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六条康子の参加

 それからしばらくして、俺達は六条康子を夕食に招待した。


「ここんところ連絡がないから、そろそろ紫ちゃんに電話して、何かあったのって聞こうと思っていたのよ」



 開口一番、探りを入れる。

 大したお姉さんだ。

 何かあると、直感しているのだ。

 

 食前酒を勧めると、いつもより饒舌になった。


東棟こちらのダイニングでご馳走になるなんて、あの気位の高い葵の上が知ったら、激怒するんじゃないかしら。

 嬉しくてゾクゾクするわ」



 ここで、光ではなく俺に向き直って訊いた。



「光の君と葵の上との婚約が解消されるんじゃないかって噂を聞いたの。本当なの?」

「いや、今のところ、どうとも言えないんです」


 この人に何の戦略もなく真っ正直に訊いてこられたら、白旗を掲げるしかない。


「あなたに答えてもらおうってのも、無茶だったわ」


 コロコロと笑った。


「正直に言うわ。

 わたくし、あの方が嫌いなの。


 家柄と容姿と若さだけを鼻に掛ける鼻持ちならない方だわ。

 家柄も容姿も若さも、努力して手に入れたものではないのに。


 いえ、あの人の美しさは、スタイリストとメーキャップアーチストの努力のおかげだから、自分で努力したんじゃなくて他人の努力で勝負してるってことになるのに。


 そんなものをひけらかして、周りを見下すの。


 あの方をペシャンコにできるなら、どんなことでもするわ。

 もし、婚約が解消されたら、光の君のファンクラブで万歳するわ」


「ボスのファンクラブなんてのが、あるんですか?」

「例えばの話よ。深く訊かないで」

 


 今日の康子は機嫌が良い。


 今まで、この東棟のダイニングに招待されたことがあるのは、葵だけだということを知っているのだ。





 食事が終わるとリビングへ案内した。

 カウンターバーでウイスキーを勧める。お姉さんはいける口で、ロックを所望された。俺が水割りなのに。


「今日は、紫ちゃんの姿が見えないみたい。また、病気なの?」


 ワッ。さりげなく搦め手から来たつもりだろうが……そこが本丸なんだっ。


「康子さまにだけには、正直に申し上げましょう」


 威儀を正した。


「何かあったの?」

「あの子、行方不明なんです」

「ゆくえふめい?」


(ええっ?これが、本丸だったの?)と、声が聞こえたような気がした。



「始めは、二条博士を疑ったんです。

 でも、違った。何せ、あの人、紫を実験材料かなんかのように思ってて、この前も紫の健康診断のことで喧嘩したばかりなんです。

 でも、紫が失踪した後で、詫びの電話があったんです。

 来年の健康診断への協力を頼むって。

 あり得ないでしょう?」

「そうね。あの人に、そんな回りくどい演出はできないわ」

「調べてみたら、主犯は藤子さまなんです。

 しかも、紫付きのメイドまで暇を出されているんです。紫の失踪と同時に住まいまで変えて。

 美保って気立ての良い子で、紫もなついてたんです。

 多分、藤子さまが、紫に美保を付けてどこかへ隠したんだろうってことになって、先日、ボスが確認したら、そのとおり、美保はあの子につけました、とのお返事をいただいたんです」

「どうして、藤子さまがそんなことなさるの?

 わけが分からないわ」

「実は……」

 


 策をろうする必要はない。

 この人には、何が何でも味方になってもらわなければならないのだ。



 紫なら、当たって砕けろ、と言うだろう。


 腹をくくって切り出した。



「ご存じのように、ウチのボスは、女ったらしでして」

「惟光、そう、女ったらし、女ったらしって言わないでくれ。紫みたいだ」


 光が顔をゆがめた。


「ええ、大したものだわ。手当たり次第なんですもの。

 

