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アレルギー

最近、将棋で遊び呆けて小説の更新を怠っている。エタッたわけでも、ネタ切れしたわけでもなく、単純に面倒なのである。


連載作、せっちん!は、人生は物語を乗り越えられないという点で悲劇であると、言いたいために長々と展開した話である。物語とは、意識的に発生するわけではないところに、厄介さがある。人は意味を見出したがる。月にいもしないウサギを見たり、神を語って悦に入る。


理解は求めないし、これに関しては読みたい奴だけ読めと常々思っている。


そもそも小説は、サービス業に限るものではないと私は考える。読みたくないなら読まなくていい。


もはや、人生を賭してまでプロ作家になる人間は少なくなるのではないか。サービスしたいなら、他人に笑顔で挨拶した方がよっぽどましだ。


将棋で最近流行の戦法がある。角換わりというのだが、これはコンピュータを利用し、人間が手を加えたものらしい。


詳しいことは省くが、プロの間で大流行しているようで、NHK選手権では二週に渡ってこれが採用された。


私は振り飛車党だし、角換わりは先後同型になるためあまり楽しめない。


もちろん、対局毎に進行は全く異なるが花形役者である飛車を深く引いて守りに使うため、ダイナミックさに欠けるきらいがある。


居飛車の戦法がこれに偏るのは流行以外の要因も考えられるが、どうにもコンピュータにより、手が狭まるのは避けがたいようだ。


将棋にしろ、小説にしろ、一貫性が必要な以上、指せる手は有限である。


先日、天彦名人と戦ったソフト、ポナンザの初手も、一見すると理解不能だが、確固とした意味があるに違いない。事実、ソフトが勝利している。


コンピュータに理解できるものが、人間に理解できているうちはまだいい。


もし、許容を超えた何かが出てきた場合、どうすればいいのか。単なるエポックメイキングと見なすべきか、それとも決然と拒否するべきか。


故米長永世棋聖は、かつてソフトと対峙して敗北した。敗北してもその潔さから好感を得たようだ。


しかし、負けた時は悔しくて夜も眠れなかったという。確か角交換を躊躇い、敗北したと本に書かれていた気がする(直接的な敗因はよくわからない。人によって見解は異なるだろう)。勝利の女神からそっぽを向かれたとも。


手を抜くか攻めるか、トッププロなおさら厳しい決断を求められるだろうから、誰も彼を責められない。


未知のものに拒否反応を示す。私の角換わりアレルギーもそれに類するものかもしれない。


単に角換わりが続いただけで、あたかも人間の思考の限界が露呈するというのは短絡的すぎるかもしれない。


しかし、私もソフトに鍛えて貰っている身分だし、人間の領域が狭まるのをどうしても感じてしまうのだ。


果たして小説はどうだろう。大方のストーリーは定跡が確立している。ここ数年、貴方が驚いたストーリーはあるだろうか。私はない。


コンピュータが学習して新手を発見するという笑えないニュースは間近に迫っているのかもしれない。


余談だが私は棋譜を見るより、棋士が直接対局する姿を見る方が好きである。解説があってわかりやすくもあるのだが、真剣な彼らの姿を応援せずにはいられないのだ。


私は人間が嫌いだと思っていたが、こっちのアレルギーはそうでもないらしい。






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