第27位 崩れる天井
• 危険度:★★★★☆
• 推定死者数:年に二名ほど(設計局記録・戦前)
• 戦後の推定死者数:年に百十五名前後(ギルド報告書より)
• よく見かける場所:中層の、天然の洞窟をそのまま使った通路。天井が低く、岩肌がむき出しになっている
岩肌がむき出しの、天井の低い通路。数歩進んだところで、頭の上から、何かが崩れるような轟音がする。
通路が揺れる。岩の継ぎ目から、砂ぼこりが降ってくる。
設計規格はこうです。
• 天然の洞窟の通路を、そのまま使う。天井は、背の高い人なら手が届くほどの低さ。岩肌は削らずに残す。
• 通路の天井の上に小部屋を掘り、大人の半分ほどの重さの石と、それを受ける石の板を置く。この石を、局では鳴らし石と呼んでいた。
• 床の踏み板は、梃子で天井の上の石につながっている。踏み板が手のひら一枚ぶん沈むと、石は手のひら二枚ぶん持ち上がる。足を離すと、石は板の上に落ちる。
• 鳴らし石が板を打つと、轟音とともに、下の通路の天井が揺れ、岩の継ぎ目から砂ぼこりが降る。鳴らし石は小部屋の中に落ちるだけで、通路には出てこない。人の上に落ちてくるのは、砂だけ。
• 湿った洞窟では、しみこんだ水が岩の継ぎ目の土を少しずつ洗い流し、天井の石が浮いてくる。局の者が月に一度、長い棒で天井を叩いてまわり、浮いた石を先に落としておく。
迷宮に入る人が心の底でいちばん怖がっているのは、罠よりも、天井です。崩れたら、逃げ場はありません。生き埋めになる自分を、誰もが一度は思い浮かべたことがあるはずです。
この通路は、その思い浮かべた光景を、ほんの数呼吸だけ本物にします。轟音が止み、砂ぼこりが収まって、何も落ちてこなかったと分かるまでの数呼吸です。迷宮にとっては、安く、何度でも使える恐怖でした。
では、年に二人ほどの死者は誰なのか。
轟音の正体を確かめようとした人です。頭の上の岩を、槍の柄や剣の鞘で突いてまわる。月に一度叩いていても、次の点検までのあいだに浮いてくる石はあります。それを、自分の上に落としました。
戦後に変わったのは、浮き石です。
七年、誰も天井を叩いていません。継ぎ目を洗われて浮いた石が、七年分、天井に残っています。見た目は、まわりの岩と変わりません。
そこで誰かが踏み板から足を離すと、小部屋で鳴らし石が板を打ちます。鳴らし石は、いまも小部屋の中に落ちるだけです。けれどその揺れで、通路の天井に浮いていた石が落ちてきます。拳ほどのものから、人の頭より大きなものまで。
石は、ひとつでは終わりません。浮いていた石が抜けると、その上に載っていた石が支えを失って、続けて落ちてきます。
この轟音のことは、冒険者のあいだでよく知られています。あれは音だけだ、頭をかばってじっとしていろ。戦前から言い伝えられてきた心得で、戦前は、それで正しかったのです。
いまは、心得どおりに足を止めて頭を抱えた人が、その場に残ります。走って通路を抜けた人は、たいてい助かっています。
対処法
1. 天井の低い天然の通路では、まず床を見る。割れ口の白っぽい石が転がっていたら、その上の天井には、まだ浮いた石が残っています。
2. 踏み板を踏まない。天然の岩の床に、平らに切った石が一枚はまっていたら、それが踏み板です。
3. 轟音がしたら、止まらない。頭をかばいながら、通路の先まで走り抜ける。「音だけ」という心得は、もう通じません。
4. 天井を突いて確かめない。戦前から、それは死者の出る確かめ方でした。
余談
常連の四人のうち、この通路の踏み板をわざと踏むのは、赤マフラーでした。第三十三位の呼び鐘と同じです。踏み板に片足を載せたまま、来るぞ、と仲間に声をかけてから、足を離す。
その声を聞くと、盾役が盾を頭の上に掲げました。神官と地図係が、その下に駆けこむ。轟音のあと、盾の上で砂がぱらぱらと鳴りました。
赤マフラーだけは盾の外にいて、頭から砂ぼこりをかぶって笑っていました。神官は盾の下で、目を閉じて祈っていました。
地図係は、盾の下から天井を見上げていました。轟音が岩からではなく、天井の向こうから聞こえることに、彼女は気づいていたと思います。
酒場で売られている彼女の地図には、いまも、この通路の脇に小さな字で「音だけ」と書いてあります。
戦後、四人がこの通路に来たとき、盾役は手前で足を止め、しばらく天井を見上げていました。
見張りの目を埋めたあたりです。目は岩の継ぎ目に紛れていて、知らなければ見分けられません。水晶には、上を向いた彼の顔が映っていました。
浮いた石を探していたのかもしれません。戦後の天井は、もう、ところどころ危なくなっていました。
彼が何を見ていたのかは、分かりません。
その日も、赤マフラーは踏み板を踏みました。盾役は何も言わずに、もう盾を掲げていました。来るぞ、という声のあと、盾の上で鳴ったのは、砂の音ではありませんでした。拳ほどの石がひとつ、盾に跳ねて床に転がりました。
四人は笑わずに、通路の先まで走り抜けました。
救助の組に渡す原稿の写しには、この項目も足してもらいました。
原稿を取りに来た職員の若者に、もうひとつ頼みごとをしました。局にいた者の居場所を記した帳面を、見せてもらえないか、と。縦穴の縄のことが、まだ気になっているのです。
若者は少し考えてから、次に来るときに持ってくると言いました。
その帳面には、私の名前も載っています。




