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結果オーライ

 ある雨の日、州立美術館の視察に行った。


 ここは、もともと、有名な画家が自身の絵を州に寄付したことから、入れ物を州で作ったのだ。


「なまじ寄付してくれたので、余計なお金がかかるようになったんだ」

「そんな罰当たりなこと言うんじゃない。

 あの画伯の絵って、ものすごく高いって話だぜ?」

「でも、そんなこと、州がする必要があるんだろうか?

 国立美術館にでも寄付してくれたら良かったのに。

 建物建てて、職員置いて、でも、入場者ってほとんどいないじゃないか」

 


 平日の午前中、しかも雨だ。

 俺達の他には、誰もいなかった。


 確かに、こんなに入場者が少ないのに留守番を雇わなければならないと言うのは、問題かも知れない。

 入館料で、留守番のバイト代もまかなえないだろう。


「文化ってのは、金がかかるもんなんだ」

「でも、こんなに金のない時代、こんな優雅なお金の使い方って、ボクには理解できない」



「光さま。こちら、ほら、平日って空いてて、良しいでしょう?」

 

 女の声が聞こえて、俺と紫は顔を見合わせた。


「順路は、こちらですわ」

 上品な声だ。

「光さまとご一緒に、こんなにゆっくり美術館を回れるなんて、わたくし、幸せですわ」

「葵さん。全く、あなたの強引さには、驚かされます」


 光の呆れたような声が聞こえた。



 ヤバっ!!! 


 慌てて紫の手を引いて、途中退場のドアから抜け出す。

 雨の中を車に戻りながら、ぼやきあった。



「ジュニアは、今日は、仕事だったんじゃないか?」

「うん。将人さまと道路族の関係者の勉強会に出席するって話だったんだけど……」

「中止になったって感じだな」

「それにしても、よりによって、こんなとこに来なくても」


 紫が頭を抱えた。

 俺だって、頭が痛い。いや、むしろ、お前より俺の方が頭が痛い。



 

 駐車場で絶句した。俺達が乗って来た車の隣に、光の車が停まっていたのだ。

  



 帰宅後、これまで視察した施設の整理をして感動した。


 紫の資料はすばらしいもので、一目で、その施設の特徴、工事総額、管理状態、維持費、利用状況等が分かるものだった。

 特に、紫の目から見た利用者の様子の記述が秀逸で、施設の存在感をしっかり伝えている。

 

 この表を見ると、問題点が浮き彫りになる。

 同じ施設を見て来たというのに、紫の視点に唸った。




 事務室のドアが開いて、光が入って来た。目に冷ややかなものがある。


「今日、どこへ行って来た?」

 声に怒気がある。


「どこって?」

 

 ここは、しらばっくれなければならない。

 俺は、とぼけた。


 頑張れ、俺。


「州立美術館でウチの車を見た。

 私が気が付かないとでも、思ったのか?」

「前にヒカルが言ってた、これを作ろうと思って」


 紫が、事務的にパソコン画面の資料を示す。



 簡単に白状するんじゃない!

 完全黙秘を貫こうとした俺がバカみたいじゃないか。

 それに、叱られるのは、お前じゃなくて、俺なんだ。くそっ。



 画面を見た光が激高した。


「こんなもの作ろうと思ったら、そこら中、走り回らなきゃならないだろ?

 調査は惟光に任せるよう言ったはずだ!


 もしかして、君も一緒に出歩いたのか?」

「うん。惟光に頼んで、あちこち一緒に走り回ってもらった」



 俺に任せたと言えば良いものを。

 バカ正直なのだ。


 仕方がない。援護に回ろう。


 覚悟を決めて参戦した。


「一月以上かかりました」


「よくもまあ、今まで隠して来たものだ。

 言っただろう?

 君は、部屋を出ちゃいけないんだ!」

 光の拳が震えた。

「君は自分の立場ってものが分かってるのか?」


 紫が俯いて黙り込んだ。


「私がこんなに心配してるのに、勝手にあちこちウロウロして!

 君は、自分がどういう存在か分かっていない。

 君を欲しがる人達が大勢いることを絶えず意識していなければならないんだ!」




 美しい男が切れると怖い。

 

 その迫力に、体中の血が音を立てて引いていった。


 



 電気のブレーカーが落ちたようだった。


 突然、紫のモードが切り替わった。

 蒼白な顔でひざまずいて、光を見上げた。


 目が普通じゃない。瞳孔が開いて、虚ろな目。焦点が合っていない。


「申シ訳……ゴザイマセン……ゴ命令ニ……背キ……二度ト……」


 

 項垂れて裁きを待つ。


 いつもの紫じゃなかった。

 まるで、生権与奪権を持つ者の前に引き出された奴隷、専制君主の前に引き出された農奴のようだ。


 大丈夫か?


