第38位 落ちる橋
• 危険度:★★★★☆
• 推定死者数:年に二〜三名(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に六十名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:中層の、深い谷を渡る吊り橋
谷にかかる長い吊り橋を、半ばまで渡ったところで、足の下の板がふいに消える。
設計規格はこうです。
• 谷の両岸から鉄の鎖で吊った橋に、木の板を渡す。板の何枚かは、踏むとひっくり返る仕掛け板にする。
• 仕掛け板は、まわりの板より、釘の頭がわずかに新しい。気をつけて見れば分かる程度にしておく。
• 橋の下、人の背丈の三倍ほど下に、太い縄の網を張る。網は、北の漁村から買い入れたもの。橋よりひと回り広く張る。
• 網の端には縄ばしごがあり、橋のたもとまで登って戻れる。
• 網は、湿った谷では五年ほどでだめになるので、四年ごとに張り替える。
落ちる恐怖は、人がいちばん古くから持っている恐怖です。足の下の板が消えて、体が宙に浮く。網に受け止められるまでの一呼吸のあいだ、人は自分が死んだと思います。そして網の上で、自分が生きていることに気づく。
では、年に二、三人の死者は誰なのか。
網の上で慌てて立ち上がろうとして、網の縁から転げ落ちた人。縄ばしごを使わずに、崖をよじ登ろうとした人です。網に落ちた人は、そのまま縄ばしごまで這っていけば、助かりました。
戦後に変わったのは、網です。
七年、誰も張り替えていません。五年でだめになる網が、七年張られたままになっています。
厄介なのは、見た目がまだ網のままだということです。谷を見下ろせば、ちゃんと網が張ってある。けれど、人の重さを受けると、縄はばらばらにほどけます。
板も同じです。仕掛け板の蝶番は錆びついて、いまではひっくり返らないものも多い。そのかわり、ふつうの板が腐って、踏み抜けるようになりました。釘の頭を見て仕掛け板を避ける方法は、もう役に立ちません。
戦前、この橋から落ちても、人は網の上で目を覚ましました。いまは、谷の底で目を覚ますことはありません。
対処法
1. 底の網を、あてにしない。網は、もうありません。あるように見えるだけです。
2. 腰に縄を結び、その縄を手すりの鎖にかけながら渡る。板が抜けても、鎖にぶら下がれる。鎖は鉄なので、七年ではまだ切れません。
3. 板は一枚ずつ、体重をかける前に足で叩いて確かめる。仕掛け板だけでなく、ふつうの板も疑う。
4. 一度に渡るのは、一人ずつ。
余談
先月、北から手紙が届きました。ウーナ婆さんからでした。
第四十八位で書いた、ミミックの飼育係です。私の居場所は、ギルドに問い合わせて知ったそうです。局にいた者の居場所は、ギルドが把握しています。
手紙は短いものでした。そのまま書き写します。
メルヴィナへ
ギルドの人にあんたの居所を聞いた。元気かい。あたしは足が悪くなったけど、まだ網は繕える。
ひとつ気になってることがある。局の吊り橋の網は、うちの村の網だ。あれは湿ったところじゃ五年ももたない。替えてくれたかい。
あの子らの餌のことは、もう聞かない。あんたにも、あんたの事情があったろう。
網のことだけは、頼むよ。うちの村の網で人が死ぬのは、たまらない。
ウーナ
局に網を納めていたのは、ウーナ婆さんの生まれた村でした。局に村を紹介したのも、彼女です。私はそれを、この手紙で初めて知りました。
網が替えられていないことは、ウーナ婆さんも、たぶん分かって書いています。
返事は、まだ書いていません。替えました、と書けないからです。
あの子らの餌のことは、もう聞かない。その一行を、私は何度も読み返しています。




