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二人の接近と惟光のモヤモヤ

 光がテレビの収録に出掛けた日、紫へ部屋に籠もるよう厳命がおりた。


 これ以上、俺が紫に近づくのをくい止めたい光の意向だ。

 


 収録は8時に終わる。


 それから、葵とディナーに行き、その後、どこかで飲んでいるのだろう。

 11時を回っても帰って来なかった。

 

 

 夕俺は、夕食をリビングで食べた。

 光も紫もいないのに、わざわざダイニングまで足を運ぶのが面倒だったからだ。


 食事の後で、テレビを見た。

 どのチャンネルも面白くない。

 同じようなことを同じようにしていた。


 トイレへ行く振りをして、紫の廊下に近づく。

 廊下や壁紙の色が、進入を拒否していた。


 これ以上進むとクビになる。

 小心者は、足がすくんで前へ進めない。


 小さな息を吐いて、リビングへ戻ろうとしたとき、すすり泣きが聞こえた。




 あの子が泣いていた。


 こんな時、誰か側にいてあげれば良いのに。




 通りかかったメイドが、目で非難した。

 聞いてはいけないものを聞いてしまったのだろう。

 松嶋執事が、ホットミルクのマグを持って奥の部屋へ向かうのが見えた。




 紫は、明らかに光を好いている。


 その光は、葵とデートしていた。

 そうして、いずれ結婚する。


 そうなると、あの子は独りぼっちになるのだ。



 紫には、それが分かっていて、光が傍に来ることを拒んでいる。


 


 光は、紫を手元に置いたまま、葵と結婚するのだろう。

 紫を他の男に譲るなんて、あり得ないことだった。

 飼い殺しも良いとこだ。

 

 だが、紫には、それが分かっていて、それでも光が好きなのだ。

 あの自分勝手な男が。

 


 リビングへ戻って、飲みたくなった。


 メイドに頼んでウイスキーをもらう。

 

 就職する前は、こんな高価な酒は飲んだことはない。でも、この屋敷には、高級な酒がゴロゴロあるのだ。

 リビングの一角にカップボードがあって、高価なウイスキーやブランデー、有名どころの吟醸酒が並んでいるのだ。

 光から、好きに飲んで良いとお墨付きをもらっている。

 こういう時こそ、飲むべきなのだ。

 

 俺が1本や2本飲んでも、光の懐は痛くも痒くもないだろう。

 あいつのやり方が面白くない。できれば、袂を分かちたいほどだ。

 でも、ここを辞めると生活できないし、肝心の紫が光を許しているのだ。

 

 思考が空回りして、やるせない。


 テレビの前でグラスを傾けると、琥珀色の液体の向こうで、緑の怪獣が肩を振るわせて泣いているような気がした。

 



 12時半を過ぎて、玄関に物音がした。光が帰って来たのだ。


 良い気なものだ。


 あの子は泣いていたのに。

 自分は許嫁とディナーを楽しみ、酒を楽しんだのだ。


 

 俺は、少し酔っていた。

 酔っていたから、あえて玄関へ向かった。



 思った通り、微醺を帯びた光が立っていた。


 一仕事終えた満足感に浸って、執事に訊いていた。


「紫は?」

「寝付けないようでしたので、睡眠導入剤の入ったホットミルクをお勧めしました。

 先ほどやっと、お休みになられました」

「薬は止めろと言ったはずだ」

「申し訳ございません。

 しかし、今日は、とてもお休みになれる状態ではございませんでした」

「だったら、起きて待っててくれれば良かったのに」


 


 残念そうな一言に、切れた。



「ズッと、泣いてたんだ。

 そこの廊下まで泣き声が聞こえてた。


 松嶋さんは、これ以上、あの子を泣かせたくなかったんだ。


 大丈夫。守秘義務がある。誰にもしゃべらない。

 

 良い気なもんだ。


 自分は許嫁とデートしてるってのに、あの子を誰にも渡さないって?


 じゃあ、あの子はどうなるんだ?

 一生、飼い殺しにするつもりか?

 あの子の人生は?

 あの子の幸せは?