 でも、良い女しか相手にしないの。

 だから、この人に声を掛けられるのは、女にとっては、勲章みたいなものよ」


 康子も調子に乗った。少し酔ったようだ。


「でもって、よくよく考えたら、ウチの分室にも女の見習いが一人いたんです」

「まさか?」

「はい。その、まさかなんです」


 肩を落として、情けなそうな顔を作る。


「何分、年が若いので、こっちも油断してたんです。でも、やっちゃったんです」


「やっちゃったって?」

「そういうことです」


 康子は、大きな溜息をついた。


「 ……面目ない」

 光が、申し訳なさそうに肩を落とした。


 康子だって、葵のことはライバルとして認識していただろう。

 でも、こんなところに伏兵がいたとは思ってもみなかっただろう。


 しかも、若くて美しく、性格も素直で頭も良いのだ。



「でもって、困ったことに、藤子さまの知られるところになって……」

「ええっ?藤子さまに知られちゃったの?」

「ええ、それで、お怒りになった藤子さまに、あの子をどこかへ隠されてしまったんです」

「光の君ともあろうものが。最悪じゃない?」

「ええ、最悪なんです。あの後、このとおりなんです」


 チラリと横目で光を見た。


 光は、黙って俯いている。


「一卵性主従ですもの」

「上手いことおっしゃる」


 俺は、思わず手をたたいた。


 このところの重苦しい毎日で、笑いのツボにはまったのだ。


「こんなことで、受けるなんて……」

 康子が憮然とした。




 一卵性主従。


 康子に言われて目からウロコが落ちた。

 

 光と紫は、まさにそんな感じだった。

 光が華々しく活躍できるのは、紫がいるからだ。



「そんなことより……あの子、いくつだった?確か、まだ、未成年でしょ?」

「はい、未成年です。まだ、十六だったんです。

 だから、スキャンダルなんです。

 だから、誰にも言えないんです。


 康子さまにだけ、特別にお漏らししました。

 何しろ、あなたは、ボスの第一の恋人であり、紫の良き理解者でもあるんですから」



 勝負だ!丁半、どっちだ?


 手に汗握るとは、このことだった。



「あなた、上手いこと言って乗せるのは、光の君や紫ちゃんとそっくりね。

 しっかり、チームヒカルに染まったみたいだわ。


 でも、あの子が相手なら、勝ち目はないわね」


 小さな溜息。


「……申し訳ない」

 光の小さな声。


「何分、スキャンダルな話なので、おおっぴらに捜せないんです。

 俺が仕事の合間に捜しているって感じです。

 

 康子さまのお力をお借りできれば……」

わたくしに、何ができるとお思い?」

「あなたが探偵事務所を使って捜せば、俺がジタバタするより、よっぽど、効率的に捜せるんじゃないかと……」

「確かに、あなたは頼りないわ。

 チームヒカルのメンバーだってのが、信じられないほど。


 でも、こうやって、わたくしを使おうとする。

 これって、紫ちゃんがやりそうなことじゃない?」

「ばれましたか?

 でも、ここは、あなたのお力にすがるしかないんです。

 

 申し訳ありません。助けてください。

 俺じゃ、どうしようもないんです」



 グラスを横に置いて、頭を下げた。

 隣で、光も同じようにグラスを横に置いて、深々と頭を下げている。



「参ったわ。男二人にまともに頭を下げられちゃ、どうしようもないじゃない。

 泣き脅しのつもり?」


 康子は、両手を上げて降参した。


「分かりました。できるだけのことはしましょう。

 

 要は、居場所さえ分かれば良いのね?」


「はい。ウチのボスが探偵事務所を使うことはできないんです。


 でも、あなたが使うのは、許されるはずです」


「どういうこと?」


「従兄弟の子が、親に逆らって家出したって、嘘を付いていただければ良いんです。


 あなたがあの子を捜すのは、スキャンダルになりません」


「最初から、そのつもりだったの?

 全く腹黒いタヌキね。

 でも、考えてみれば、紫ちゃんだって可愛い子ダヌキだし、光の君も結構タヌキだわ。

 チームヒカルはタヌキの集まりだったのね。


 そうして、わたくしは、タヌキを愛するバツイチ。

 光の君も好きだし、紫ちゃんも好き。その上、新しくタヌキの仲間入りした惟光さん、あなたのことも好きみたい。


 ここは手伝うしかないわね」


 溜息をついて、肩をすくめた。


 



チームヒカルは六条康子を味方に引き入れます。惟光もチームヒカルに染まって腹黒くなりつつあるようです。がんばれ、惟光!

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