第47位 落とし穴
• 危険度:★☆☆☆☆
• 推定死者数:年に四〜五名(設計局記録・戦前)
• よく見かける場所:あらゆる迷宮の、あらゆる階層。罠のなかでいちばん数が多い
足元の床が、ふいに消える。
落とし穴は、迷宮でいちばんありふれた罠です。数でいえば、全体の三割近くを占めていました。安くて、作りやすく、壊れにくいからです。
設計規格はこうです。
• 深さは、人の背丈の一倍半。自力では登れず、落ちても骨は折れない高さ。
• 底には苔を厚く敷く。底に槍を並べるのは、吟遊詩人の歌の中だけです。
• 穴の底の壁には、必ず横穴がある。狭くて暗く、三十歩ほど這うと上の通路に出られる。
• その横穴は、穴の上からは見えない位置に掘る。声も上まで届きにくい形にする。
最後のひとつが大事です。
落とし穴の本当の役目は、落とすことではありません。分けることです。
一人が落ちると、上に残った仲間には底が見えない。呼んでも返事が遠い。落ちた者は、暗い横穴を一人で這うしかない。
迷宮で人がいちばん怖がるのは、怪物でも暗闇でもありません。一人になることです。設計局の記録では、仲間とはぐれた冒険者一人が出す恐怖は、四人そろったパーティ全員分を上回りました。
では、年に四、五人の死者は誰なのか。記録に残る死者は、二つに分かれます。
ひとつは、落ちた人の上に飛び降りた仲間です。正確には、その仲間に潰された、落ちた人のほうです。助けに行こうとする気持ちは立派ですが、背丈の一倍半の高さから鎧ごと人の上に落ちれば、下の人は助かりません。
もうひとつは、上に残った人たちです。落ちた仲間を探そうとして隊列を崩し、別の罠や魔物に出くわした。設計局では、落とし穴のあとで死んだ人も、この罠の死者に数えていました。罠は、作動したあとも続いているからです。
この罠は、戦後もほとんど変わっていません。苔は勝手に育ちますし、穴は朽ちません。七年で何も変わらなかった、数少ない罠のひとつです。
変わらないから、四十七位にとどまっています。ここから先の項目では、そうはいきません。
対処法
1. 仲間が落ちたら、飛び降りない。まず名前を呼び、返事を待つ。返事は小さく聞こえます。小さくても、返事です。
2. 落ちた人は、底で動かずに十数える。それから壁を手でなぞり、横穴を探す。横穴は必ずあります。
3. 上の人は、その場を動かない。横穴は、落ちた地点から三十歩以内の通路に出るよう掘ってあります。待っていれば、仲間は戻ってきます。
4. 迷宮に入る前に、はぐれたときの決まりを作っておく。どこで待つか、何回呼ぶか。
余談
常連の四人のうち、最初に落とし穴に落ちたのは地図係の少女でした。彼らが四度目の春を迎えたころです。
赤マフラーはすぐに飛び降りようとしました。盾役が後ろから、彼の襟首をつかんで止めました。あの大男がいなければ、赤マフラーはこの本の、別の項目に載っていたかもしれません。
穴の底で、地図係は十数えるあいだ動きませんでした。それから壁を手でなぞり、横穴を見つけ、明かりもつけずに這って進みました。
横穴の中ほどで、彼女は一度だけ止まり、誰に言うでもなくつぶやきました。
「ここを作った人は、たぶん、人を殺したくないんだと思う」
監視水晶の前で、私はしばらく動けませんでした。設計図でも会議でもなく、迷宮の暗がりの中で、自分の仕事を言い当てられたのは初めてでした。
彼女が三十歩先の通路に出ると、赤マフラーは盾役の腕を振りほどいて駆け寄り、彼女を抱きしめ、それから怒鳴りました。どうして返事をしなかったんだ、と。
返事は、していました。声が上まで届かないように穴を作っておいたのは、私です。
彼女の言葉が正しかったのかどうか。この本を最後まで書けば、分かる気がしています。
監視水晶は、局を出るときに返しました。返したことに、なっています。




