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第32位 見ているしかない部屋

• 危険度:★★★★☆

• 推定死者数:年に二〜三名(設計局記録・戦前)

• 戦後の推定死者数:年に九十名前後(ギルド報告書より)

• よく見かける場所:中層の宝物庫。入口の小部屋と奥の部屋が、透き石の窓のある壁で仕切られている


 奥の部屋の台座に、宝がひとつ。何人かが宝を取りに入ったとたん、二つの部屋のあいだの扉が落ちる。窓の向こうで、奥の部屋の両側の壁が、仲間に向かって動きだす。


 設計規格はこうです。


• 入口の小部屋と奥の宝の部屋を、透き石の窓のついた壁で仕切る。二つの部屋は、扉ひとつでつながっている。

• 奥の部屋の台座から宝を持ち上げると、扉が落ちて二つの部屋が分かれ、奥の部屋の左右の壁が、ゆっくり迫ってくる。

• 壁は、床に打ちこんだ木の楔に当たって止まる。止まる幅は、人間の大人が体を横にして立てるくらい。楔は、年に一度新しいものに替える。

• 百呼吸ほどで壁は戻り、扉が上がる。

• 入口の小部屋の、窓の下の床石の一枚は、壁をすぐに引き戻す仕掛けにつながっている。局の者が中の人を急いで出すときのためのもので、冒険者には知らせない。


 この部屋がいちばん多く恐怖を集めるのは、奥の部屋ではなく、入口の小部屋のほうです。


 人は、自分が潰されそうになるより、仲間が潰されそうになるのを見ているほうが、ずっと怖い。窓を叩いても、扉を押しても、何もできない。


 仲間が壁に挟まれていくのを、ただ見ている。設計局の記録では、窓のこちら側の冒険者は、向こう側の倍の恐怖を出していました。


 では、年に二、三人の死者は誰なのか。


 奥の部屋にいた、体の厚い人です。楔の幅は、人間の大人が体を横にした厚みに合わせてありました。鎧を着たままの大柄な戦士は、その幅に収まりませんでした。第四十四位の水の部屋と同じです。設計局の基準は、いつも人間の大人でした。


 戦後に変わったのは、楔です。


 木の楔は、七年、誰も替えていません。湿った床の上で腐り、いまでは壁が当たれば、ぼろぼろに崩れます。壁は止まりません。両側の壁が、ぴったり合わさるまで動きます。


 窓のこちら側の人は、それを最後まで見ることになります。

対処法

1. 窓の向こうに宝が見えても、全員で入るか、誰も入らない。

2. 扉が落ちたら、窓のこちら側の人は、窓の真下の床を見る。まわりより一回り小さい床石があります。それを、力いっぱい踏みこむ。壁はすぐに引き戻されます。

3. 窓を叩かない。扉を押さない。その間に、床石を探す。

4. 奥の部屋に入る人は、鎧を脱いでから入る。壁が体に届くまでの数呼吸が、仲間が床石を踏むための時間になります。


 見ているしかない、というのは、設計の上での嘘でした。窓のこちら側にも、できることはあったのです。冒険者に知らせなかっただけで。



余談


 前の項で、石像がいまどこに立っているのかを確かめる方法がある、と書きました。


 監視水晶です。


 第四十七位の最後に、監視水晶は局を出るときに返した、返したことに、なっている、と書きました。返していません。局がなくなった日、私は自分の迷宮の水晶を一つ、布に包んで持ち出しました。いまは店の奥の棚に、布をかけて置いてあります。


 水晶に映るのは、迷宮の壁に埋めた「見張りの目」が見ているものです。目は、私の迷宮の中に四十ほどあります。どの目がどこを見ているのかは、全部覚えています。埋めたのは、私ですから。


 この七年、私は毎晩、店を閉めてから、水晶の布を外していました。


 最初は、迷宮がどうなっていくのかを確かめるつもりでした。そのうち、やめられなくなりました。


 この七年で私の迷宮で死んだ人を、私はほとんど全員、見ています。振り子の拍子がはじめて狂った日も。水の部屋の溝が詰まって、最初の一組が戻らなかった日も。


 第三十九位に書いたとおり、水晶に向かって何を叫んでも、向こうには届きません。そして私は、第四十一位の項目のために入るまで、一度も迷宮へ降りていきませんでした。


 この本に書いてきた「戦後に変わったこと」の多くは、ギルドの報告書から読み取ったものではありません。水晶で、見ていたのです。


 窓のこちら側にいたのは、私です。そして私は、窓の下の床石を、一度も踏みませんでした。


 常連の四人も、戦後、また来ました。笑い部屋の壁に「また来る」と彫ったとおりに。何度も。


 戦争が終わって四年目の春でした。


 第三十九位の最後に、私は「最後の日も、たぶん、そうだったのだと思います」と書きました。たぶん、ではありません。見ていました。あの人は、最後まで、考えるより先に動く人でした。


 赤マフラーは、私の迷宮で死にました。


 残る三人は、彼を担いで、迷宮を出ていきました。彼の名前は、その年のギルドの報告書で知りました。ここには書きません。


 それがどの罠だったのかは、第一位で書きます。その罠を設計したのが、誰だったのかも。


 今夜も、水晶の布を外します。今夜からは、石像を探すためです。

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