近衛将人
あちこち挨拶に回って、最後に近衛将之氏の事務所へ連れて行かれた。
氏の選挙区は二条久光氏の選挙区と隣接していて、事務所が電車で十五分ほどのところにあるのだ。
将之氏は道路族のドンだと言われており、光の許嫁の近衛 葵の父だ。
国会会期中のこともあって、ご本人は留守だった。
内心ホッとした。敬遠したい御仁だ。
息子の将人が事務所にいて、応接室に通された。
「残念だ。君が来るのが分かってたら、葵も呼んだのに」
明るく笑う将人は、光と同い年だ。
光と同様、父親の秘書をしながら勉強していて、ゆくゆくは国会議員を目指している。
光が『光の君』と呼ばれているのに対して、『匂の宮』と呼ばれている。
いつも高級オーデコロンの香りを漂わせている上、あっちこっちで他人の恋人を奪うからだ。
恋愛狩人を自認していて、街中の女は、光と将人のどちらかに逆上せていると言って過言でない。
光だけでも目の毒なのに、こうやって二人並ぶと、自分の容貌の凡庸さに溜息が出た。
神様は不公平だ。
待てよ。
俺は、この連中とテレビのオーディションを競ったのだ。
つくづく無駄なことをしていたものだと思った。
「助手を雇ったってことは、ヒカルは、あの子に夜とぎを命ずる気になったってわけか」
将人の言に、目が点になった。
夜とぎ?そこまで、うがった見方をするか?
「考えすぎだ。知事選を睨んで、仕事の量が増えることが予想されるんだ。
しかも、街に出すと、君みたいな好き者に目をつけられて、仕事にならない。
紫は在宅勤務だ」
「ベッドの中の仕事も在宅勤務と言う」
無茶苦茶だ。
この人は、そっち方面のことしか考えないのだろうか?
「なあ、ものは相談だが……」
「紫を譲って欲しいという相談だったら、ノーだ」
「お前は、いずれ葵と結婚するんだ。家内円満のため、僕に譲った方が良い。
葵はあの子と同じ屋根の下で暮らせない。
あの子を僕に譲ってくれれば、みんな幸せになるんだ」
「同じことを何度も言わせるな。
あの子は、最強のブレインだ。君に譲ると戦力ダウンになる」
「あの子、女だろ?」
この人は、あの子が女だということを知らされていないのだろう。
何故だ?
「どうして、そう思う?」
光は平然としたものだ。こいつ、こんな顔してて、結構タヌキだったのだ。
「僕は女が好きだ。人間、好きなものには、詳しくなるんだ。
骨董好きが骨董に詳しくなるようなものだ。
男か女かぐらい、見れば分かる。
葵がヒステリー起こしてた。女の勘だ。あいつにも分かるんだ」
「骨董好きは、往々にして骨董屋にだまされる」
光のひやりとした声。
「惟光くん、君、二人をどう思う?」
突然、話題を振られて焦った。
そんな微妙な話、俺に振らないでくれ!
「二人って?」
「ヒカルと紫のことだ」
腹のさぐり合いか?
ここは、光と将人、両者とも刺激しないような返事をしなければならない。
そうだ。あくまでも、すっとぼけよう。
「ボスと上司の関係を推測しろっておっしゃるんですか?
ノーコメントです。
入った早々、クビになりたくない」
将人が破顔した。
「こいつ、頭の良い!」
「当然だ。紫の審査に合格したんだ」
「また、紫か?
お前、それを言い過ぎるんだ。だから、葵がやっかむんだ」
「関係ない。紫とは、仕事上の付き合いだ。あの人が気にするようなことは、ない」
そろそろ、他の付き合いもして欲しいって、言ってたのは、誰です?
一刻も早く、ここを出たくてたまらなかった。
葵の上は、美しくて聡明だという噂だ。
しかし、あの子にヒステリーを起こすような女人だとしたら、相当恐ろしいお方だろう。
惟光は、光のライバル、近衛将人氏にタジタジです。
顔は良いけど癖の強い人ばかりで、惟光の前途は多難なようです。




