紫の孤独と光の執着
気分を変えようとして、地域の経済振興施策について訊いた。
以前、紫が地域の産業振興には、その地域独自の哲学が必要だと言っていたのを思い出したからだ。
「経済が首都に一極集中しているだろ?
地方が独自性を出して、特色ある産業を興さないと、じり貧になるんだ。
このまま行くと、終いに、東京以外の地方に住んでいるのは老人だけで、あとの人々は、その老人をサポートする職種だけだということになりかねない」
「そうだな」
暗い現実だった。
「どうして、こういうことになったと思う?」
「どうしてって、東京に本社を置く大企業が、地方のお金を吸い上げたからだろう?」
「そう、地元の小さな企業が大企業に負けて、消えてなくなったからだ。
でも、この状況は、大企業にとっても良くないんだ」
「どう良くないんだ?」
「短期的には、利益が上がる。
でも、長期的には、経済の規模が縮小する。つまり、収益が減るんだ。
行政は、放任主義や規制緩和じゃなく、中小零細経営者を援助すべきなんだ。
単に補助金を出して補助金がないと経営できない経営者を作るんじゃなく、大企業と対等に勝負できる自立した経営者を作ることが求められるんだ」
「大企業にハンデでもつけるってか?それは、規制になる。消費者の利益はどうなる?」
「消費だけする消費者はいない。消費者は、別の局面で経営者若しくは労働者として地域経済に関わるんだ」
ハーブティーを飲みながら、リビングで行われているであろうことを考えまいとするかのように、紫はゆっくり論じた。
光が葵と一緒にいるせいだろうか。
何とも言えない緊張感があって、いつもより美しさが際だつ。鳥肌が立ちそうだ。
不意に、椿の花を思い出した。
この屋敷に住むようになってすぐ、庭に小ぶりの椿を見つけた。
『侘助』という白い椿で、茶花だという。
吐く息が白く見える寒さの中、清々しい様で咲いていた。凛とした気配で、散るときは、潔く花ごと落ちるのだ。
この日の紫は、あの椿に似ていた。
気が付くと、紫じゃなく、紫を構成する美しい部分を見つめていた。
ゆっくり言葉を紡ぐ形のいい唇。宙を泳ぐ視線。長いまつげ。整った顔立ち。長い髪は、さっき撫でたとき、しっとりした量感があった。
話の内容より、その美しさに酔った。
光が現れて、我に返った。
俺は、どんな顔をしていたのだろう?
光の目に冷たい炎が燃えていた。
「惟光、何をしている?」
「紫の所見を聞いてました」
「そんな目をして、か?」
背中を冷や汗が流れた。
光は、紫に向き直って、問いただした。
「どうして、部屋にいない?」
「一人でいられなかったんだ」
珍しく、言いよどむ。
「あの人との結婚を言い出しだのは、父さんだ。でも、勧めたのは、君だ」
「戦略的には、必要なんだ。
ヒカルがあの人と結婚すると、近衛将之氏の地盤を利用できるし、将人さまが出馬を諦める。
知事選を優位に戦えるんだ。
……ただ、あの人はボクが嫌いで、ボクもあの人が嫌いなんだ。
だけど、あの人の言ってることは……間違っていない。
あの人は、いずれ、二条家の一族になる。
ボクは、命に従わなけりゃならない。
ボクがヒカルの側にいるのが良くないっていうのも、間違っていない」
これ以上不愉快な話を聞きたくなかったのだろう。光は、紫の肩を掴んで引き寄せた。
「葵が何を言おうが気にするんじゃない。
君は、私の側にいるんだ」
そのままそっと抱きしめて、当然のように言った。
「言ったはずだ。あの人が帰ったら、君の部屋に泊まるって」
思わず、耳を疑った。
マジマジと二人を見た。
仲が良いのは知っていた。
でも、この二人、どういう関係なんだ?
「来て欲しくない」
やんわりと押し返す。
「今夜は、君の側で休ませて欲しい。くたくたなんだ」
「ヒカル、この頃、おかしい。
言ったはずだ。
そういう付き合いは嫌だって」
「君も、もうじき大人になる。
大人になったら……。
いつまでも、二条家の呪縛に縛られているんじゃない。
私だって、生身の男だ」
辛そうにかき口説く。目に熱がある。
「呪縛から解放されてくれ。……私のために。
君を……誰にも…渡さない」
『あの子に夜とぎを命ずる』
近衛将人の台詞を思い出した。
「ほら、おかしい。すっごく、おかしい。
前は、女たらしの社交辞令だったのに……。
ヒカルは、そんな目をしちゃダメ。
元に戻って。
ボク、ここにいる。ヒカルが元に戻るまで、ここにいる」
「ダメだ。ここには惟光がいる。
これ以上、君をこいつの側に置いておけない」
視線を絡めて、すっと、くるむように抱きしめた。
「君が嫌がることはしない。
だから……私を…独りに…するな」
独り?
紫を独りにしているのは、光の方なのに。
勝手な男だ。
紫の力が抜けるのが分かった。
美しさが部屋中にこぼれて落ちた。
さあ、と、促されて、紫は奥へ戻って行った。
もう、二度と会えないような、光が二度と会わせてくれないような、そんな気がして、息が詰まるようだった。
紫の美しさが燃え上がり、惟光は惹かれて行きます。それは、光の逆鱗に触れることになりそうで、惟光は窮地に陥ります。
がんばれ、惟光!