「一族……ゴ意思ニ……逆ラッ……」


 光が舌打ちした。


「しっかりするんだ!私は、あの人達とは違う!

 君の意に添わないことは強制しない!」


 肩をつかんで揺さぶる。



 今度は、光が豹変した。

 紫が出掛けたことではなく、紫の態度に、紫にそういう態度を取らせた自分に、怒っている。



 二人とも、どうなってるんだ?

 


 俺が茫然としている間も、光は紫の体を揺すったり、抱きしめたりと、ありとあらゆる方法で目を覚まさせようともがいている。


 思わず、止めに入った。



「俺は、その人のお守りでしょ?」


 

 赤く充血した暴君の目。

 ここは、踏ん張って主張すべきところだ。


「だから、ちゃんと保護者然として、補導員にも捕まらないようにしましたし、変な男がちょっかい出せないように見張ってました。

 それ以上、何が困るんです?」

 


 こんなとんでもない局面で、俺に反論されると思わなかったのだろう。

 

 光が目を見張った。



「滑り台……この子は、滑り台さえ、したことがなかった」

「どういう意味だ?」


「今度のことで気が付きました。

 この子は小さいときから天才だった。


 そうですね?」

「ああ」

「だから、ここの人達は子供らしい遊びをさせたことがないんじゃないですか?

 自然運動公園に行ったとき、滑り台も知らなかった。

 滑ってみろって言ったら、怖がって滑れなかった。

 普通じゃない。

 あんた達は、この子を養ったのかもしれない。

 でも、養うなら、普通のことをさせてやれよ。

 子供らしい遊び、女の子らしい外出、あんたがしてるのは、綺麗な部屋に閉じこめて、ゲームで遊ばせているだけだ!」



 俺が声を荒げると、紫が叫んだ。


「やめて!」


 我に返って、真っ青になっている。

 口を覆って、辛そうに言った。


「光は悪くない。……ボクが悪かったんだ。ヒカルがダメって言ったのに……。勝手に動き回った。

 

 楽しかったから。

 いろんなもの見て、いろんなことして、楽しかったから。

 仕事ってのは、言い訳だ。

 

 ボクは……楽しかったんだ」


「楽し……かったの……か?」


 光が呆けたように紫を見る。

 紫が元に戻ったので、脱力したのだ。




 俺も思わず息を吐いた。

 

 ……良かった。紫が元に戻った。


 俺も脱力して、へなへなと座り込んだ。



「うん。惟光が一緒に滑ってくれた。

 滑るのは、一瞬なんだ。

 怖かった。

 でも、惟光が支えてくれたから……怖かった、けど、楽しかった」


 紫の声がかすれている。

 



 長い沈黙があった。




「明日、時間を作る……。

 三人で……そこへ、行こう。

 私も……君と、滑りたい」


 光が、絞り出すように言った。








「楽しかったみたいですね」


 ルームミラーに紫の寝顔が見えた。

 後部座席で、光の膝を枕にして眠っている。光がそっとジャケットを掛ける。


「前のときも、こんな風に眠った?」

「ええ、助手席で寝るのは運転に支障が出るからダメって言ったら、さっさと後ろに回って、お休みって。

 良い根性してます」

 

 光が、クスリと笑った。


「君の言うとおりだ。

 あんなこと、したことがなかったんだ」

「良かったじゃないですか」

「ああ、君のおかげだ……ありがとう」


 息を吐いて、紫の頬を撫でる。

 指で唇に触り、髪をもてあそぶ。


「もっと、いろんなことをさせた方が良いのかもしれない。


 今日だって、人混みを怖がった。

 ここんところ、人が集まるところへ行ったことがないからだ」


「そうですね。人混みを怖がるようじゃ、選挙の役に立たない。

 ブレインとしても、致命的なことです」

「致命的って?」

「生活感がないんです」

「惟光。君、言うなあ。殺し文句だ」

「褒め言葉と受け取っても良いんでしょうか?」

「ああ、褒めているんだ。

 君は、想像以上だった」


 






どうなることかと心配しましたが、結果オーライで、惟光の首もつながりました。やれやれです。

がんばれ、惟光!

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