惟光の受難
屋敷に戻ると、執事の松嶋始めメイド達が揃って出迎えた。
何てったって、若旦那さまのお帰りだ。
「お帰りなさいませ」
松嶋の落ち着いた声が出迎えた。
誰かが小さな声で合図して、メイド達が一斉にポーズをとった。
「お帰りなさいませ~ご主人さま~♪」
思わずのけぞった。
どこのメイド喫茶だ?
横を見ると、光が腹を抱えて笑っている。
執事の松嶋が、必死で笑いをかみ殺している。
執事は笑わないものと、相場が決まっている。ちょっぴり気の毒になった。
ようやく息ができるようになった光が、一番端のメイドを指さした。
「誰の仕業か見当がついてる。
一人多い!」
「ばれた?」
紫だった。
ぺろりと舌を出すその人は、信じられない可愛らしさだ。
ただ、眼の強さが普通じゃない。存在感が違うのだ。
光は、楽しそうに紫を抱き上げて笑った。
「可愛い人だ。どこで覚えたの?」
「テレビで見たの。いっぺん連れてって。
惟光も一緒に」
「ダーメ」
そっと降ろすと、微笑みを納めて続けた。
「今のは、面白かった。
でも、あんまり表に出て来るんじゃない。
将人が一緒だったら、どうなったと思う?
今日も、ねだられた。あいつ、君が欲しくて仕方がないんだ」
紫が真っ青になった。
それから起こった出来事は、俺を驚かすに十分だった。
「将人は、君が十四の時でも、あんなだった。今の君を見たら……」
そう言いながら、光は紫を引き寄せると、額、耳元、頬と順にキスした。
大切なものを確認するかのように、一つ一つ。
この二人、どうなってるんだ?
誰か、説明してくれ!
あまりのことに、息ができない。
悶絶寸前の俺を見て、美保が笑いながら言った。
「惟光さん、気にしなくて良いの。いつのもことだから」
当事者の紫も真面目な顔で説明する。
「そうだよ。言っただろ?ヒカルって、女ったらしなんだ」
「女ったらし、女ったらしって言うんじゃない!」
光が憮然とする。
「女ったらしって、こういうことするもんなんだ」
紫が、民主主義の定義を説明するような調子で言う。
つくづく非常識な少女だ。
隣にいた美保にも軽くキスをして、光が楽しそうに奥へ進む。
紫の手を引いて、今日は一緒に夕食を食べよう、とか、あれ、デートじゃなかったの?とか、盛り上がっている。
今度こそ分かった。
とんでもないところに来てしまった(!)のだ。
紫が、自分の書いた論文や資料を俺のパソコンにドンと送って来た。
「ジュニアは、取りあえず、知事を目指すんだろ?」
「そうだよ」
「マニュフェスト書くのに、ここまで州政の研究をする必要があるのか?」
「惟光も知ってのとおり、我が国の制度には行政の継続性という意味で欠点がある。
ヒカルが知事になったら、従来の政策との継続性も重視しつつ、ヒカルの独自性を出したいんだ。
そのためには、できるだけ州政や国政に通じていなければならない。
国政については、お父さまの久光氏のブレインが研究している。ボクが任されているのは、州政なんだ。
日々のルーチン業務は、州庁の職員がする。ヒカルがするのは重要事項の政策判断になる。
でも、的確な政策判断をするには、それ相当の知識や情報が必要になるんだ」
紫の目がキラリと光る。
壮大な話に血の気が引いた。
俺と紫の実力の差を意識させられた瞬間だった。
レベルが違うのだ。
だが、追いつくためには、一歩ずつ前に進むしかない。
とりあえず、送られた資料を見ることにした。
パソコンに送られてきた資料の中に、あの商店街のレポートがあるのに気が付いた。
紫の手によるものだ。
目を通した方が良いとの判断だろう。
事務室で熟読した。
すばらしいものだった。切れが全く違うのだ。
商店街の現状分析に始まって、今後の展望、行政が取りうる救済策を三つ併記してある。
どれを取るかは、光の判断だと言うのだろう。
ただ、どれを取るべきか、紫の胸の中では、決定されているように感じた。
ポリティカルスクール論文集の、あの大作の論文は、あの子の作品だ。
ブレイン若しくはゴースト。
裏方だと言うことは知っていた。
でも、こうまで徹底して裏方に徹しなくとも良いのに。
あの美しさとこの頭脳。
あの子は独力で表舞台の政治家になれるんじゃないだろうか?
東棟の光のリビングにゲーム機があるのに気が付いた。
紫の部屋にもあったから、この屋敷はゲーム機だらけだ。
リビングのゲーム機にはコントローラーが三つもあった。三人で遊べるようになっているのだ。
三人?
その可能性に気付いて、背筋が寒くなった。
光は、自分と紫、それに俺の三人でゲームをすることを考えているのだろうか?
呆然とゲーム機の前に立ちつくす俺を見つけて、紫が、やろうやろう、と、袖を引いた。
こうして見ると、普通の子なのだ。
光にキスされたり、抱きしめられたりするときの、くすぐったさを楽しんでいるような顔じゃない。
子供らしい純真さが前面に出ている。
ソフトを見て絶句した。
恋愛シミュレーションゲーム。
何だ、こりゃあ?
メイドの美保も誘って、三人でゲームに興じる。
緑の怪獣とメイドに挟まれ、弁慶さんに愛を囁かれる。
地面にのめり込むような一日だった。
だんだん、二条御殿の特異性に気付きますが、これが惟光の職場なのです。諦めて順応するしかないでしょう。
男が、何が悲しくて恋愛シミュレーションゲームをしなけりゃならないのでしょうか。でも、仕方がないのです。紫のお守りも、仕事なのですから。
がんばれ、惟光!




