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第44位 水の部屋

• 危険度:★★☆☆☆

• 推定死者数:年に七〜八名(設計局記録・戦前)

• 戦後の推定死者数:年に三十名前後(ギルド報告書より)

• よく見かける場所:地下水脈に近い深層。数は少なく、大陸全体で二十ほど


 扉が閉まる。足元の格子から、冷たい水が湧き上がってくる。


 この罠は、ここまでの六つほど有名ではありません。作るのに手間がかかるので、数が少ないのです。それでも、出くわした人は一生忘れません。


 設計規格はこうです。


• 待機しているあいだ、壁の中の大きな桶は水で満ちている。その重みで鎖が張られ、扉は開いたまま、水門は閉じたままになっている。水の部屋の扉は、いつも開いて冒険者を待っています。

• 部屋の奥の踏み板に乗ると、桶の底の栓が抜けて水が捨てられる。軽くなった桶が鎖をゆるめ、扉が閉まって閂が落ちる。同時に床の排水口がふさがり、床下の水門が開いて、地下水脈の水が部屋に流れ込む。

• 栓は、桶が空になって軽くなると、自分の重みで元の位置に戻る。

• 壁の、人間の大人の胸の高さに、指が入るほどの細い溝がぐるりと並んでいる。これが溢れ口です。流れ込む水より多くを吐き出せるだけの数を並べるので、水はそこから上には来ない。

• 溢れ口から流れ出た水は、空になった桶にふたたびたまる。桶が満ちると、その重みで鎖が引かれ、水門が閉じ、床の排水口が開き、閂が上がって扉が開く。


 つまり、扉を開けるのは、溢れ口から流れ出る水そのものです。水が胸まで来てからおよそ百呼吸で、扉は勝手に開きます。


 水が胸まで来て、止まる。その百呼吸のあいだ、人は自分の口と水面との距離のことしか考えられません。迷宮にとって、これほど濃い百呼吸はありませんでした。


 では、年に七、八人の死者は誰なのか。


 ひとつは、鎧を着たまま水の中で転んだ人です。胸までの水でも、重い鎧で倒れれば、自力では起き上がれません。


 もうひとつは、背の低い人たちです。溢れ口は、人間の大人の胸の高さに作ってあります。小人族やドワーフにとって、それは顎か、それより上です。


 設計局の基準は、人間の大人でした。そのことを、私は長いあいだ疑いもしませんでした。


 戦後に変わったのは、溢れ口です。


 七年のあいだに、細い溝には泥がたまり、木の根が入り込み、迷いこんだネズミが死んで詰まりました。溢れ口が詰まれば、水は胸で止まりません。そして水が桶に流れ込まないので、扉も開きません。


 溝が詰まるだけで、この部屋は、ただの水槽になります。


 それでも、部屋は一度きりでは終わりません。泥の詰まった溝も、水を完全には止められないからです。水は数日かけて少しずつ泥をしみ抜け、桶にたまっていきます。


 桶が満ちれば、鎖はいつもどおり水門を閉じ、床の排水口を開け、扉の閂を上げます。扉は内開きなので、部屋に水が残っているあいだは、その重みで枠に押しつけられて動きません。水が床から抜けきって、ようやく扉は開きます。


 だから、あとから来た冒険者が見つけるのは、いつもどおり開いて待っている扉です。中には、濡れた床と、数日前に入った人たちがいます。


 ギルドの報告書では、戦後この部屋で溺れた人の三人に一人が、小人族かドワーフでした。

対処法

1. 水が入ってきたら、まず壁を見回して溢れ口を探す。胸の高さに、指が入るほどの細い溝が並んでいます。

2. 溝に泥や根が詰まっていたら、水が届く前に掻き出す。剣の先でも、指でもかまいません。一本でも多く。

3. 鎧は、水が膝まで来たら脱ぐ。

4. 背の低い仲間は、背の高い仲間が肩に乗せる。溢れ口の高さは、人間の大人に合わせてあります。

5. 扉は叩いても開かない。開けるのは、溢れ口から流れ出る水だけです。



余談


 常連の四人が水の部屋に入ったのは、六度目の秋でした。


 水が胸の高さで止まったとき、赤マフラーは「なんだ、止まるじゃないか」と笑いました。地図係は、もう溢れ口を見つけていました。


 笑っていなかったのは、小柄な神官でした。水は、彼の顎の先まで来ていました。顔を上に向けて、つま先で立って、それでも波が来るたびに口に水が入る。


 盾役が黙って神官の脇に手を入れ、肩の上に担ぎ上げました。それから百呼吸、あの大男は一度も姿勢を崩しませんでした。


 扉が開くと、神官は盾役の頭にしがみついたまま、「足場がいいと祈りもはかどる」と言いました。盾役は、まんざらでもなさそうでした。


 監視水晶の前で、私は笑えませんでした。あの神官の背が、指二本ぶん低かったら。盾役が、あの日いなかったら。


 翌月、私は自分の迷宮の溢れ口を、手のひら一枚ぶん低く掘り直しました。局には報告していません。基準違反だからです。


 それは、私が局に隠した数少ない良いことのひとつです。


 その溝も、いまは七年分の泥で埋まっているはずです。

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