第41位 笑い部屋の格子
• 危険度:★★☆☆☆
• 推定死者数:年に三〜四名(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に四十五名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:転がる大岩の一本道の、右手の窪みの奥にある小部屋。業界では「笑い部屋」と呼ばれていた
第五十位で、ひとつ約束をしました。岩から逃げ切った部屋で、笑い終わるまで一歩も動くな。その理由は第四十一位で書く、と。
ここが、その第四十一位です。
設計規格はこうです。
• 窪みの奥の小部屋には、出入り口がひとつしかない。部屋を出るには、飛びこんだ戸口をくぐって通路へ戻るしかない。その戸口の上に、鉄の落とし格子を吊っておく。
• 小部屋に飛びこむと床の踏み板が沈み、壁の中の小壺の水が、細い管を通って水時計に流れこみはじめる。
• 小壺の水を全部受けると、水時計は満ちる。満ちた水時計は重みで傾いて空になり、そのはずみで留め金が外れて格子が落ちる。
• 水時計が満ちるまでは、六十呼吸。
• 格子は、落ちてから五十呼吸ほどで、錘の力でひとりでに上がる。
逃げ切った冒険者は、まず息を整え、それから笑います。設計局が何百組も数えたところでは、笑い終わって戸口へ歩きだすまでに、たいてい九十から百二十呼吸かかりました。
格子は、六十呼吸で落ちる。笑っている最中の、少し先で、鉄の格子が轟音を立てて床を打つ。終わったと思った直後の恐怖は、最初の恐怖よりよく効きます。
では、年に三、四人の死者は誰だったのか。
笑わなかった人です。
息を整えただけで、笑わずに戸口へ向かった人です。几帳面で、用心深く、先を急ぐ人。そういう人は、ちょうど六十呼吸前後で格子の下に差しかかります。逃げこむなりすぐに飛び出した人は、格子が落ちる前に通り抜けてしまうので、かえって助かりました。
この部屋は、笑わない人を殺すようにできていました。わざとそうしたわけではありません。笑う人のほうが多かったので、笑う人に合わせて作った。それだけです。
二度目からの冒険者は、格子のことを知っているので、落ちるのを見届けてから出ていきます。戦前の死者がほとんど初めての人だったのは、そのためです。
戦後のことは、自分の目で確かめることにしました。
この項目を書くために、私は七年ぶりに、自分の迷宮に入りました。入口の扉には、ギルドの「立ち入り注意」の札が打ちつけてありました。中には入れます。迷宮に鍵をかける人は、もういないので。
一本道で、私は踏み板を自分で踏みました。
音は鳴りませんでした。第五十位に書いたとおりです。背中で床が震えはじめたのが分かって、私は走りました。三十歩以内、右手側に窪みが見えました。私は、そこへ飛びこみました。
四度の傾斜は、重装の戦士より少しだけ遅く岩が転がるように作ってあります。四十を過ぎた錠前屋のことは、想定していません。私は窪みの奥の小部屋に転がりこんで床に倒れ、背中のすぐ後ろを、岩が地響きを立てて通り過ぎていくのを聞きました。
それから、私は笑いました。
止めようとしても止まりませんでした。床に寝転んだまま、声を上げて笑いました。十九年かけて作ってきたものが、作った本人にもちゃんと効いた。それが、たぶん、おかしかったのだと思います。
笑いながら、私は呼吸を数えていました。
六十を過ぎても、格子は落ちませんでした。七十、八十、九十。息が整い、笑いも止んで、立ち上がって戸口まで歩いていける頃合いです。
格子が落ちたのは、百五呼吸目でした。
小壺から水時計へ水を運ぶ細い管に、七年分の水垢がこびりついて、通り道が狭くなっているのです。水が遅く落ちれば、格子も遅く落ちる。
戦前、この格子は、笑っている人の目の前に落ちていました。いまは、ちょうど笑い終わった人の頭の上に落ちます。
そして、格子のことを知っている人ほど危ない。六十呼吸で落ちると覚えている人は、六十を過ぎても落ちてこない格子を見て、壊れたと思ってくぐるからです。
第五十位の対処法に、私は「笑い終わるまでその部屋から一歩も動かないこと」と書きました。戦後の迷宮では、それでは足りません。ここで訂正します。
対処法
1. 岩から逃げ切ったら、戸口に近づかない。笑い終わっても、です。
2. 戸口の格子が一度落ちて、また上がるのを見届けてから部屋を出る。格子は一度落ちれば、次に岩が来るまで落ちません。
3. 待っていられないときは、戸口の右の壁を見る。床から腰の高さに、まわりより色の薄い石がひとつあります。押しこむと、点検用の仕掛けで水時計が傾き、格子がすぐに落ちます。五十呼吸で上がるので、それから通ってください。
余談
格子が上がるのを待つあいだ、私は笑い部屋の壁を眺めていました。
この部屋の壁には、逃げ切った冒険者たちが刻んでいった印が、天井近くまでびっしり並んでいます。名前、日付、仲間の数だけの線。いつからか始まった習わしで、私たち設計士は、それを消さずに残しておきました。迷宮にとっては、看板の一部だったからです。
監視水晶では、壁の文字までは読めません。だから、ここに来るまで知りませんでした。
戸口に近い壁の、腰の高さに、四本の線と、小さなマフラーの絵が刻んでありました。その下に、少し下手な字で「また来る」と。
彼らは本当に、また来ました。何度も。私はそれを、全部見ていました。
この本も、これで十の罠を書いたことになります。五十のうちの、十です。
ここまでの罠は、どれも、人を生かして帰すために作ったものでした。それが七年のあいだに、少しずつ人を殺すものに変わってきた。ここから先には、そうでない罠も混ざってきます。はじめから、人を殺すために作られた罠です。
帰る前に、私は四本の線の隣に、一本だけ線を刻みました。字は彫りませんでした。
また来ることは、彫らなくても分かっていたので。




