第28位 螺旋階段の傾く段
• 危険度:★★★★☆
• 推定死者数:年に二名ほど(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に百十名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:中層から深層へ降りる、深い縦穴。壁に沿って、石の段が螺旋に下りている
縦穴の壁に沿って、石の段が螺旋に下りている。段の内側には、何もない。灯りを差し出しても、底は見えない。
何段目かに足を乗せたとたん、その段が、吹き抜けのほうへがくんと傾く。
設計規格はこうです。
• 縦穴の壁に沿って、百五十段の石段を螺旋に下ろす。縦穴の差しわたしは十歩ほど、深さは人の背丈の十五倍ほど。段の幅は、大人の背丈ほど。段の内側は吹き抜けのままにして、柵は作らない。
• 百五十段のうち六段を、仕掛けの段にする。並びに決まりはつけない。仕掛けの段は表を磨いて、滑りやすくしておく。縦穴の段はどれも濡れて光っているので、見分けはつきません。
• 仕掛けの段は、壁の側の軸で支える。大人ひとりの重さがかかると、吹き抜けの側の縁が膝の高さまで下がり、石の受けに当たって止まる。重さが消えると、段の壁に埋まった側に載せた錘で、元に戻る。軸も錘も石で作る。
• 段の内側の縁に、四段ごとに石の柱を立てる。柱は段と一枚の石から彫り出し、仕掛けの段には立てない。段が傾いても、柱は動かない。
• 柱の穴に、真鍮の手すりを一本だけ通す。高さは、人間の大人の腰。手すりの下は空けておき、縦穴の上の口から下の口まで、途切れさせずにつなぐ。
• 手すりを真鍮にするのは、錆びないからです。縦穴の壁からは、いつも水がしみ出しています。
仕掛けの段に乗ると、足もとが急に沈み、体は吹き抜けのほうへ滑りだします。踏んばっても、磨いた濡れ石の上ではききません。そして胸か腹が、手すりにぶつかって止まる。
手すりを抱えたまま見下ろすと、底の見えない闇があります。次の段へ這い戻るまでの、ほんの数呼吸です。この縦穴で迷宮がいちばん多くの魔力を受け取るのは、その数呼吸でした。
ですから、手すりは、落ちないための柵ではありません。この罠の部品です。手すりを抱いて闇を見下ろしてもらうために、段は傾くのです。
では、年に二人ほどの死者は誰なのか。
段が傾いたとき、両手がふさがっていた人です。
怪我をした仲間を背負い、両腕でその脚を抱えていた人。大きな荷物を両腕に抱えていた人。手すりをつかむ手がなく、傾いた段の上で踏みとどまれずに倒れて、濡れ石を滑っていきました。手すりの下は、人が抜けられるほど空いています。体は、そこを抜けていきました。
戦後に変わったのは、手すりです。
手すりは、七年経っても錆びていません。真鍮ですから。
戦争のあいだに鍋や鐘まで溶かして武具にしたので、戦後の町は、どこも金物が足りません。真鍮は、いい値で売れます。迷宮には、宝ではなく、金具を探しに入る人たちが現れました。
錆びずに残った手すりは、柱と柱のあいだで切られ、持ち去られていきました。戦前にも切っていく人はいましたが、局がその月のうちに渡し直していました。いまは、誰も渡し直しません。
たいていの縦穴の手すりは、いま、残っている所とない所が入りまじっています。どこが残っているかに、決まりはありません。仕掛けの段のほうは、軸も錘も石なので、七年経ってもちゃんと傾きます。
縦穴の中は暗く、灯りは数段先までしか届きません。開いた吹き抜けを怖がって、人はたいてい壁ぎわを降りていきます。手すりに手を伸ばすのは、段が傾いたときです。
傾いた段の上で、手すりを探して伸ばした手は、何もつかみません。体はそのまま磨いた濡れ石を滑って、縁を越えていきます。
