第42位 火を吐く像
• 危険度:★★☆☆☆
• 推定死者数:年に二〜三名(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に四十名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:中層から深層の、行き止まりの通路。突き当たりに獣の頭の石像がある
行き止まりの壁に、口を開けた獣の像がある。近づいた瞬間、その口から炎が噴き出し、顔のすぐ前を熱が走る。
設計規格はこうです。
• 像から十歩の位置に、踏み板を置く。踏むと像の口から燃える水が噴き出し、奥の火打ち石が火花を散らす。
• 炎が届くのは、像から八歩まで。踏み板を踏んだ本人には、熱だけが届く。
• 一度に噴く量は、弁で樽半分と決めてある。燃え残りは床の溝を流れ、像の足元の排水口へ落ちる。
• 燃える水は、迷宮の深くから湧き出るものを管で引いている。
踏んだ人の目の前、二歩先で炎が止まる。その二歩が、この罠のすべてです。肌を焼くような熱と、焦げた前髪の臭い。死なずに、死の距離を知る。迷宮にとっては、短くて濃い恐怖でした。
では、年に二、三人の死者は誰なのか。
踏み板より前にいた人です。踏み板を見つけてまたぎ、像を調べに先へ進んだ斥候の後ろで、別の仲間が踏み板を踏んでしまう。そうなれば、前にいた人は炎の中です。
戦後に変わったのは、弁です。
弁には革の詰め物がしてあって、私たちは半年ごとに替えていました。七年、誰も替えていません。腐った革の隙間から、燃える水が少しずつ漏れ続けています。
漏れた燃える水は、床の溝を流れて排水口へ落ちるはずでした。けれど溝には七年分の煤と砂が詰まり、燃える水は流れずに、通路の床に溜まっています。
燃える水は、溜まると鼻を刺す臭いの気になって、通路の空気に混じります。そこで火花が散れば、炎は像の口だけでなく、通路じゅうの空気と床に燃え移ります。八歩では止まりません。踏み板を踏んだ本人も、その後ろの仲間も、炎の中です。
火をつけるのは、踏み板の火花とは限りません。たいまつを掲げて入ってきた冒険者自身が、火をつけることもあります。
久しぶりに人が来た通路ほど、溜まっている量は多くなります。
対処法
1. 行き止まりの通路に、鼻を刺す油のような臭いがしたら、それ以上近づかない。
2. 床が濡れて光っていたら、それは水ではないかもしれません。
3. 獣の頭の像がある通路には、たいまつを持ち込まない。灯りは、火を使わない魔石の灯りにする。
4. 踏み板を見分けたら、全員でまたぐ。一人でも踏めば、前を歩く人が炎の中にいます。
余談
私の迷宮の火を吐く像は、ヴェインと二人で作りました。私たちが一緒に仕事をしたのは、後にも先にもあの一度だけです。
炎がどこまで届くかを計算したのは、彼でした。噴き出す量、弁の太さ、通路の風。彼の計算は、指一本ぶんも狂いませんでした。踏み板を十歩の位置に置くと決めたのは、私です。
床の溝を掘れと言ったのも、ヴェインでした。私は溝なんていらないと思っていました。燃える水は、どうせ燃えてなくなると思っていたからです。
「燃え残りは、必ず流せ」と彼は言いました。「溜まった燃える水は、次に誰かが来たとき、俺たちの計算を全部無駄にする」
私は少し意外でした。殺す罠のほうが誠実だと言っていた男が、炎が届きすぎることを心配していたからです。そう言うと、ヴェインは図面から目を上げずに答えました。
「殺すなら、殺すと決めて殺せ。事故で殺すのは、設計士の恥だ」
去年のギルドの報告書に、あの通路の名前がありました。春に、五人。若いパーティだったそうです。報告書には、五人の名前が並んでいました。
あの通路は春に一度燃えたので、いまはまた少しずつ溜まりはじめているはずです。
十九年迷宮を作ってきて、自分の迷宮で死んだ人の名前を知ったのは、それが初めてでした。
常連の四人の名前を、私は知りませんでした。知らないままでいられたら、よかったのですが。




