第40位 ヴェインの門
• 危険度:★★★★★
• 推定死者数:年に五〜六名(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に五十名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:深層の、迷宮核の手前。門の上に一行だけ文字が彫ってある
危険度の星がいきなり五つになったので、ここで説明しておきます。星は、その罠に出会ったときに死ぬ見込みです。順位は、実際に死んだ人数です。この罠が四十位にとどまっているのは、門をくぐる人がまだ少ないからにすぎません。
深い階層を降りていくと、ある所で、石造りの門に行き当たります。門の上には、人間の言葉で、こう彫ってあります。
「ここから先の罠は、殺すために作った」
書いてあるとおりです。
迷宮は、侵入者の恐怖で動いています。死人は怖がらないので、私たちは罠を、殺さないように作ってきました。ただ一か所だけ、例外がありました。迷宮核の手前です。核が壊されれば、迷宮は止まります。
そこだけは、本当に殺す罠を置くことが許されていました。それを一手に引き受けていたのが、ヴェインの課です。業界では、この門をそのまま「ヴェインの門」と呼んでいました。
門の先にある罠は迷宮ごとに違いますが、私の迷宮のものを例に、設計規格を書きます。
• 門の先は、四十歩の通路。床一面に、指ほどの穴が並んでいる。
• 穴からは、研いだ槍が突き出す。どの穴から、いつ出るかに決まりはない。地下水で回る水車が、歯の不揃いな歯車を回していて、その並びは千回突いても同じにならない。
• 毒は塗っていない。必要がないからです。
• 拍子も、窪みも、迂回路もない。
• 手入れはいらない。水車は水が流れるかぎり回り、槍は錆びても刺さる。
ここまでの十の罠と、比べてみてください。拍子を覚えれば抜けられる振り子。止め柱のある天井。横穴のある落とし穴。この通路には、そういうものが何ひとつありません。抜け方がないのが、この罠の設計です。
戦前の死者は、年に五、六人。門の文字を読んで、それでも入った人たちです。
戦後に変わったことを書く前に、ひとつ断っておきます。この罠は、何も変わっていません。
ここまでの罠は、手入れがなくなって、少しずつ狂っていきました。ヴェインの罠には、はじめから手入れがいりません。殺す罠に、調整はいらないからです。門の文字は七年経ってもそのまま読めますし、槍は一本も狂っていません。
変わったのは、門をくぐる人の数です。
理由はふたつあります。ひとつは、迷宮核の値段です。魔王軍がなくなって、核を掘り出して売ろうとする人が増えました。
もうひとつは、門の文字を信じない人が増えたことです。迷宮の罠は、本当には殺さない。酒場では、そう言われているそうです。半分は本当です。私たちが長い年月をかけて、冒険者にそう教えこんできたのですから。
そして、この本がそれを後押ししてしまうかもしれません。第五十位から第四十一位まで、私は、生かして帰すために作った罠ばかりを書いてきました。
対処法
1. 門の文字を、信じる。
2. この本のここまでを読んで、迷宮の罠はどれも生かして帰すように作られている、と思ったなら、それは間違いです。門の先には、そうでない罠があります。
3. 門をくぐらない。槍の通路には、抜け方がありません。ヴェインは、そういうものを作らない男でした。
4. 迷宮核を持ち帰る依頼は、断る。
余談
門の文字を彫ると決めたのは、ヴェインでした。
一度、聞いたことがあります。殺すつもりの罠に、なぜわざわざ警告をつけるのか、と。ヴェインは、少し考えてから言いました。
「殺したいわけじゃない。入ってきたら殺す、と決めているだけだ。入らないという道を渡さないのは、ただの人殺しだ」
文字を人間の言葉で彫らせたのも、彼です。読めない警告は、警告じゃない、と。
そのとき、私は初めて思いました。迷宮でいちばん嘘をつかない罠は、ヴェインの罠なのかもしれない、と。
ヴェインは、戦争が終わる一年前に局を辞めました。どこへ行ったのかは、誰も知りません。
辞める日、私の机に、門の図面の写しが一枚置いてありました。余白に、彼の字で一行だけ。
「お前の罠にも、門をつけろ」
その図面の写しは、いまも店の引き出しに入っています。余白の一行ばかり読み返して、図面そのものは、ちゃんと見たことがありません。
私は、つけませんでした。生かして帰す罠に、門はいらないと思ったからです。
この本は、七年遅れで、私が自分の罠に取りつけている門なのだと思います。




