近衛将人の冒険(1)
紫の失踪事件が終わってほとぼりが冷めた頃、将人から冒険談を拝聴した。
話終えた将人が俺に訊いた。
これを訊きたかったから、この冒険談を話してくれたのだ。
「ということだ。
バカみたいな話だろ?あの子の方が一枚も二枚も上手だったってわけだ。
だがな、あのときの紫の台詞ってどういう意味なんだ?
お前なら分かるんじゃないか?」
「僕は、鬱々としていた。
大統領の娘と結婚すれば、尻に敷かれるのは目に見えてる。
せいぜい、あちこちで恋人でも作ってガス抜きしないと、生きていけない。
それなのに、親も妹も大乗り気なんだ。
そんな時、俺は、久しぶりに麗奈のマンションへ行こうと思った。
麗奈は、バーで見つけた女で、教養はないが傍にいると癒されるんだ。
マンションのエレベーターで、見たことのある女に会った。
でも、どこで会ったか思い出せない。
いろんな女と付き合ったから特定できなかったんだ。
女が七階で降りた後で、ヒカルの家にいたメイドだったことに気が付いたんだ。で、何となく野次馬根性で尾行したんだ。
階段を使って七階へ走った。大きなスーパーの袋を下げているから、そんなに速く歩けないはずだと思ったから。
七階に着くと、女がドアの前に立って鍵をまさぐっていた。
ようやく探し当てた鍵を鍵穴に入れようとすると、ドアが勝手に開いた。
女を招き入れた人物を見て、目を疑った。
紫だったんだ。
ヒカルの紫だ。
髪を短くしていた。でも、確かに、紫だった。
「おかえり」って軽く笑ってスーパーの袋を受け取る。
ヒカルの紫が、そこにいたんだ。
その日は、部屋番号を確認して麗奈にも会わず帰った。
数日、仕事も手につかなかった。
ヒカルの屋敷のメイドに色仕掛けで訊いた。
それによれば、藤子さまが紫を隠してしまったって話じゃないか。
いうなら、ヒカルにとって、紫は行方不明なんだ。
ヒカルは必死で探しているという。
今まで、何をしてもかなわなかったヒカルに、一歩先んじた快感に酔った。
ヒカルが知らない紫の居所を知っている嬉しさで、ゾクゾクした。
決行の日が来た。下手をすると誘拐になるから、誰にも知られちゃいけない。
悩んだ末、一人で実行することに決めて例のマンションに出かけた。
メイドが買い物に出かけるのを確認して、物陰に隠れる。
一時間ほどして両手に荷物を持ったメイドが帰ってきた。
メイドが部屋に入るとき、素早く近づいて一緒にドアの内側に滑り込む。
『あなた、一体、何者?誰か!』
メイドが、必死で叫んだ。
『知らないの?
ここって、セキュリティ万全なんだ。
逆に言うと、叫んでも外へ聞こえない』
『匂の、宮?近衛……将人さま?』
『美保ちゃんから離れて。警察呼ぶよ』
奥から冷たい声がした。
目を向けると、藤色のTシャツを着た紫が立っていた。
ゆったりしたTシャツのせいで、体の線が分からない。相変わらずジーンズだが、首筋なんか、何となく艶めいて女らしくなっている。
光がこの子を抱いたんだって確信した。
『久しぶりだね。髪、切ったの?』
『近衛将人さま……どうして、ここへ?』
こちらの問いかけを無視して問い返す。
『恋の翼に乗って』
『まさか?』
『いや、本気だ。
知ってる?ヒカルと葵の婚約は解消されるかも知れない』
『知ってます』
『それなのに、お前をこんなところに閉じこめている』
『……』
『僕なら、こんなことしない』
『……』
『ヒカルは、お前を利用しているだけだ』
『……』
『僕は、お前をブレインやゴーストには使わない。
愛だけのために、傍に置く』
『ヒカルが葵さまとの婚約を解消しようが、誰と結婚しようが、ボクには関係ない。
ボクは、ヒカルのゴーストになるために生まれて来たんだ』
『見事に洗脳されたな』
『洗脳?』
『それに決まってる。
あいつは、お前を誰にも渡したくないんだ。
だから、お前がそう考えるようにし向けた。
自分は別の女と結婚するのに』
流れるように紫の側へ近寄った。
『警察、呼べるもんなら、呼んだら良い』
すっとクロロホルムを嗅がせた。
『クロロホルム?』
驚愕して目を見張った紫からガクリと力が抜ける。
紫を手に入れた嬉しさに体が震えた。
そっと抱き上げて、美保に言った。
『この子は、僕がもらう。
付いて来たいなら、来たら良い』
別荘に隠すことに決めていた。
管理人は、愛想笑いをしながらドアの鍵を開けた。
女を抱いているのに、気にもしない。
笑えるよ。よっぽど、女たらしだと思われてるんだ。
『匂の宮は、薫から浮き船を奪った』
ベッドに紫を横たえて、何気なくつぶやくと、横から美保が口を挟んだ。
『あなたは、強引に誘拐しただけです。
匂の宮とは、違います!』
『浮き船は、匂の宮に恋をするんだ。
匂の宮は、薫のことを考えながら浮き船を抱いた。
ヒカルは、この子を抱いたんだろ?
