間はかかる』

 やっとの思いで声にした。


『じゃあ、少し猶予を与えよう。パソコン貸して。ここから侵入する』

『できるのか?』

『ボクは、あなたと違って、嘘をつかない。そう入力されているんだ』

 

 入力?ワケが分からない言葉を口にする。


 紫をパソコンの側に連れて行くと、何でもないような顔で操作した。

 

 途中で、監視カメラの映像、見たい?と訊くので、頷くと見せてくれた。


『わざと、僕の名前や薬の名を口にしたのか?』

『当然だろ?じゃないと、映像を送る意味がない』


 マジマジと美しい顔を見つめた。

 あどけなさを残した少女だ。



『か弱い女二人で暮らしているんだ。自衛しないと……』


 どこが、か弱いんだ?


 紫はキーボードをたたいて、エンターキーを押した。


『お終い。四時半まで延ばした。急いで帰して。渋滞に巻き込まれたら、アウトだ』


 どうせなら解除してくれれば良かったのに、と思いながらも、ここは逆らわない方が良いだろうと、急いで車に飛び乗った。


 後部座席で紫が冷たい声で言った。


『将人さま。二条博士に感謝するんだね。

 あの人がいろんな薬を試したおかげで、ボクには薬に対する耐性がある。

 だから、クロロホルムの効きが弱い。


 じゃなきゃ、とっくに……ゲームオーバーだ』




 信号待ちの時だった。


 だるそうに美保に寄りかかる無表情な少女に声を掛けた。


『そんなにヒカルが良かったのか?』

『良かったって?』

『あいつと別れたんだろ?』

『……そう言うことになるのかな』

『別れても、他の男に抱かれたくないほど、あいつが良かったのか?』


 しばらく考えて、少し投げやりな調子で答えた。


『フィジカルな面はどうでも良いんだ。メンタルな意味で、ヒカルの傍にいたかっただけだ』

『フィジカルな面はどうでも良いって?』

『ヒカルが誰と何をしようが気にならない。

 ボクが誰に何をされようと気にならない。

 

 ただ、ボクが誰かに何かされると、藤子さまが怒る。

 ご自分が冒涜されたように思われるんだ』

 

 ワケが分からないことを言う。


『……でも、メンタルな面で、ヒカルはボクに教えてくれた。


 人には感情ってものがあって、それは、とても暖かいものだって。


 だから、傍にいたかった。

 傍にいられれば、良かったんだ。


 ヒカルは暖かいから。


 ヒカルが誰と結婚しても、ボクはヒカルの傍にいて、暖かさを感じられれば良かった。

 それで、良かったんだ』


『じゃあ、どうして、別れたんだ?』

『ヒカルが約束を破ったから、藤子さまが許してくれなかった。

 藤子さまは、約束を破ったヒカルも、ヒカルを止められなかったボクも、悪い、とおっしゃった』

『藤子さまの言うことなんか聞かなきゃ良いじゃないか』


『あなたには、それができる。

 でも、ボクには、できないんだ。

 致命的なことだろ?だから、命に従った。それだけだ』

 


 しばらくして、紫が何かをつぶやいているのに気が付いた。


『Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow,

 Creeps in this petty pace from day to day,

 To the last syllable of recorded time;

(明日へ、明日へ、明日へ、とぼとぼと小刻みにその日その日の歩みを進め、歴史の記述の最後の一言にたどり着く……)』

『Tomorrow speechトゥモロースピーチ?』

 

 思わず訊いた。

 

 美保が訊き返した。

『これって、Tomorrow speechトゥモロースピーチって言うんですか?』

『ああ。マクベスに出てくる独白だ』

『紫さま、お好きなようで。

 でも、暗くて、陰気な感じがします』

『あの時、ヒカルに褒められたから……好きになったのか?』


 将人が紫に訊いた。


『逆だ。

 ボクが好んで口にしてたから、あの時、ヒカルが暗唱しろって言ったんだ』

『好む?十四歳の子供が?陰気な独白だ』

『そう。陰気な独白。

 でも、人生って歩く影、あわれな役者……戯作者のミスだ。

 登場しなくていいキャストを登場させてしまったんだ……どうやって、幕を下ろすんだろう……』

 

 紫が寂しそうに息を吐いた」




 紫は絶望していたのだ。


 自分の人生を自分で切り開いていけないという宿命に。

 誰にも助けてもらえない神から見放された我が身に。

 唯一、助けることができるものとして存在した光でさえ、紫を助けられないことに。


 助けてくれるものもいないのだ。


 頭を上げて自分で自分を支えるしかないのだ。


 寒空の下でひそやかに咲く椿のように。



極楽とんぼの将人には、紫の人生を諦めたような様子が理解できません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