 大体、地域住民や国民の幸せを目指す政治家が、たった一人の女の子の幸せに配慮できないってのが、気に入らない。


 あんなに泣いて。あんなに泣かせて。


 俺だったら、絶対、泣かせない」

 



 光の顔色が変わった。


「君に何が分かる?

 これは、あの人が考えたことなんだ」

「あんたほどの人間だったら、葵の上と結婚しなくてもやっていけるはずだ。

 どうしてあの子と結婚しない?


 年が違いすぎるか?

 十ぐらいなんだ。またとない同士なんだろ?」

「……親が……許してくれない……」


「あんた、いくつだ?

 親じゃない。あんたの問題だろ?


 勝手な男だ。

 そのくせ、あの子が他の男と仲良くするのを嫌がるんだ。


 大丈夫。俺は、あんたと違ってロリじゃない。


 こんなとき、あの子に家族がいて、助けてやれれば良いのにとか、あの子に年相応のボーフレンドがいれば良いのにって、飲みながら考えてただけだ」


「紫に会って恋に落ちない男はいない。

 君だって、あんな目をしてたくせに」

 

 吐き捨てるように言うと、真っ直ぐ奥へ進む。

 そのまま紫の廊下を抜けて、あの子の部屋のドアを開けるのが見えた。

 


 

 やっと寝付いたあの子を起こすのだろうか?


 眠っているあの子を抱くのだろうか?


 

 

 翌日の朝、二人ともダイニングへ現れなかった。


 松嶋執事がメイドに紫の部屋へ二人分の朝食を運ぶよう指示しているのが聞こえた。

 


 その日、光が出掛けたのは、昼過ぎだった。


 玄関先で紫を抱きしめて、長いキスをしているのが目に留まった。


 頼りなげにキスを受ける紫は、いつもと様子が違っていた。

 あらがおうするが、力が入らない。そんな風情だ。



「今夜は起きて待ってて」


 体を離す前に、囁く。


 紫は、悲しそうに首を横に振る。


「私が憎い?」

 

 紫は、恨めしそうに見上げた。


「すまないことをした。

 でも、君は僕の傍にいる。そうして、愛おしいんだ。

 君には悪いが、君がいてくれて……嬉しい」


「ヒカルが……嫌い」



『ヒカルが、好き』と言っているように聞こえた。



「ヒカルが……嫌い。

 わがままで、自己中な……ヒカルが、嫌い」


 

 一歩下がって続けた。


「やめた方が良い。

 お父さまに叱られる。藤子さまに叱られる。

 ボクは、ヒカルの傍にいたいんだ」

 



 藤子さま?

 私の知らない人物、それもかなり重要な人物がいるようだ。



「大丈夫。全員に口止めしてある。父さん達に、知られるはずがない」

 

 それでも、紫は首を横に振ってあえいだ。


「恐ろしいんだ。神様が許してくれない」

「神?神罰を受けるのは、あの人達だ。

 君は、犠牲者だ」


 


 昨夜から今朝にかけて、二人の間に何かがあった、と確信した。



 車が見えなくなった後で、わざと何気なさそうに聞いた。


「調子、どう?」

「まあまあ。

 昨日、お薬飲んで寝たから」

 少し恥ずかしそうに言った。

「惟光、ヒカルみたいなこと訊くんだ」

「ジュニア、こんなこと訊くの?」

「うん。いっつも顔見ると、調子、どう?って」

「毎日、会ってるのに?」

「ボクがあんまり長生きできないから、気になるらしい」

「あんた、長生きできないのか?」

「うん。体質的なものなんだって。小さい時からそう言われてる」

「でも、一病息災って言葉もある。案外そういうヤツに限って、長生きするかも知れないぞ」

「うん。ヒカルもそう言ってくれる。人生なんて分かんないものだって。

 健康な人が、事故で死んだりするし」

「そうだ。あいつ、たまには良いこと言うじゃないか」

「だから……好きなんだ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめた。





 勝手にのろけろ!





光と紫の間に何があったのでしょう?

紫に好意を持つ惟光は、自己中の光に我慢できません。かといって仕事を辞めるわけにもいかず、難しいところです。

がんばれ、惟光!

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