第43位 鍵穴の毒針
• 危険度:★★☆☆☆
• 推定死者数:年に一〜二名(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に三十五名前後(町の治療院の記録から著者推定)
• よく見かける場所:宝箱の錠と、鍵のかかった扉。迷宮の深さを問わない
宝箱の錠に針金を差し込む。指先に、ちくりと小さな痛み。
盗賊を名乗る人なら、一度は刺されたことがあるでしょう。たいていの人は、それを罠だとすら思っていません。
設計規格はこうです。
• 針は、鍵穴のすぐ脇の小さな穴に隠す。錠の中のばねが外れると飛び出して、針金を持つ指先を刺す。
• ばねの引き金は、錠の中のピンの一本につないである。正しい鍵には、そのピンだけを避ける切り欠きがある。針金で一本ずつピンを探る者は、必ずそのピンに触れる。
• 針には、毒矢と同じ痺れ薬を薄めて塗る。指先から手首までが、一刻ほど動かなくなる。
• 針は、ひと月に一度すべて抜いて磨き、薬を塗り直す。
この罠が狙っているのは、命ではなく、盗賊の指です。
錠を針金で開けられると、冒険者は鍵を探さなくなります。鍵は必ず迷宮のどこかに置いてあって、探して歩き回ってもらうほうが、迷宮にとっては都合がよかった。歩き回るほど、ほかの罠に出会うからです。針は、そのための小さな脅しでした。
戦前の死者は、年に一人か二人。片手が痺れたまま、次の罠に出くわした盗賊です。
戦後に変わったのは、針そのものです。
錠の中の薬壺は小さいので、一年ももたずに乾きました。いま刺されても、指は痺れません。そのかわり、七年磨かれなかった針は錆びて、迷宮の泥にまみれています。
錆びた針に刺されると、十日ほどして顎がこわばり、やがて体が弓なりに反り返って死ぬ病にかかることがあります。町では「錆び熱」と呼ばれています。
この罠の恐ろしいところは、迷宮の中では誰も死なないことです。刺された盗賊は、ちくりとしただけだと笑って宝箱を開け、生きて帰ります。そして十日後に、家で死にます。
ギルドの報告書には、この数字は載っていません。報告書が数えるのは、迷宮の中で死んだ人だけだからです。上に書いた数字は、私が町の治療院を三つ回り、記録を見せてもらって数えたものです。
対処法
1. 錠は、まず鍵を探す。迷宮の鍵は、必ず迷宮のどこかにあります。そう作りました。ただし戦後は、先に来た誰かが持ち去っていることもあります。
2. どうしても針金で開けるなら、厚い革の手袋をはめる。針は細いので、厚い革は通りません。
3. 刺されたら、迷宮の中でも、すぐに傷口を水と強い酒でよく洗う。
4. 町に戻ったら、刺されたことを必ず治療院に伝える。痛くなくても、です。錆び熱を防ぐ手当ては、顎がこわばる前にしか効きません。
余談
「はじめに」で、罠を組む指は鍵を開けるのにも向いている、と書きました。本当は、順番が逆です。
私は十二の歳まで、港町で錠前破りをしていました。親はいませんでした。
その冬、迷宮の宝物庫には金貨が山と積まれていると聞いて、一人で潜りました。床石の目地を見て歩き、振り子の拍子を数え、宝物庫までたどり着いた。そして最初の宝箱の錠に針金を差し込んだところで、指を刺されました。
右手が動かなくなって宝物庫の床に座りこんでいると、壁の一部が音もなく開いて、老人がひとり出てきました。設計士だけが使う、点検通路の扉でした。それが、ガルド老でした。
彼は私の右手をとって指先の傷をあらため、それから言いました。
「どうやって、ここまで来た」
私は全部話しました。どの床石が怪しく見えたか。振り子をいくつ数えたか。話し終わると、ガルド老はしばらく黙っていて、それから、迷宮を作る側に来る気はあるか、と聞きました。
その日から、私は設計局で暮らすことになりました。見習いの三年間、私の仕事は針を磨くことでした。ガルド老の言いつけです。
「刺された者が、いちばん丁寧に磨く」
ひと月に一度、迷宮じゅうの錠から針を抜いて、錆を落とし、薬を塗り直す。地味で、誰もやりたがらない仕事でした。三年後、設計士として最初に任されたのが、第五十位で書いた大岩の調整です。それからも、私は自分の迷宮の針だけは人に任せませんでした。
局がなくなる前の月、私は自分の迷宮の針を、一本残らず磨きました。それが最後です。
いまの店では、毎朝、町の人の錠前を磨いています。針の入っていない、ふつうの錠前です。
あの迷宮の針は、私が最後に磨いた日から、七年分錆びています。