金具を探しに入った人も、何人かはこの数字に入っているはずです。切った手すりを両腕に抱えて段を降りていけば、いずれ仕掛けの段を踏みます。そのとき、両手はふさがっています。
対処法
1. 縦穴の螺旋階段は、壁ぎわを一段ずつ降りる。荷物は背負い、両手を空けておく。
2. 手すりを、あてにしない。灯りの届く所に手すりが見えても、その先で途切れているかもしれません。
3. 石の柱は、切られずに残っています。先に降りる人は、腰に縄を結んで上の柱につなぎ、柱から柱へ縄を結びながら降りる。あとの人は、その縄につかまって降りる。縄は途切れさせない。張った縄は、帰りまで外さない。
4. 段が傾いたら、立とうとしない。すぐに膝をついて伏せ、壁のほうへ這い上がる。
余談
この縦穴の段を傾けようと言いだしたのは、私でした。設計士になって、五年目の冬です。
最初の図面では、手すりは、仕掛けの段の上にだけ渡してありました。傾くのは六段だけです。真鍮は高い。手すりも、その六か所にあれば足りると考えたのです。
ガルド老は、図面をひと目見て、突き返しました。
「手すりは、途切れさせるな」と、あの人は言いました。「人は、手すりがあるものと思って手を伸ばす。途切れた所で、人は死ぬ」
真鍮で作れと言ったのも、ガルド老です。錆びた手すりは、つかんだ手を裏切る、と。
手すりは、錆びませんでした。錆びなかったので、持っていかれました。
常連の神官は、この縦穴が苦手でした。壁に背中をつけ、両の手のひらも壁に押しあてて、横向きに一段ずつ降りていく。手がふさがっているので、祈りは口だけでした。
ほかの三人は、いつもそれを待っていました。急かす人は、いませんでした。赤マフラーでさえ。
仕掛けの段が傾くと、神官は壁から縁まで滑っていき、手すりにしがみついて、早口で祈りの言葉を唱えていました。迷宮にとっては、ありがたいお客でした。
戦後に四人がこの縦穴を降りたとき、手すりは、もうところどころ切られていました。神官は、いつものように壁に背中をつけて、横歩きで降りていきました。
盾役は、そのすぐ一段下の、吹き抜けの側を歩いていました。仕掛けの段の手前に来ると、地図係が黙って手を上げました。四人は、その段を一人ずつ、這うようにして渡っていきました。
五層の石像のことを、忘れたわけではありません。私の迷宮で、五層へ降りるいちばん近い道が、この縦穴です。
このところ毎晩、縦穴の見張りの目をのぞいて、手すりの残っている所を数えています。私の迷宮の縦穴でも、手すりは半分ほどしか残っていません。
前の晩まであった手すりが、次の晩にはひと区切り消えている。戦後の何年か、そういうことが何度もありました。切っていく人の姿を、私は見ていません。
三日前の晩、その縦穴に、縄が張ってありました。
手すりの切られた石の柱から柱へ、新しい縄が結んである。まだ湿気を吸っていない縄は、水晶の中でも白く浮いて見えました。前の晩には、ありませんでした。
縄は、六か所に張ってありました。数えてみると、六つとも、仕掛けの段の上でした。ほかの所には、一本もありません。
伝令が店に詰めるようになってから、私は夜のあいだ、何度も入口の目をのぞくようにしています。前の晩にも、その晩にも、入口から入っていった灯りはありませんでした。縄が張られたのは、たぶん、そのあいだの昼です。
職員の若者に聞いてみると、ギルドの者は、救助の夜から一度もあの迷宮に入っていないそうです。
仕掛けの段を六つとも踏んで、六つとも落ちずにすんだ誰かが、あとから来る人のために張っていったのでしょう。段の場所さえ知っていれば、誰でもそこに張ります。若いころの私が、最初の図面に手すりを引いたのと、同じ場所に。
ガルド老が見たら、途切れさせるな、と言うでしょう。
手すりを切っていったのも、縄を結んでいったのも、私の見ていない昼の誰かです。




