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第39位 沈む空気の部屋

• 危険度:★★★★☆

• 推定死者数:年に六〜七名(設計局記録・戦前)

• 戦後の推定死者数:年に五十五名前後(ギルド報告書より)

• よく見かける場所:深層の、下り階段の先にある一段低い部屋。床の真ん中に宝箱が置いてある


 階段を下りると、何もない部屋の真ん中に、宝箱がひとつだけ置いてある。罠らしいものは、どこにも見当たらない。


 この部屋の罠は、目に見えません。臭いもしません。


 深い場所では、地の底から、重くて目に見えない空気がしみ出してくることがあります。私たちは「沈む空気」と呼んでいました。ふつうの空気より重いので、低い場所に溜まります。吸うと頭が重くなり、やがて息をしているのに倒れます。


 設計規格はこうです。


• 沈む空気が床の割れ目からしみ出してくる場所に、まわりの通路より一段低い部屋を作る。

• 壁には風穴を二本通す。床すれすれの風穴は、溜まった沈む空気を、部屋よりさらに低い岩の奥へ逃がす出口。天井近くの風穴は、上の通路からきれいな空気を取り入れる入口。

• 風穴の流れは、わざと少しだけ足りないように作る。床から膝の高さまでは、いつも沈む空気が溜まっている。

• 宝箱は、部屋のいちばん低い場所、床の真ん中に置く。


 膝から上は、ふつうに息ができます。けれど宝箱を開けようとしゃがむと、頭がくらりとする。立ち上がると治る。もう一度しゃがむと、またくらりとする。


 理由の分からない目まいほど、人を怖がらせるものはありません。冒険者たちは、この部屋を「呪われた部屋」と呼んでいました。呪いではありません。空気の重さです。


 では、年に六、七人の死者は誰なのか。


 しゃがんだまま気を失って、床に倒れた人です。倒れれば、顔は沈む空気の中に沈みます。そして、もうひとつ多いのが、その人を助けようとして、一緒にしゃがみこんだ仲間でした。


 戦後に変わったのは、床の風穴です。


 沈む空気の中では、ネズミも虫も生きられません。迷いこんだ小さな生き物は、みな床の近くで死にます。床の風穴の口には、七年分の小さな死骸と土埃が積もって、ほとんどふさがってしまいました。


 出口を失った沈む空気は、膝の高さでは止まりません。いまでは部屋の天井近くまで満ちて、下り階段の下のほうにまで溜まっています。宝箱にたどり着く前に、階段の途中で倒れる人もいます。

対処法

1. 下り階段の先や、一段低い部屋に入る前に、小さな火を灯して、少しずつ下げていく。火が細くなったり消えたりしたら、それより下に顔を下げない。

2. 第四十二位で、獣の頭の像がある通路には火を持ち込むなと書きました。あれは、あの通路に限った話です。魔石の灯りでは、沈む空気は分かりません。迷宮では、罠ごとに正しい答えが違います。両方を覚えておいてください。

3. 部屋のいちばん低い場所にある宝箱は、しゃがんで開けない。鉤のついた棒か縄で、高い場所まで引き寄せてから開ける。

4. 仲間が倒れても、すぐに飛びこまない。体に縄を結び、息を止めて、引きずり出したらすぐに戻る。助けに行った人まで倒れるのが、この部屋でいちばん多い死に方です。



余談


 常連の神官は、怖くなると祈る人でした。それも、床に額をつけて祈るのです。


 七度目の冬、四人がこの部屋に下りてきました。宝箱の前で、盾役がしゃがんでくらりとし、立ち上がって首をかしげました。地図係が「何か変だ」と言いました。


 そのとき神官が、いつものように床に膝をつき、額を床につけて祈りはじめました。


 顔が、沈む空気の中に入りました。神官は、祈りの言葉の途中で静かに横に倒れました。


 監視水晶の前で、私は声を上げていました。水晶に向かって何を叫んでも、向こうには届きません。分かっていても、叫んでいました。


 最初に動いたのは、赤マフラーでした。大きく息を吸って、止めて、神官の襟首をつかみ、階段の上まで引きずり上げました。迷いのない動きでした。誰かに教わったわけではなかったと思います。


 神官が目を覚ましたあと、地図係はたいまつを床まで下ろして、炎が細くなるのを確かめていました。彼女は、それで全部分かったようでした。


 赤マフラーは、いつも考えるより先に動く人でした。あの日は、それで神官が助かりました。


 最後の日も、たぶん、そうだったのだと思います。

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