ボスと上司
「あんたの計画では、ジュニアは、葵の上と結婚するんだったね?」
「うん」
「六条さんじゃダメなの?」
「あの方は、バツイチで年も上なの。だから、対面を気にする議員や首長の夫人には向かないって、ご自分でおっしゃったの。ヒカルの恋人の一人で十分だって。
こういう話は、どんな障害があっても頑張るって意欲がないとどうしようもないでしょ?」
お前は、仲人婆さんか?
「でも、あの浮気者は、たまにしかデートしないだろ?」
「康子さまが、どのぐらいの頻度でデートしたいのか分からないけど、今のところは、友好関係が続いているみたい」と、肩をすくめた。
光と紫の関係は、不思議なものだった。そう、不思議としか言いようがないのだ。
光は、無二の戦友として、そして軍師として、紫を頼りにしていた。
紫は、光を絶対の存在として信頼しているように見えた。
これほどの才能がありながら、自ら前へ出ようとしない。
そうして、いつも光の側でじゃれていた。そのじゃれ方も子犬か子猫のようで、何かの拍子で体が接触しても、全く気にしない。むしろ、光も紫も、わざと触れ合っているようにさえ見えた。
紫は、光が抱きしめたり、キスしたりしても意に介さない。
くすぐったそうに笑っている。まるで、子供のようだ。
ある時、我慢できなくなって言った。
「あんたねえ、普通、十六の娘が、人前で、そうそう男に触ったり、触られたりしないもんだろ?
しかも、キスしたり、されたり、どうなってるんだ?
あんた達には、良識ってもんがないのか?使用人も呆れてるだろ?」
「良識って?」
「モラルって言うか、何て言うか、そう言うことだ」
何で、俺が、こんなこと説明しなけりゃならないんだ?
紫は、そんなことを考えたこともないのだろう。
不思議そうな顔をして、俺の顔を見つめた。
そうして、ニヤリと笑って言った。
「惟光は、自分がそっち方面の願望があるから、そう思うんだ。
ボクと光は、何をしても、相手をそっち方面の対象として見ない。
だから気にならないんだ。
分かった。
惟光は、自分が交じってないから、そう思うんだ。一緒にやったら良いんだ。
惟光もする?
交ぜてあげる」
目の前が真っ暗になった。
この子にこんなことを教えたのは、光だ。
あのスケベの女ったらしが。
「……遠慮しとく。
って言うか、対象として見ないって?
そんなこと言ってるから、葵の上がやっかむんだ」
「葵の上……ね」
溜息をついた。
「ボクには、あの人が理解できない。
光は、あの人の夫になるんだ。例え、ボクがヒカルの側いても、妻は葵さまだ。
気にしなくて良いのに」
「そりゃあ、理屈はそうだろうが、人間には感情ってものがあるんだ。
感情が、許さないんだろうよ」
「感情……ね。難しいものなんだな」
ったく、こんな非常識な連中と付き合わなければならない葵の上が、気の毒になった。
春の柔らかな日差しの中で、ソファに座る光の足下に寝ころんで嬉しそうに目を細める紫は、まるで子犬のようだ。
光は、そんな紫が愛おしいのだろう。
髪に触れたり、頭を撫でたり、実の兄妹みたいだ。
相手をそっち方面の対象として見ない。
何となく、納得できるようで、できないようで……。
ええい、何が何だか分からなくなった。
ここは、俺の常識では計り知れない場所だ。
ただ、この二人が普通と違うのは、二人の話題が、とんでもないものだということだ。
その時の話題は、例の赤字に悩む国際空港をどうするかということだった。
話題が話題だったので、俺も側のソファで拝聴した。
「近所に空港があるのに、どうしてあんなものを作ったんだろ?」
まだ詳細な調査に入ってないせいか、紫の疑問は、いつもと違って素朴なものだった。
「古いのが手狭になったからだろう。
第一、手狭なだけでなく、空港周辺の騒音公害で限界だと言われていたんだ。
あの辺りって住宅が多いから」
「でも、あんな辺鄙なところに作らなくても良かったのに」
「空港ってのは、広い場所が要るんだ。あそこしかなかったんだろう」
「それで、海を埋め立てたの?そのせいで、毎年10センチ以上沈んでるのに。
まるで、海にお金を埋めてるみたいだ」
「でも、今更どうする?」
「それが問題なんだ。
でも、あんな辺鄙な所に作ったせいで、空港へ行くのに市街地から1時間以上かかるんだ。
前の空港なら30分もかからないのに」
「何が言いたいの?」
「この際、お金を捨てるみたいな新空港を諦めて、古い空港を整備し直したらどうだろう?」
「無茶だ。これまでに費やした金額もすごいし、経済界だって新空港の整備を望んでいる」
「でも、経済界って、海に埋めるお金は自分で出さないからそう言ってるような気がする。
自分であそこを整備するなら、毎年10センチも沈む不便な空港をいつまでも抱えているかな?
