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第31位 すべり台の階段

• 危険度:★★★★☆

• 推定死者数:年に一名ほど(設計局記録・戦前)

• 戦後の推定死者数:年に九十五名前後(ギルド報告書より)

• よく見かける場所:浅い層どうしをつなぐ、長くまっすぐな下り階段


 長い階段を半ばまで降りたところで、足の下の段がいっせいに倒れる。階段は一枚の坂になり、体ごと下の層まで滑り落ちていく。


 設計規格はこうです。


• 長い下り階段の途中に、仕掛けの段をひとつ置く。仕掛けの段は、ほかの段より指一本ぶん高い。

• その段を踏むと、階段の段がすべて倒れて平らな坂になる。

• 坂の下の踊り場には、干し草を厚く敷いた落ち場を作る。干し草は、季節ごとに入れ替える。

• しばらくすると段は起き上がり、ふつうの階段に戻る。


 迷宮に入ってまもない冒険者を、はじめて本気で叫ばせる罠でした。滑っているあいだは、どこまで落ちるのか分からない。干し草に埋もれて止まると、たいていの人は笑いだします。


 戦前の死者は、年に一人ほど。頭から滑り落ちて、干し草の落ち場の縁の石に頭を打った人です。


 戦後に変わったのは、干し草です。


 七年、誰も入れ替えていません。干し草は湿気で腐り、そのあとは第三十五位のスライムに食べられました。スライムにとって、動かない干し草は餌です。いまの落ち場には、石の床の上に、濡れた薄い層が残っているだけです。


 階段の長さぶん勢いのついた体が、そのまま石の床に叩きつけられます。脚や腰の骨が折れて、動けなくなる。


 そして落ち場には、いまもスライムが集まっています。上から落ちてくるものが、まだ餌になるからです。動けなくなった人のところへ、スライムが這ってくる。この罠の死者のほとんどは、落ちた衝撃ではなく、そのあとで死んでいます。

対処法

1. 長い下り階段は、壁に手を添えて一段ずつ降りる。

2. 足の裏で、段の高さを確かめる。指一本ぶん高い段は踏まない。

3. 滑り落ちたら、脚を下に向け、腰を落とし、両手を坂に押しつけて速さを殺す。頭から落ちない。

4. 落ちた先では、まず床を見る。濡れたように光っていたら、這ってでもその場を離れる。動けない仲間がいたら、まわりに塩を撒いてから引きずる。



余談


 前の項の最後に、今夜から水晶で石像を探す、と書きました。


 二層まで上がってきた一体は、すべり台の階段の下、踊り場に立っていました。階段のほうを向いて。誰かを追ってきて、ここで見失ったのでしょう。


 その誰かが、仕掛けの段を踏まずに階段を駆け上がり、逃げきったのか。それとも途中で仕掛けの段を踏んで、石像の足もとまで滑り落ちてきたのか。私には分かりません。


 それは、私が水晶を見ていない昼のあいだのことでした。踊り場の床には、濡れた薄い層があるだけで、何も残っていません。何かが残っていたとしても、スライムが片づけてしまったあとです。


 石像は、ただ、階段のほうを向いて立っていました。


 階段から降りていけば、石像の正面に出ます。仕掛けの段を避けて降りても、踊り場に着く前に、十歩の内側に入ってしまう。


 けれど、踊り場の脇の壁には、点検通路の扉があります。石像の、ちょうど背中の側です。


 ギルドの職員の若者には、水晶のことを話しました。そうしなければ、石像の居場所をどうやって知ったのか、説明できなかったからです。彼はしばらく黙っていて、それから、一緒に行きます、と言いました。


 点検通路の入口は、一層の物置部屋の奥にあります。七年ぶりに開けた扉は、ひどく重かった。


 踊り場の扉を細く開けると、目の前に、石像の背中がありました。


 石像の目石は、胸についています。背中から近づけば、目石には映りません。私は、先を曲げた長い棒に、煤と脂を練ったものを巻きつけ、石像の脇の下から胸のほうへ回して、目石を塗りつぶしました。石像は、動きませんでした。


 それから正面に回り、胸の蓋の留め金に鑿をかけました。開ける前に、私は鑿の柄で、蓋を二回叩きました。コン、コン。意味はありません。


 命令石の溝は、思っていたより浅くなっていました。「線で止まれ」「元の場所へ戻れ」「人には当てるな」。三つを彫り直すのに、二刻かかりました。そのあいだ、職員の若者はずっと灯りを掲げていて、一言もしゃべりませんでした。


 終わったあとで、彼が聞きました。ほかの迷宮の石像も、あなたが彫り直せるのか、と。


 私の迷宮の分だけです、と答えました。ほかの迷宮には、ほかの設計士がいたはずです。どこかで、私と同じように、錠前を直したりしながら。


 目石の煤を拭きとると、石像はゆっくり向きを変え、拳を下ろしたまま、五層のほうへ歩いていきました。元の場所へ、戻っていったのです。


 第三十二位の余談で、窓のこちら側にいたのは私で、窓の下の床石を一度も踏まなかった、と書きました。


 今日、七年ぶりに、床石をひとつ踏んだような気がしています。


 これで、二十の罠を書いたことになります。五十のうちの、二十です。残る二体は、五層の鐘の通路に立っています。五層は、二層よりずっと遠い。


 帰りは、点検通路ではなく、すべり台の階段を上って戻りました。仕掛けの段をまたぎ、壁に手を添えて、一段ずつ。


 帰り道は、いちばん気をつけて歩きました。理由は、第一位で書きます。

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