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第30位 最後の一人の扉

• 危険度:★★★★☆

• 推定死者数:年に二〜三名(設計局記録・戦前)

• 戦後の推定死者数:年に百名前後(ギルド報告書より)

• よく見かける場所:中層の、重い石の扉の前。扉の手前の床に、大きな踏み板がある


 重い石の扉は、手で押しても持ち上げても、びくともしない。扉の手前の床には、大きな踏み板がある。誰かがそこに乗ると、扉はゆっくり持ち上がる。


 仲間が順に扉をくぐる。最後に、踏み板の上の一人が残る。


 設計規格はこうです。


• 扉は、踏み板にかかる重さで持ち上がる。大人ひとり分の重さで、扉は開ききる。重さが足りなければ、その分しか上がらない。小柄な人ひとりなら、腰の高さまでです。

• 踏み板から重さが消えると、扉はゆっくり下りはじめる。下りきるまで、十呼吸。

• 扉の下りる速さは、扉の脇の壁に仕込んだ油の筒で抑える。重い扉が筒の中の油を少しずつ押し出しながら、じわじわ下りる。

• 筒の油は、半年ごとに足す。

• 踏み板から扉までは、八歩。十呼吸あれば、走って間に合う。

• 踏み板は、扉のこちら側にしか置かない。向こう側から来た人には、この扉は開けられない。行きには通れても、帰りには通れない扉です。


 この罠が狙っているのは、最後の一人です。


 仲間が全員くぐったあと、踏み板の上にひとりで立ち、扉までの八歩を見る。降りれば、扉が下りはじめる。間に合うと分かっていても、足がすくむ。


 その前にも、もうひとつ怖い時間があります。誰が最後に残るのかを、仲間うちで決める時間です。設計局の記録では、この扉の前で、パーティはいちばん静かになりました。


 本当は、踏み板の上に人ひとり分の重さの物を積めば、誰も残らずにすみます。戦前、それに気づくパーティはほとんどいませんでした。気づかれないように、扉のまわりからは、手ごろな石をひとつ残らず片づけてありました。


 では、年に二、三人の死者は誰なのか。


 最後の一人のうち、踏み板を降りてから迷った人です。何呼吸かためらってから走りだし、下りてくる扉の下で、間に合いませんでした。


 戦後に変わったのは、油の筒です。


 七年、誰も油を足していません。筒の継ぎ目は乾いて割れ、油はとうに漏れきっています。いまの扉には、下りる速さを抑えるものが何もありません。


 踏み板を降りた瞬間、扉は落ちます。一呼吸もかかりません。


 十呼吸あるつもりで踏み板を降りた最後の一人は、走りだす前に、扉が床を打つ音を聞きます。片足を踏み板に残したまま扉へ身を乗り出しても、八歩は届きません。


 落ちた扉は、誰かがもう一度踏み板に乗るまで開きません。踏み板は、扉のこちら側にしかありません。最後の一人は、ひとりで取り残されます。扉の向こうの仲間には、扉を開ける手立てがありません。


 戦後のこの罠の死者の多くは、扉に潰された人ではなく、取り残されたあとで、ひとりで死んだ人です。

対処法

1. 最後の一人を残さない。踏み板の上に、人ひとり分の重さの物を積んでから、全員でくぐる。石でも、鎧でも、荷物でもかまいません。

2. 積んだ物は、帰りまで置いていく。物が載っているあいだは扉が開いたままなので、帰りはその扉を通って戻り、拾えばいい。ただし、あとから来た誰かが荷物を持ち去れば、扉は閉じます。

3. 戦後の扉は、踏み板から重さが消えた瞬間に落ちます。走って間に合うことは、もうありません。

4. 取り残されたら、扉の前で待たない。来た道を戻って、迂回路を探す。扉の向こうの仲間も、扉の前では待たずに迂回路へ向かう。どの迷宮にも、迂回路は必ずあります。



余談


 常連の四人で、この扉の最後の一人になるのは、いつも赤マフラーでした。


 誰が残るかを決める静かな時間が、あの四人にはありませんでした。三人が扉をくぐるあいだ、彼はもう踏み板の上で、跳ねるように足踏みをしていた。踏み板を降りると八歩を全力で走り、閉じかけた扉の下を、滑りこむようにくぐり抜けました。毎回、少しずつ際どく。


 一度だけ、地図係が「今日は私が残る」と言ったことがあります。赤マフラーは笑って、首を横に振りました。


 先週、ギルドの職員の若者が、また店に来ました。水晶についての、ギルドの返事を持って。


 局の持ち物を持ち出していたことは、とがめられませんでした。そのかわり、頼みごとをされました。


 夜のあいだ、ギルドの伝令をひとり、私の店に置く。私が水晶で、迷宮の中で困っている冒険者を見つけたら、伝令が馬で入口へ走る。入口には、ギルドの救助の組を待たせておく。


 私は、すぐには返事をしませんでした。水晶を見ていられるのは夜だけで、見張りの目が届かない場所もある。救助の組が中に入れば、その人たちも、罠のなかを進むことになる。


 それでも、最後には引き受けました。


 第三十二位で、窓のこちら側にいたのは私だと書きました。窓の下の床石が、ひとつ増えたのだと思います。


 伝令が初めて店に来た夜、私は水晶の布を外しました。


 中層の、石の扉の前でした。踏み板の脇に、若い冒険者がひとり、座りこんでいました。扉は、閉じていました。

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