この際、これまでの経費は諦めないと。
今後、今まで以上のお金がかかる」
「過激な発言だ」
「良いんだ。
視界は、360度あるんだ。あそこを整備することを前提とした議論しかしなかったら、180度の中でしか解決策を探れない。
でも、スクラップすることも含めて考えれば、360度の幅で検討できるんだ。
ヒカルがスクラップする案をとらなくても、整備しか考えない議論より、幅のある議論になる」
横っ面をはり倒されたような気がした。
光の考えに迎合して、光が望むようなことだけ提案していては、解決策が限定される。
それは、ブレインとしての紫の本意じゃないのだ。
光は、静かに息を吐いた。そうして、紫を膝に座らせて、唇に軽いキスをした。
「君は、時々、驚くようなことを言う」
愛おしげに見つめて、抱きしめた。
光の視線の色合いが変わったような気がした。
君にはそろそろ他の付き合いもして欲しい。そう言ったのは光だった。
何をしても、相手をそっち方面の対象として見ない。そう言ったのは紫だった。
二人の心に、小さな齟齬が生じているような気がした。
光の気配が変わったのに、気が付いたのだろうか。
紫が、すっと立ち上がった。
「ゲーム、する」
「また、弁慶さん?」
「うん」
「一緒に私のゲームをしよう」
「だって、ヒカルのゲームって戦いばっかりなんだもん」
「現実は、もっと大変なんだ。これは、現実を生き抜くためのシミュレーションだ」
「そんなこと言っちゃって、単に好戦的ってだけじゃない?
ボクは、平和と民主主義を愛するんだ。
ヒカルの薄愛主義と違って、弁慶さんの愛が良い」
「たまには、私に付き合いなさい。弁慶さんとは、私のいないときにデートできる」
笑いながら俺も誘う。
「惟光、君も一緒にどうだ?」
「いや、結構です」
「やめた方が良い。大体、真田幸村と織田信長が松永弾正を滅ぼすのに共闘を組むんだ。時代考証もあったもんじゃない。
無茶苦茶なんだ」
「どこが無茶なんだ?
戦国武将で最も優秀な松永久秀を最強の革新派織田信長と最後の知将真田幸村が討つんだ。豪華キャストだ」
「島 左近が信長の陣営にいたんだ。
どうなってるんだ?
そのうち、和平調停に聖徳太子が出て来るぞ」
「言わせてもらうが、あのゲームに聖徳太子は出て来ない。
でも、出て来たら、どうだって言うんだ?
優秀なお人だ。円満な和議を結べるじゃないか」
ったく、無茶苦茶だ。
でも、これが、俺のボスと上司なのだ。
一体、俺は、どうなるんだろう?
惟光のボスと上司は、規格外です。彼は、とんでもんないところへ就職したようです。
がんばれ、惟光!