さっき会ったとき分かった』
美保が言葉につまった。
『ヒカルは、どんな風にかわいがったんだろう?この人を。
この人もどんな風に応えたんだろう?ヒカルに』
妬心を押さえて、指先で短い髪をもてあそぶ。
今後、この人を抱くのは僕だ、と決めた。
『約束を破ったことを嘆いてらっしゃいました』
『誰が?』
『紫さまです』
『どうして?』
『お二人は、結ばれない約束で側にいらしたのです。
でも、光さまが、我慢できなくなられて。
葵さまが、この方に出て行けとおっしゃったせいですわ』
『ああ、あれは言い過ぎだと思った。
でも、ヒカルは、この子を愛人にすれば良かったのに』
『藤子さまが、紫さまを愛人とすることをお許しになりませんでした。
あなたが紫さまを愛するのは、勝手です。
でも、愛人としてしか遇することができないのは、あなたも同じです。
大統領のご令嬢とのご婚約がお決まりだと聞きました。
あなたも紫さまに、手を出してはいけないのです』
毅然とした態度にタジタジになった。
『紫さまをお返しください。
今日のことは、目をつぶりましょう。
でも、万一、あなたが、紫さまを囲い者になさるおつもりなら、こちらにも考えがあります』
『囲い者?よく考えろ。これは、対等な恋愛なんだ』
『そう言う理屈は、紫さまには通じません』
『どうして?』
『まだ、十六の未成年です。
女たらしが、良いように騙して、もてあそんだとしか、世間は思いません。
あなたの政治生命をつぶすことになります』
絶句して、目の前の人を見た。
十六歳。
どうしようもない事実だった。
ヒカルも罪の意識に苛まされたのだろうか?
小さなうめき声が上がった。
気が付いたのだ。
おかしい。こんなに早く薬が切れるなんて。
『紫さま、大丈夫ですか?』
美保が駆け寄ると、紫は、ゆっくり頭を起こして訊いた。
『ここ、どこ?』
『近衛さまの別荘です』
美保が蒼白な顔で答えた。
紫は、僕を認めて、小さな声でつぶやいた。
『夢じゃ…なかったん…だ……今…何時?』
『2時半です。今、マンションへ返していただけるよう交渉中です』
『交渉中?そんな悠長な時間はない』
辛そうに息を吐いて、僕を見る。
何の感情もない顔だった。
『2時半と言うことは、あと、30分しかない。
将人さま、あなた、政治生命が惜しいなら、大至急、3時までにボク達をマンションへ返すんだ』
ワケが分からない。
『あなたが侵入したとき、監視カメラを作動させた。
3時間だ。3時間経ってスイッチを切らなかったら、その映像を、自動的に二条家、警察本部、新聞社、雑誌社、それにテレビ局へ送るよう設定されている。
ボクは、十六だ。
同意があっても、あなたに不利だ。
そこへ、決定的な証拠を送りつける。
お宅の顧問弁護士に太刀打ちできる?』
将人の火遊び(未遂)は、想定外の対価を求めるようです。がんばれ(?)、将人!




