第48位 ミミック
• 危険度:★☆☆☆☆
• 推定死者数:年に三〜四名(設計局記録・戦前)
• よく見かける場所:行き止まりの小部屋、宝物庫。迷宮の深さを問わない
宝箱の蓋に手をかけた瞬間、蓋の裏に歯が並んでいるのが見える。
これも、知らない人はいないでしょう。子どもの絵本にも出てくるくらいです。
最初に訂正しておきます。ミミックは罠ではありません。生き物です。そして迷宮の、れっきとした従業員でした。
設計局の基準では、宝箱百個のうち、ミミックは三つまでと決められていました。多すぎれば冒険者は宝箱を開けなくなり、少なすぎれば誰も警戒しなくなる。
恐怖をいちばん大きくするのは、数ではなく確率です。九十七回の当たりがあるから、三回の外れが怖くなる。期待と恐怖は、同じ瓶に入っているのです。
ミミックは、飼育係が一匹ずつ育てていました。
• 歯は月に一度、やすりで丸める。
• 噛むのは前腕だけ。十数えたら放す。これを幼体の頃から仕込む。
• 餌は飼育係が決まった日に与える。腹を空かせたミミックは、加減を忘れるからです。
では、なぜ死者が出るのか。
記録に残る死者のほとんどは、顔を近づけて蓋を開けた人です。中を覗き込みたい気持ちは分かります。でもミミックは、目の前にあるものを噛むように育てられています。前腕より先に顔があれば、顔を噛みます。
戦後に変わったのは、飼育係がいなくなったことです。
ミミックは、何も食べずに半年ほど生きられます。七年はもちません。ほとんどの個体は、箱の中で静かに死にました。
ただ、生き残ったものがいます。どうやって生き延びたのかは、考えないことにしています。同じ宝物庫に、ミミックは三匹いたはずなので。
生き残りは、ふつうの宝箱よりひと回り大きくなっています。十数えても、もう放しません。
数は減りました。一匹あたりは、危なくなりました。死者の総数で並べるこの本では、それでも四十八位です。
対処法
1. 宝箱は、腕を伸ばしきって、横から開ける。顔を蓋の正面に置かない。
2. 開ける前に、蝶番を見る。迷宮の湿気で、ふつうの宝箱の蝶番は錆びています。錆びていない蝶番は、自分で動いている箱です。
3. 噛まれたら、腕を引かない。歯は内側に反っているので、引くほど深く刺さります。逆に奥へ押し込むと、口が開きます。
4. ひと回り大きい宝箱は、開けない。中に何が入っていても、割に合いません。
余談
私の迷宮のミミックを育てていたのは、ウーナ婆さんという飼育係でした。
彼女は担当の九匹すべてに名前をつけていて、やすりをかけながら、ずっと話しかけていました。私が「罠に名前をつけても仕方ないでしょう」と言うと、彼女は笑いました。
「あの子らは、噛みたくて噛むんじゃないよ。噛むのが仕事だから噛むんだ。あんたらと同じさ」
常連の四人が初めて宝物庫にたどり着いた日、赤マフラーが開けたのは「三番」の箱でした。三番は教えられたとおり彼の前腕を噛み、十数えて放しました。
赤マフラーは腕を押さえて転げ回り、神官に治してもらいながら、それでも笑っていました。監視水晶の前で、ウーナ婆さんは「いい子だ」と三番を褒めていました。
それ以来、彼は宝箱を開ける前に、必ず剣の柄頭で二回叩くようになりました。コン、コン。ミミックにそんなことをしても意味はないのですが、私はその音が好きでした。
設計局が解体された日、職員はみな迷宮から退去させられました。ウーナ婆さんは遠い北の生まれで、そこへ帰されることになりました。
発つ前の晩、彼女は私の部屋に来て、九匹の餌の日付を書いた紙を置いていきました。「あんた、たまにでいいから」と。
私は、はいと答えました。そして、一度も行きませんでした。
もし迷宮の奥で、空の宝箱の中に乾いた歯が並んでいるのを見つけたら、それはウーナ婆さんの子です。
蓋は、閉めておいてあげてください。




